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樹里ちゃん、逆恨みされる?

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドにして、日本有数のママ女優でもあります。


 先日、五反田氏を亡き者にしようとしていた渋谷栄一の息子の栄太郎が樹里の愛娘の瑠里を誘拐しました。


 間抜けな連中だったので、あっさり事件は解決し、渋谷一家は全員囚われの身となりました。


 めでたし、めでたし。


「おい!」


 不甲斐ない夫を演じさせたら右に出る者はいないと言われている杉下左京が早くもお話を締めようとした地の文に突っ込みました。


「まだ始まったばかりだろ? もう終わりかよ」


 左京はまるでその辺のチンピラみたいに絡んで来ました。通報しましょう。


「何でだよ!?」


 いつになく出番が長い左京です。


 それもそのはず、今回狙われるのは左京なのです。


 とうとう悪人の凶弾に倒れ、樹里は未亡人になってしまうのでしょうか?


「不吉な事を言うな!」


 左京は青色発光ダイオードのような顔色で怒鳴りました。ビビっているようです。


「ビビってなんかいねえよ!」


 左京は強がりを言いました。膝が震えているのを見逃さなかった地の文です。


 


 そして、ここはある刑務所の前です。


 あの脱獄囚顔で有名な加藤真澄警部も靴を脱いで靴下を脱いで逃げ出しそうな怖い顔の大柄な男が出て来ました。


「シャバの空気はうめえなあ」


 男は深呼吸をして呟きました。出所したばかりなので、ツイッターはできません。


 刑務所の中の空気も外の空気もそれほど違いがあるとは思えない地の文です。


「うるせえんだよ!」


 正直に感想を述べた地の文に小声でイチャモンをつける凶悪犯顔の男です。


 刑務官がジッとこちらを見ているのに気づき、男は愛想笑いをしました。


(杉下左京、待ってろよ。おめえには最初にたっぷりと礼をしてやるからな)


 凶悪犯顔の男は左京にお礼に行くようです。


 律義な人です。顔で判断したのは申し訳なかったと思う地の文です。


 お礼なら、左京は甘いものが好きですから、人形焼きとかを手土産にするといいでしょう。


「その礼じゃねえよ!」


 凶悪犯顔の男はその怖い顔をもっと怖くして刑務官に気づかれないように地の文に切れました。


「待ってろよ、杉下左京!」


 いちいちフルネームで言うのは、名字だと別の人と間違われるからなのは内緒です。


 ですから、同じ理由で「すぎちゃん」という呼び方も不可です。




「どうしたんですか、左京さん?」


 キョロキョロと辺りを見回しながら事務所に入って来た左京を見て、樹里の姉の璃里が尋ねました。


「いえ、何でもありません」


 璃里にビビりだと気づかれたくない左京は笑って誤魔化しました。


「そうじゃねえよ!」


 左京は真相を究明した地の文に小さな声で切れました。


(何だか嫌な予感がする……)


 左京は樹里の身を案じていました。


 


 その樹里は、瑠里の誘拐事件の事情聴取のために警視庁に来ていました。


「仕事を休んでもらって悪かったですね、樹里さん」


 平井拓司警部補が樹里を送り出しながら言いました。


「そうなんですか」


 樹里はベビーカーを押しながら笑顔全開で応じました。


「また何かわからない事があったら、今度はお邸の方に出向くから」


 神戸かんべらん警部が言い添えました。


「そうなんですか」


 樹里はそれも笑顔全開で応じました。蘭は眠っている瑠里を恐る恐る覗き込み、


「瑠里ちゃんはその後怖がって泣いたりしていない?」


「大丈夫ですよ」


 樹里も瑠里を覗き込んで答えました。


「そう。ならいいけど。怖い体験をしたから、トラウマになっていないかって心配だったのよ」


 蘭はホッとした顔で言いました。


「ご心配をおかけ致しました」


 樹里は深々と頭を下げてお礼を言いました。


「貴女と私の仲でしょ? そんな他人行儀な事しないでよ」


 蘭は照れ臭そうです。


「では、失礼致します」


 樹里はベビーカーを押して警視庁を出ました。その時、入れ違いにあの凶悪犯顔の男がやって来ました。


 その顔の凄まじさに警備の警官がギクッとして男を睨みました。


「ええとですね、杉下左京警部はいらっしゃいますか?」


 男は怖い顔を何とか笑顔にして、警官に尋ねました。その声を聞きつけた蘭が男に近づきました。


 平井警部補も男の人相に驚き、蘭の後を追いました。


「左京は退職して、ここにはいないわ。貴方は誰?」


 蘭は訝しそうな目で男を見ました。男は蘭の顔も覚えていました。


(こいつは杉下左京とコンビだった神戸蘭じゃねえか。俺の顔を見忘れたのか?)


 そんな怖い顔はできるだけ早く忘れたいものだと思う地の文です。夢に出て来そうです。


「以前、杉下警部にお世話になった京亜久きょうあく半蔵はんぞうです。お務めを終えたので、ご挨拶と思って参りました」


 男はまた顔が引きつりそうな笑顔で言います。それにしてもベタベタな名前です。蘭は微笑んで、


「そうなの。左京は今は五反田駅の前で探偵事務所を開いているわ。ほら、今ベビーカーを押して行った女性が奥さんよ」


 樹里を指差しました。半蔵は樹里を見てニヤリとしました。そして蘭に愛想笑いの顔を向けて、


「そうでしたか。では奥さんにお話してみますね」


 半蔵は蘭にお辞儀をして樹里に歩み寄りました。


「大丈夫なんですか、警部? 奴は左京さんにお礼参りに来たのでは?」


 平井警部補が囁きました。蘭はこそばゆくてニヤニヤしてしまいましたが、


「わかってる。たっくん、後をつけて。奴が尻尾を出したら、確保して」


 真剣な表情になって言いました。


「了解です」


 平井警部補は敬礼して応じました。


 半蔵は樹里に理由を説明し、樹里に探偵事務所まで案内してもらう事になりました。


「私もこれから向かうところなんです」


 樹里は半蔵をミジンコの毛ほども疑っていません。


「それはちょうど良かったです」


 半蔵は心の中でニヤリとして言いました。


「では、参りましょう」


 樹里は半蔵を伴って、警視庁の目の前にある有楽町線に乗るために地下に降りました。


 樹里は半蔵がなれない券売機にアタフタしているのを全く気にせずに改札を通り、ホームに行ってしまいます。


(こいつ、からかっているのか?)


 半蔵はぜいぜい言いながら樹里を睨みました。その更に後ろを平井警部補がついて来ています。


(樹里さん、大丈夫かな?)


 平井警部補は樹里の強さを知っているのですが、相手は元凶悪犯です。


 その上、左京にお礼参りに行こうとしているのですから、いつ樹里に危害を加えるかわかりません。


 樹里は見事なベビーカーさばきで電車に乗り込みました。乗客の幾人かが拍手しました。


「わわ!」


 半蔵も慌てて乗り込みました。平井警部補も飛び乗りました。


「あ、間違っていました」


 樹里がいきなり電車を降りてしまいました。


「うわっと!」

 

 半蔵はそれに気づいて降りようとしましたが、目の前で無情にもドアが閉じてしまいました。


 当然の事ながら、平井警部補も電車に取り残されてしまいました。


 電車は走り出しました。


「そうなんですか」


 でも樹里は笑顔全開です。


「あのアマァッ!」


 半蔵は激怒して雄叫びを上げました。


「こっちでした」


 樹里は反対側のホームに来た電車に乗り込みました。


 


 その頃、左京はずっと事務所の中をうろうろしていました。


「はい、杉下探偵事務所」


 携帯が鳴ったので、素早く出ます。相手は蘭でした。


「何?」


 蘭は、半蔵が警視庁に現れて左京にお礼参りに行こうとしたにも関わらず、樹里に置いてきぼりを食った事を伝えました。


(さすが樹里だ)


 いきなり会心のガッツポーズをした左京に首を傾げる璃里です。


(時々この人の事がわからなくなるわ)


 苦笑いする璃里です。


「只今戻りました」


 ちょうどそこへ無意識で凶悪犯を退けた樹里が到着しました。


「樹里、よくやった!」


 左京は璃里が見ているのも忘れて樹里を抱きしめました。


「そうなんですか?」


 樹里はキョトンとしてしまいました。


 


 めでたし、めでたし。

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