樹里ちゃん、嫉妬の渦に巻き込まれる?
御徒町樹里は世界に大きく躍進する大企業グループの創始者である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、やがてハリウッドからも出演のオファーが来るかも知れないママ女優です。
その時は是非同行したいと思っている地の文です。
今日は、メイドの仕事はお休みで、映画の宣伝でテレビ局のスタジオに来ている樹里と親友の船越なぎさです。
愛娘の瑠里はベビーカーでお休み中です。
「おお、すごいよ、樹里! 有名な女優さんと俳優さんがたくさんいるよ。ワクワクするね」
まるで見学に来たかのようにはしゃぐなぎさです。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「あんなド素人が、どうしてウチのような一流芸能事務所に所属しているのよ」
樹里となぎさを射るような目で見ている女優がいました。
彼女の名は浅田涼子。かつて「メイドさん、いらっしゃい」という刑事ドラマで一世を風靡しました。
ところが、本物のメイドである樹里がドラマに出るようになり、所詮は「バッタモン」の涼子は居場所をなくしたと思っています。
そもそも、涼子のドラマのスポンサーが業績悪化を理由に広告費をケチり、製作費が大幅にカットされたため、涼子達のようなギャラの高い女優達を使えなくなったのが原因で、樹里達は直接は関係ありません。
腹黒いプロデューサーが、自分を恨まないように樹里達のせいで番組が終わったと流したニセ情報なのは秘密です。
「ばらすな!」
高速揉み手が特殊能力のプロデューサーがどこかで切れました。
涼子にしてみれば、遥か後輩の樹里に仕事を奪われたと思っていますから、恨みは日本海溝より深いようです。
一般的にそういう現象を「逆恨み」と呼ぶのは「地の文学会」の定説です。
「どこかで誰かが私の悪口を言っているわ」
涼子はスタジオを見渡して呟きました。
「何を言ってるんだ、涼子? 疲れてるのか?」
マネージャーの川上誠司が尋ねました。
「そんな事ないわよ。只、気分が悪いだけ」
涼子は楽しそうに笑っているなぎさと樹里を見て言いました。
「おはよう、涼子」
そこに現れたのは、同じく樹里達の事務所の先輩の女優である下戸那奈です。
「あら、おはよう、那奈。今日はどうしたの?」
涼子は知っていながら惚けて尋ねました。那奈はムッとして、
「あんたと同じよ。あのド素人二人の応援団として事務所に言われて来たのよ」
二人共、後輩のお陰で仕事が入ったのに逆恨みしているロクでなしです。
「今、悪口聞こえたわよね?」
涼子と那奈が同時に川上に訊きました。
「あらあら、貴女達、まだ二十代なのに幻聴が聞こえるの?」
川上の答えに割り込むように口を挟んだのは、同じく先輩女優の竹林由子です。
二人より先輩の由子は、二人以上に樹里となぎさを恨んでいました。
(あんた達のドラマがヒットしたせいで、私が主演の映画の企画が白紙になったのよ!)
由子はまさしく樹里達を呪い殺さんばかりの妖気を発していました。
怖くていつもの軽口を叩けない地の文です。
「由子さん、聞いてくださいよ」
涼子と那奈は由子に愚痴を言いました。すると由子は、
「あんた達はこうしてテレビに出る機会を与えられたのだから、まだいいわよ。私は映画を潰されたのよ、あの二人に」
その形相の凄まじさに脅える涼子と那奈です。
するとそこへスポンサーである五反田氏が愛娘の麻耶を伴って現れました。
「おはようございます」
涼子と那奈と由子は、営業スマイル全開で五反田氏に挨拶しました。
「おはようございます。今日は娘がご迷惑をおかけします」
五反田氏が言いました。
「よろしくお願い致します」
麻耶は深々と頭を下げました。するとさっきとは打って変わって優しい笑顔になった三人が、
「こちらこそ、よろしくお願いします」
媚び媚びの三人です。
(きっと、御徒町樹里と船越なぎさは、立場を利用して五反田さんに枕営業をしたのだわ)
妄想が激し過ぎる由子が、かつて自分がしていた事を思い出しました。
「してないわよ!」
とうとう地の文の声をはっきり捉え、切れる由子です。
「どうしたんですか、由子さん?」
涼子と那奈が心配そうな顔で尋ねました。由子はハッと我に返り、
「な、何でもないわ」
顔を引きつらせながら応じました。
「あ、涼子さんと那奈さんと……ええと」
なぎさが近づきながら言いました。でもわからないまま、そばまで来てしまいました。
(どうして私だけ名前を思い出せないのよ!)
なぎさのお約束なド忘れに心の中で切れる由子です。由子の闘気を感じて、またビビる涼子と那奈です。
「竹林由子さんですよ、なぎささん。『もう会いに行きません』や『チーム殿様バッタの栄誉』に主演された方ですよ」
樹里が笑顔全開で言いました。
「え?」
由子はドキッとしました。
(『もう会いに行きません』は今から十年以上前の映画なのに……)
ちょっとウルッと来てしまった由子です。
「本日はよろしくお願い致します」
樹里がいつものメイド流にお辞儀をしました。
(わあ……)
メイド役をした事がある涼子はその佇まいに感動してしまいました。
(さすが本物、という事なのね)
二人が樹里に心を許してしまったのに気づき、那奈はムッとしていました。
(何よ、涼子も由子さんも。こんな女にもう気を許したりして……)
「下戸さん、私、携帯が苦手で、今まで使いこなせなかったのですが、ハードパンクのスマートフォンは使いやすいですね」
樹里が笑顔全開で那奈がCMに出ている携帯電話会社の話をしました。
「え? そ、そう?」
自分を誉められた訳ではないのですが、何となく嬉しくなってしまう那奈です。
「ねえ、樹里、もう会いに行きませんって何?」
なぎさが和やかな雰囲気の中に超弩級の天然爆弾を投下しました。途端に由子の顔が引きつります。
「スマホはやっぱりモドコだよ、樹里。ハードパンクはCMは面白いけど、繋がらなくてだめだよ」
更になぎさの快進撃は続きます。那奈の顔が凍りつきました。
「そう言えば、涼子さんは今ドラマには出ていないんですか?」
涼子の一番触れてはいけない部分に強烈な塩を塗るような事を言ってのけるなぎさです。
「い、今はちょっとお休みしているのよ」
顔をヒクつかせながら応じる涼子です。
(こいつら、やっぱり絶対に潰す!)
なぎさのお陰(?)で共闘を誓う三人です。五反田氏と麻耶は苦笑いするしかありません。
「そうなんですか」
樹里はそれでも笑顔全開です。
めでたし、めでたし。