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樹里ちゃん、除夜の鐘を聞く

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 そして、今や押しも押されぬ女優でもありますが、樹里はその自覚がありません。


 そのため、今日も愛娘の瑠里をベビーカーに乗せて出勤します。


「行って参ります、左京さん」


 樹里は不甲斐ない夫脱出を図るもことごとく失敗している杉下左京に言いました。


「うん……」


 左京は項垂れて応じます。奥さんを送り出す事もまともにできないまるでダメ男です。


「うるせえ! てめえのせいだ!」


 左京は何の罪もない地の文に理不尽に切れました。


(樹里はいくら言っても聞き入れてくれないから、隠れて樹里を守るしかない)


 左京は、先日刑務所を出所したばかりの京亜久きょうあく半蔵はんぞうが樹里をつけ狙っていたので、心配なのです。


 でもその後、樹里の可愛さに半蔵が無条件降伏し、左京だけを狙う事にしたのを知りません。


 いよいよ樹里が未亡人になってしまうのではないかと、わくわくしてしまう地の文です。


「おい、その擬態語、おかしいぞ!」


 左京が地の文のオノマトペにイチャモンをつけました。


 しかし、地の文は聞こえないフリをしました。


「こらァッ!」


 なおも喚く左京です。




「樹里様には、ご機嫌麗しく」


 いつものようにJR水道橋駅で待っている昭和眼鏡男と愉快な仲間達です。


「毎日ありがとうございます」


 樹里が深々とお辞儀をし、


「ありあと」


 瑠里が笑顔全開でそう言ったので、記念撮影したいと思った眼鏡男達です。


「大晦日もお仕事とは、感動致しました」


 涙を拭いながら語る眼鏡男ですが、すでに樹里は改札を通っていました。


 項垂れる眼鏡男とそんな隊長に呆れる親衛隊員達です。


 


 その頃、ようやく出かける準備を始めた左京は、アパートを出て車がある駐車場に向かいました。


(樹里が心配だ)


 まだそんな事を思っている間抜けです。その間抜けを半蔵が近くのビルの屋上からライフルのスコープ越しに見ていました。


(杉下左京め、あんな可愛い人と結婚して、その上あんな可愛い女の子まで産ませやがって! 許せん!)


 半蔵は自分を逮捕した左京ではなく、樹里と結婚して瑠里を授かった左京に憎しみを抱いていました。


 もう逆恨みの限界を遥かに超えています。ギ○スブックに申請できそうです。


「死にくされ、杉下左京!」


 フルネームで言うのは、違う人と間違えられるからです。半蔵は引き金を引きました。


 鈍いプシュッという音がして、弾丸が発射されました。


 それは音速を遥かに超える速さで左京の頭蓋骨を目指しました。


「危ない、左京!」


 女性の叫び声がして、左京は地面に倒されました。弾丸はすぐそばにあった立て看板のニッコリ笑ってビールを掲げている女性の眉間を撃ち抜きました。


「くそ、失敗か」


 半蔵は二撃目を諦めて逃走しました。


「あいてて……」


 左京は地面で身体を強打したので、呻きながら起き上がりました。


「大丈夫、左京?」


 そう言って手を差し出したのは、かつての同僚である平井蘭警部でした。


 前回、神戸蘭警部と紹介してこっぴどく叱られた地の文です。


「蘭? どうしてここに?」


 左京はフラフラして立ち上がり、蘭を見ました。


「京亜久半蔵の姿が、貴方のアパート近くの防犯カメラにたくさん映っていたのよ。で、警戒していた訳」


 蘭は左京に手を貸して応じました。


「いや、俺より樹里が危ないだろう? こっちはいいから、樹里を頼む」


 左京は蘭の手を振り払って言いました。蘭はムッとして、


「樹里は狙われていないわ。ここ一週間、奴が姿を見せているのは、全部貴方の通勤ルートだけよ」


「何だって?」


 左京は服の汚れを落としながら、


「そんなに俺が憎いのか、ええと、誰だっけ?」


 また名前を忘れたバカ左京です。あまりのバカさ加減に目を細める蘭です。


「蘭さん、付近のビルを捜索しましたが、奴はいませんでした」


 そこへ蘭の夫である平井拓司警部補が来ました。


「引き際が鮮やかなのは、昔と同じね。てこずりそうだわ」


 蘭は腕組みをして真剣な表情で呟きました。


「ええと、誰だっけ?」


 今度は平井警部補を見て尋ねる左京です。平井警部補は白い目で左京を見ました。


「一度脳波を検査しなさい!」


 蘭が思い余って言いました。


 


 当然の事ながら、樹里は何事もなく、五反田家に到着しました。


「樹里様、瑠里様、よいお年を」


 眼鏡男達は名残惜しそうに敬礼して立ち去りました。


「よいお年を」


 樹里が笑顔全開で返し、


「おいおとしを!」


 瑠里が真似して言いました。


 それを聞き、背中で泣いている眼鏡男達です。


「おはようございます、樹里さん、瑠里たん」


 住み込みメイドの赤城はるなが門まで来て言いました。


 警備員さん達も挨拶しました。


「おはようございます」


 樹里笑顔全開で応じました。


「おはよ」


 瑠里も笑顔全開で言いました。


「今日は大晦日ですね。一年が経つのが早いですね」


 はるながしみじみ言うと、警備員さん達が頷きます。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「今夜、邸の中にあるお寺で除夜の鐘を突くんです。樹里さんも聞きませんか?」


 はるなが言いました。樹里は瑠里を見て、


「でも、瑠里を寝かせないといけないので、無理です」


「瑠里たんは、お邸の育児室で寝かせて、ご主人も呼んだらどうですか?」


 はるなは尚も誘って来ます。何か企んでいるのでしょうか?


「企んでなんかいないわよ! 旦那様と奥様がそうおっしゃっているのよ!」


 はるなは必死に弁明しました。どうやら、恋人の目黒祐樹も来るようです。


「それは直接関係ないでしょ!」


 はるなは顔を赤らめて地の文に切れました。可愛いので許しましょう。


「キモ」


 はるなの罵倒が嬉しい地の文です。変態でしょうか、いいえ誰でも。


 


 そして、その日の仕事を終え、五反田家と一緒に夕食を摂った樹里と瑠里は、ニューイヤーパーティ会場に変わった邸で年越しをする事になりました。


「樹里!」


 やがて左京がもうすぐ休職になる樹里の姉の璃里と一緒に現れました。


 普通の奥さんなら、夫が別の女性と現れたりしたら、怒るものですが、樹里はそんなつもりは乳酸菌ほどもありません。


 五反田氏の一人娘の麻耶は家庭教師である有栖川倫子と歓談中です。


 その横に手持無沙汰の市川はじめがいます。


「ヤッホー、樹里!」


 親友の船越なぎさが恋人の片平栄一郎とやって来ました。


「ああいやいや、皆さん、お久しぶりです」


 栄一郎は樹里達に挨拶しました。


「遅くなりました」


 璃里の夫の竹之内一豊もやって来ました。がっかりする左京です。


「してねえよ!」


 左京は狼狽えて地の文に切れました。


「そうなんですか」


 樹里はそれでも笑顔全開です。


 


 夜も更け、いよいよカウントダウンが始まります。


 邸の奥に建築されたお寺の鐘が突かれ、荘厳な音を出しました。


「七百八叩くのよね」


 なぎさが樹里に囁きます。


「ああいやいや、百八ですよ、なぎささん」


 栄一郎が額の汗を拭いながら言いました。


「へえ、東京は少ないんだね」


 おかしな事を言うなぎさですが、生まれも育ちも東京です。


「そうなんですか」


 瑠里を寝かしつけ、左京と寄り添いながら夜空を見上げている樹里です。


 庭に設置された大きな電光掲示板にカウントダウンの数字が表示されます。


 遂に新年になりました。


「おめでとう」


 五反田氏の音頭で、一同がグラスを掲げ、新年を祝いました。


「新年明けましておめでとうございます、左京さん」


 樹里がそっと左京にキスしました。驚く左京です。


「ああ、私も!」


 それを見ていたなぎさが恥ずかしがる栄一郎にキスしました。栄一郎は真っ赤になりました。


 それに刺激されたかのように、はるなと祐樹、璃里と一豊、そして、どさくさに紛れて、麻耶とはじめまでもがキスをしました。


 五反田氏が知ったら、卒倒しそうです。


「羨ましそうに見ていないでください、首領」


 住み込み医師の黒川真理沙ことヌートが、有栖川倫子ことドロントに言いました。


「いいじゃない、別に。それとも私とする、ヌート?」


 ドロントが悪戯っぽく笑って言います。


「その趣味はありません!」


 赤くなって言い返すヌートです。


 


 めでたし、めでたし。

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