樹里ちゃん、イケメン俳優に口説かれる
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、日本有数のママ女優でもあります。
先日、強欲プロデューサーの企みで製作が決定した「メイド探偵は見た ザ・ムービー 史上最強の執事」の顔合わせがあり、樹里は執事役の加古井理と会いました。
加古井は早速樹里に流し目を放ちましたが、不甲斐ない夫世界ランキング堂々一位の座を守り続けている杉下左京と結婚してしまうという男性観が歪んでいるとしか思えない樹里には、加古井の流し目は某CMのチワワの目にも劣ります。
自分の目力に絶大な自信を持っていた加古井は闘志を剥き出しにして、樹里を落とす事を誓いました。
でも、多分無理だと思う地の文です。
今日はいつものように五反田邸に出勤する樹里です。
愛娘の瑠里を保育所に預け、昭和眼鏡男と愉快な仲間達に護衛されてJRの水道橋駅まで行きます。
「今日はドームでエクセルのコンサートがあるんですよ」
眼鏡男が話題に困ってそんな話をしました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。何気なく別のシリーズとコラボしていると思う地の文です。
そして、何事もなく、樹里は世田谷区にある五反田邸に到着しました。
「樹里さん、おはようございます」
夜遊びメイドの赤城はるなが挨拶しました。
「夜遊びなんかしてないわよ!」
充血した目で抗議しても、全然説得力がないと思う地の文です。
「ううう……」
図星を突かれて項垂れるはるなです。
「樹里さん、おはよう」
五反田氏の愛娘である麻耶が何故かまだいました。
学校をサボって、不良少女の道をまっしぐらでしょうか?
チェーンを振り回す麻耶を想像して涙ぐむ地の文です。
「今日は創立記念日なの!」
麻耶は妄想が酷くなってきている地の文に切れました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開です。麻耶はスキップをして邸に戻っていきました。
「お嬢様はどうされたのでしょうか?」
樹里がはるなに尋ねました。するとはるなもニヘラッとして、
「今日は、あのイケメン俳優の加古井理さんがいらっしゃるんですよ」
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「あれ、樹里さん、聞いてなかったんですか?」
はるなは目を見開きました。
「はい、聞いてません」
それでも樹里は笑顔全開です。
「そうなんですか」
樹里の口癖で応じてしまうはるなです。
樹里とはるなはいつものように掃除から始めます。
その間も、麻耶は嬉しそうに鼻歌交じりで邸の中を歩き回っていました。
「お嬢様、加古井さんの大ファンなんですね。起きてからずっとあんなご様子ですよ」
はるなは麻耶を微笑ましく見ながら樹里に言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「そう言えば、お嬢様から聞いたのですが、樹里さん、加古井さんとキスシーンがあるんですか?」
はるなは辺りを見渡してから声を低くして尋ねます。
「はい、ありますよ」
樹里は事も無げに言いました。
「羨ましいなあ。キスシーンだけ代わって欲しいですよ」
はるなが口を尖らせて言うと、
「はるなさんは好きではない人ともキスがしたいのですか?」
樹里が不思議そうに尋ねました。はるなはギクッとして、
「あ、いえ、そういう事ではなくてですね、あれほどのイケメンだったら、キスできたら嬉しいかなあって……」
「はるなさんには祐樹さんがいらっしゃるではないですか。そんな事を考えたら、祐樹さんが可哀想ですよ」
樹里が真顔でお説教のような事を言ったので、
「はい……」
そこまで言わなくてもと結構マジへこみのはるなです。
「私もキスシーンは困りましたが、左京さんが、『女優はどれだけ多くの男優とキスできてナンボだよ』と言ってくれたので、お受けする事にしたのです」
その台詞を言った時の左京の顔を想像し、涙ぐむはるなです。
(見直したわ、左京さん)
その時、玄関のドアフォンが鳴りました。
「きっと加古井さんですよ」
はるなが言った時、
「どうぞ、お入りください」
すでに麻耶がドアを開いて加古井を迎え入れていました。その素早さに唖然とするはるなです。
(麻耶お嬢様、結構本気だわ)
樹里とはるなは加古井に挨拶しました。
「いらっしゃいませ」
加古井は一瞬ニヤッとしましたが、すぐに爽やかな笑顔になり、
「お邪魔します、樹里さん、それから赤城はるなさん」
はるなは自分の名前を加古井が呼んでくれたので、驚きのあまり硬直してしまいました。
(やっぱりキスシーン代わりたい)
祐樹が知ったら血の涙を流しそうです。
「首領は興味ないみたいですね」
住み込み医師の黒川真理沙が、麻耶の家庭教師の有栖川倫子に囁きます。
「私は二重人格の男は好きじゃないの」
倫子は実は世界的大泥棒のドロントなので、加古井の裏の顔に気づいたようです。
「なるほど」
その部下である真理沙も、加古井の正体がわかったようです。
「それより、麻耶ちゃんがあいつに夢中みたいなので、気をつけて」
倫子が言いました。
「了解です」
真理沙が応じました。
「樹里さん」
加古井は麻耶とはるながキッチンへ行ったのを見計らい、樹里に近づきます。
「どうですか、ここでキスシーンの練習でも?」
加古井はこれでもかというくらいの流し目と爽やかな笑顔で樹里に囁きました。
(どうだ、これでもうお前は我が虜だ)
ドヤ顔で思う加古井ですが、
「申し訳ありません、加古井さん、今は仕事中ですので、練習はスタジオで致しましょう」
樹里は笑顔全開であっさりと断わってしまいました。呆然としてしまう加古井です。
(バカな……。全力の流し目が通じないだと!?)
加古井のイケメン俳優としてのプライドがナノレベルにまで打ち砕かれてしまいました。
(御徒町樹里、必ず落としてやるぞ!)
加古井は苦笑いをしながらも、リベンジを誓いました。
またしても樹里の勝利に終わった戦いです。
めでたし、めでたし。