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樹里ちゃん、原作本の出版記念会に出席する

 御徒町樹里は世界に躍進する企業グループの創業者である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、日本で有数のママ女優でもあります。


 先日、「メイド探偵は見た」の劇場版の宣伝でテレビ局を訪れた樹里は、親友の船越なぎさの無意識の暴走で、先輩女優の三人に恨みを買ってしまいました。


 但し、現金は払っていません。と軽いボケでドヤ顔をする地の文です。


 


 今日は「メイド探偵は見た」の原作者である大村美紗が書き下ろした「メイド探偵は見た 今度こそおしまいですか、ご主人様?」の出版記念会が神田の古本屋街で開催される予定です。


 さすが日本有数の推理作家です。もう古本屋の店頭に売れ残った本が並ぶのでしょうか?


「ねえ、もみじ、何だかここでも悪口が聞こえるわ」


 美紗は会場である大型書店の控え室で娘のもみじに言いました。


「そんな事ある訳ないでしょ、お母様」


 もみじは、


(薬が弱いのかしら? お医者様を変えた方がいいのかな?)


 症状が一向に改善しない母親を心配そうに見ています。


「そうなんですか」


 樹里はベビーカーで愛娘の瑠里を伴って来ています。


 美紗がいつものように上から目線で樹里に依頼したのです。


「くれぐれもあの子には内緒よ、樹里さん」


 美紗は鬼の形相で言いました。


「そうなんですか」


 でも、樹里は笑顔全開で応じました。


「あの子は来ていないわよね、もみじ?」


 美紗はそれでも不安なようです。


「来ていないわよ。栄一郎君に頼んで、なぎさお姉ちゃんは今、千葉の水族館に行っているはずよ」


 もみじは美紗の癇癪かんしゃくの一番の原因はなぎさだとわかっているので、なぎさの恋人の片平栄一郎になぎさを遠くに連れて行くように頼んだのです。


「その名前は言わないで、もみじ!」


 美紗はなぎさの名を聞くと引きつけを起こしそうになるのです。かなり症状が悪化していると思い、笑いを噛み殺す地の文です。


「ほら、また誰かが私を笑っているわ、もみじ」


 美紗が不安そうな顔でもみじにすがりつきますが、


「はいはい」


 呆れているもみじはけんもほろろです。


 本当に美紗の症状を悪化させているのは地の文だと思う地の文です。


「先生、会場の三十分前ですが、もう長蛇の列ができてしまっているので、記念会を始めてもよろしいですか?」


 会の企画をしたイベント会社の担当者が訊きに来ました。


「ええ、差し支えなくてよ。ねえ、もみじ?」


 さっきまでの顔とは別人としか思えないくらいの営業スマイルを炸裂させる守銭奴の美紗です。


(声が聞こえた気がするけど、錦戸さんの前だから、我慢するわ)


 美紗はイベント会社の担当者である錦戸にほの字のようです。流石昭和一ケタ、考える事が時代遅れです。


(また悪口が聞こえたような気がするけど、堪えてみせるわ!)


 美紗がいきなりガッツポーズをしたので、ビクッとしてしまう錦戸です。


「では、どうぞ、こちらです」


 錦戸は錦戸で、樹里がいると聞いてドキドキして来たので、樹里をずっと見ています。


 でも、もうすっかりイケメンパワーにやられてしまっている美紗にはわかりません。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開でベビーカーを押して行こうとします。


「ああ、樹里さん、瑠里ちゃんはこちらでお預かりしますから」


 錦戸の部下である村上が告げました。彼女は実は錦戸に惚れているのは内緒ですが、大声で触れ回りましょうか?


「やめてください!」


 ネチケットもテーブルマナーもない地の文に村上が切れました。


 樹里達は、錦戸の先導で書店の一角に設えられた演壇に上がりました。


「おおお!」


 そこに集まった老若男女が、樹里の登場にどよめきますが、結構なポジティブシンキング人間の美紗は、自分に寄せられた喚声だと思い込み、微笑んで手を振りました。


 当然の事ながら、観衆はそれを半目で見ています。でも気づかない美紗です。


 そして、何事もなく、記念会が始まりました。


(ああ、嬉しいわ。私ももう作家を引退する頃かしらと思ったのに、まだこれほどの方々が来てくださるなんて)


 思い込みが激しい美紗は、感極まって涙ぐんでいます。それに気づいた演壇脇にいるもみじがギクッとしました。


(発作かしら?)


 でも美紗は上機嫌です。次々に新刊にサインをし、握手をしています。


 美紗と握手した来場者達は、美紗には知られないように手を消毒し、隣に立っている樹里と握手しています。


「そうなんですか」


 樹里は相変わらず笑顔全開です。


「樹里さん、サインしてください」


 一人の男性が原作本を差し出しました。


「ああ、私も!」


 美紗にサインをしてもらっている人までもがそれを引ったくるようにして持ち去り、樹里の前に並びました。


「な、な……」


 美紗はその光景を見て引きつけを起こしかけていました。


「そうなんですか」


 樹里はそれに気づかず、来場者の要望に応じて、サインをしました。


「な、な、な……」


 美紗の顔色がドンドン悪くなっていくのを見て取った錦戸が慌てました。


(まずい、大村先生がお怒りだ!)


 美紗を怒らせて、業界を追放された人間がたくさんいるのを錦戸も知っているので、すっかりビビっていました。


「ああ、いたいた!」


 するとそこへ、千葉の水族館に行ったはずのなぎさが現れました。その後ろから栄一郎が項垂れて入って来ました。


「もう、叔母様ったら、意地悪なんだから。どうして私には教えてくれなかったの?」


 なぎさは何故かムッとしています。


「秋葉原で偶然話を聞いたから、千葉に行くのをキャンセルして来たよ、もみじ」


 それでももみじには笑顔で接するなぎさです。もみじは苦笑いです。


「ひ、ひ、ひーっ!」


 美紗はとうとう引きつけを起こしました。


「な、なぎさ、なぎさ……」


 美紗はそのまま壇上で卒倒してしまいました。


「大村先生!」


 スタッフが仰天し、美沙に駆け寄りました。もみじも急いで駆け寄ります。


「どうしたの、叔母様?」


 なぎさはキョトンとして栄一郎に尋ねました。


「どうしたのでしょうね……」


 真相はとても言えない栄一郎です。


「そうなんですか」


 それでも樹里は笑顔全開でサインをしていました。


 


 めでたし、めでたし。

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