樹里ちゃん、とある親衛隊に狙われる(後編)
御徒町樹里は日本だけではなく世界にも進出している五反田グループの創始者である五反田六郎氏の邸の専属メイドにして、ハリウッドからもオファーがあったかも知れないママ女優です。
そんな急速に人気を博し、映画にも出演している樹里を恨む人達がいました。
樹里とキスシーンを演じたイケメン俳優の加古井理の自称親衛隊です。
その隊長である大野真千代は樹里を本気で殺害しようと考えていました。
彼女達の動きを察知した昭和眼鏡男と愉快な仲間達は、その計画を阻止するべく真千代の前に立ちはだかりましたが、
「うるさい、どけ、○貞!」
最終兵器的な暴言の前に脆くも崩れ、彼女達の暴走を止められませんでした。
ところが、それを陰から見ていた京亜久半蔵が、眼鏡男達の遺志を引き継ぎ、真千代達を追いかけました。
「我々は死んではいない!」
勝手に人生を終わらせようとした地の文に眼鏡男達が猛抗議しました。
「とにかく、我々も樹里様をお守りするのだ」
眼鏡男達はスタジオに向かおうとしましたが、警備員さんに止められてしまいました。
「樹里様!」
眼鏡男達の雄叫びが木霊しました。
真千代達は警備員さんと以前から顔見知りで、盆暮れ正月の付け届けをかかさなかったので、顔パスで中に入りました。
それを追いかけた半蔵はその顔の威力を存分に発揮し、悪役俳優のフリをして入りました。
スタジオの防犯体制に不安を感じる地の文です。
「我らが仇敵である御徒町樹里は第五スタジオで撮影中よ。急ぎましょう」
真千代達は頷き合って廊下を奥へと進みました。
「樹里様は俺が守る!」
樹里の不甲斐ない夫の杉下左京を殺そうとしていた半蔵でしたが、それ以上に樹里に心を奪われてしまい、今では眼鏡男達と同じくらいに樹里命です。
そして見事に真千代達を退治し、樹里にキスされる妄想までしている変態です。
「うるさい!」
半蔵は、頭の中の事まで覗き込んで暴露してしまう地の文に切れました。
「あ!」
妄想に耽っているうちに真千代達が先に行ってしまいました。
「何という事だ」
半蔵は慌てて廊下を走り回りましたが、真千代達の姿は見当たりませんでした。
彼女達は第五スタジオに入ってしまったのです。樹里がピンチです。
「休憩入ります」
撮影が一段落しました。真千代達はスタッフのフリをして、樹里に近づきました。
「お疲れ様です。コーヒーをどうぞ」
真千代はどんな不眠症の人でもすぐに眠くなる睡眠薬入りのコーヒーのカップを差し出しました。
「ありがとうございます」
ツリガネムシの繊毛ほども人を疑わない樹里は笑顔全開でそれを受け取りました。
「どうぞ、加古井さん」
優しい樹里は隣にいた加古井にそれを渡しました。
加古井は前回自分の入れた睡眠薬で眠ってしまうという失態を演じて監督に叱られてしまい、少し落ち込み気味だったので、樹里からコーヒーを渡されて嬉しくなりました。
「ありがとう、樹里さん」
加古井は樹里がコーヒーを自分に淹れてくれたと勘違いし、ニヘラッとします。
それを見て、顎も外れんばかりに驚く真千代達です。
(王子、それを飲んではいけません!)
真千代が慌てて動きますが、
「あら、ありがとう、加古井君」
加古井の大ファンで彼のために映画用の台本を書いた原作者の大村美紗が勝手に加古井の手からカップを取ってしまいました。
「あ、大村さん」
樹里からのコーヒーを取られてしまって悔しい加古井ですが、相手は原作者です。また出演したので、グッと我慢しました。
「ああ、いい香り。いただきますね」
美紗は加古井の飲みかけのコーヒーだと思い違いし、どこから飲んだのだろうと変態的な事を考えていました。
(偶然とは言え、良かった)
真千代はホッとしました。
「大村先生、ちょっとよろしいですか?」
監督が美抄を呼びました。
「もう、何なのよ」
美紗はムッとして、名残惜しそうにカップを加古井に返し、
「後でいただくわ」
そう恐ろしい呪文のような言葉を残して去りました。
(ぎええ! また王子にカップが!)
真千代達は大慌てです。加古井は樹里からもらったコーヒーを美紗に渡すつもりはないので、
「遠慮なくいただきます」
カップを口に近づけました。
「わああ!」
真千代は躓いたフリをして加古井にぶつかり、
(ああ、王子に第三種接近遭遇)
などと古いSF映画の言葉を思い出します。
「わわ!」
加古井はその衝撃でカップを落としそうになります。
「はい!」
真千代はすんでのところでそれをキャッチし、つい飲んでしまいました。
「ああああ!」
仰天する隊員達です。真千代はカップを口につけたままでドサッと倒れてしまいました。
「どうしました?」
加古井が真千代に声をかけましたが、残念な事に真千代は別世界を旅行中です。
(ああ、隊長、羨ましい!)
隊員達は気絶中でもいいから、加古井に声をかけて欲しいと思いました。
「しっかりしてください」
樹里が七百八ある資格のうちの看護師の顔になり、真千代の瞳孔と脈拍を調べました。
加古井が樹里の顔を見ました。
「寝ているだけです」
樹里は笑顔全開で応じました。
「そうなんですか」
加古井はつい樹里の口癖で応じました。
「失礼しました!」
事が大きくならないうちにと、隊員達は爆睡している真千代をまるで神輿のように担いで第五スタジオを出て行ってしまいました。
「何だ、あの人達?」
加古井は首を傾げました。
(あの人、折角樹里さんがコーヒーを淹れてくれたのに邪魔して。不愉快だな)
加古井に恨まれていると知ったら、死んでしまうかも知れない真千代です。
「またコーヒーを淹れてくれませんか、樹里さん?」
加古井は照れ臭そうに言いました。彼は少しずついい人に近づいているのでしょうか?
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開です。
「どこなんだ、ここは?」
一方、半蔵はまだ廊下を迷っていました。
めでたし、めでたし。