樹里ちゃん、瑠里の成長に感動する
御徒町樹里は日本だけではなく、世界に躍進している五反田グループの創始者である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、日本有数のママ女優でもあります。
不甲斐ない夫の杉下左京が二ヶ月以上も帰らないにも関わらず、笑顔全開で愛娘の瑠里をベビーカーに乗せ、保育所に向かいます。
「樹里様と瑠里様にはご機嫌麗しく」
何週にも亘って登場できず、降板させられたかと思って夜も眠れなかった昭和眼鏡男と愉快な仲間達です。
そのせいで、ホワイトデイのお返しをする機会もありませんでした。
「ううう……」
古傷に塩を塗るような事をあからさまにする地の文の仕打ちに項垂れる眼鏡男達です。
(しかし、樹里様のご主人に比べれば、登場の機会が多いはずだ)
眼鏡男は、左京より出演回数が多い事で溜飲を下げました。
「納得がいかねえぞ!」
しおらしくなった弁護士先生といい感じの左京が切れました。
「誤解を招くような事を言うな!」
ゴシップが三度のカレーより大好物の地の文に左京が切れました。
「そうなんですか」
樹里はそれでも笑顔全開です。
そして、ベビーカーを押して保育所に行きました。
「瑠里様のご成長には目を見張るばかりです」
眼鏡男が涙ぐんで言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
そして何事もなく、樹里達は保育所に到着しました。
「とん!」
瑠里が声をあげて、ベビーカーから飛び降りました。
「瑠里」
樹里はそれを見て驚きました。今までは抱き上げて降ろしていたからです。
「瑠里ももうすっかり大きくなったのですね」
樹里が涙ぐんで言うと、
「うん。るいはおおきくなったよ」
樹里に負けない笑顔で応じます。
「おはようございます」
樹里が来たので、保育所の男性職員が揃ってお出迎えです。それを白い目で見ている女性職員達です。
「おはようございます」
樹里が笑顔全開で応じると、職員の一人が、
「ご主人はまだお帰りにならないのですか?」
心配そうに尋ねました。
「はい、まだですよ」
でも、当事者の樹里は笑顔全開です。男性職員達はちょっとだけ顔を引きつらせました。
「何かお困りでしたら、いつでもご連絡ください」
その職員が自分のメルアドと携帯の番号が入った名刺を渡そうとしたのを見て、
「何をしているんですか、不謹慎ですよ」
他の職員達が一斉に責め立てました。
「ああ、いや、その、これはですね……」
揉み合っている間に樹里は女性職員に瑠里を預けて、保育所を立ち去ってしまいました。
「瑠里様の護衛はまた一名に戻しました」
眼鏡男が警備計画書と書かれた書類を樹里に手渡しました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で受け取りました。
「以前のような事があった場合は、遊撃隊が即座に対応致しますので、ご安心ください」
眼鏡男は次のページを捲って説明しました。
「そうなんですか」
捲った時にちょっとだけ樹里と手が触れ合ったので、もう今日は眠れなくなりそうな眼鏡男です。
(隊長、羨ましい)
隊員達はそれを悲しそうなチワワの目で見ていました。
眼鏡男が統率する親衛隊は、都内だけでも数百名の登録者がおり、関東圏で一万人、全国では十万人に達しています。
それも厳しい検定に合格した人達のみなのです。
検定は「樹里様検定」と呼ばれ、御徒町一族の事から、五反田氏や怪盗ドロント、果ては西遊記の事まで百問出題されます。
全問正解者は受験者総勢約二十六万人のうち、僅かに十七名です。
十七名も全問正解者がいる事が驚天動地だと思う地の文です。
そして、やはり何事もなく、樹里は五反田邸に着きました。
「ではまたお帰りの時に」
眼鏡男達は敬礼して去りました。
「ありがとうございました」
樹里は深々とお辞儀をしました。
「樹里さん、おはようございます」
目の下に隈ができている住み込みメイドの赤城はるなが挨拶しました。
「夜遊び女の方がましよ!」
身体的特徴を捏造した地の文にはるなが切れました。
「おはようございます、キャビーさん」
いきなり源氏物語からのブーメラン現象が飛び出し、ズッコケるはるなです。
「あはは、私ははるなですよ、樹里さん、何をおっしゃるんですか?」
嫌な汗を掻くはるなです。
「そうなんですか」
樹里はそれでも笑顔全開です。
(久しぶりに朝から疲れた)
はるなはもう疲労困憊状態です。
そんなこんなで、一日が終わりました。
「お疲れ様でした」
樹里は五反田邸を出て、迎えに来てくれた眼鏡男達と共に帰路に着きました。
その時、樹里の携帯が鳴りました。
「はい」
嬉しそうに出る樹里です。相手は左京でした。
「樹里、すまない。まだ帰れそうにない。生活に支障はないか?」
「いえ、全然」
樹里はそれでも笑顔全開で応じました。
「そ、そうか……」
その返答に複雑な思いの左京です。
「もう少しで帰れると思う。すまない」
「寂しいですけど、我慢します」
樹里がそう言うと、
「そ、そうか」
左京は泣いているようです。面白いので写真を撮りに行きましょう。
「やめろ!」
左京は、いい雰囲気をぶち壊そうとする地の文に切れました。
「左京さん、今日、瑠里が自分でベビーカーから降りられたのですよ」
「そ、そうか。瑠里もどんどん大きくなるな。俺の事を忘れてしまうんじゃないか?」
左京は本気でそれを心配していました。
「そんな事ありませんよ」
樹里は笑顔全開で否定しました。
「そうか?」
「はい。だって、左京さんは瑠里のパパで、瑠里はパパが大好きですから」
樹里は更に笑顔全開で言いました。
「そうだな」
左京は泣いていました。そして、そのやり取りを聞いていて、もらい泣きしている眼鏡男達です。
めでたし、めでたし。