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樹里ちゃん、誘拐犯を退治する

沢木先生のお題をお借りしました。「予算」「ロケット」です。

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドにして、日本有数のママ女優でもあります。


 その人気は絶大で、樹里のグッズは展示するそばから完売です。


 そんな樹里人気を見て、良からぬ事を企む人間がいました。


 あのガマガエル人間の渋谷栄一の息子の渋谷栄太郎です。


 父親同様、ガマガエルにそっくりです。


「御徒町樹里は五反田の邸のメイドだったな。ちょうどいい。身代金をたんまりふんだくってやる」


 渋谷栄一が殺人教唆などの罪で刑務所に入れられたせいで、渋谷の会社は没落し、多くの従業員が五反田グループと目黒グループに移りました。


 栄太郎は五反田氏の誘いを断わり、父親のガマガエルの復讐を誓いました。


「誰がガマガエルだ!」


 ガマガエルの息子が正直に話を進めている地の文に切れました。


 栄太郎の心はその顔同様醜いものでした。


 彼はいざという時のために栄一が隠しておいた資金を使い、犯罪者達を集めました。


 彼らは五反田氏を逆恨みしているロクでもない連中です。


「御徒町樹里の娘が預けられている保育所に押し入り、娘を誘拐しろ。身代金は母親の樹里と雇い主の五反田の両方にそれぞれ要求する。総額で何億にもなる事間違いなしだ」


 栄太郎は醜い顔をもっと醜くして笑いました。


 集められた犯罪者達ですら、その顔にビクッとしました。すでに妖怪の域です。


「でも、確か父親は元警視庁の警部だった杉下左京ですぜ? やばいんじゃないですか?」


 犯罪者の中の一人が言いました。


「大丈夫だ。今は稼ぎのない探偵だよ。その嗅覚も腕も衰えている」


 栄太郎の指摘は正解でした。左京が聞けば、ショックで寝込んでしまうでしょう。


「何も心配は要らない。行け」


 栄太郎は犯罪者達に命じました。総勢十五名の男達が一斉に動き出しました。


 ここは栄太郎が月二万八千円で借りている風呂なし共同トイレの木造アパートの一室です。


「うるさいよ! 静かにしとくれ!」


 隣のオバさんが怒鳴りました。


「すみません」


 栄太郎は愛想笑いをしてヘコヘコしました。


 落ちぶれたワルは悲惨です。


「やかましい!」


 栄太郎は的確な状況を表現した地の文に囁くように切れました。


 大声を出すと、隣のオバさんに怒られるからです。


 


 樹里はいつものようにベビーカーで保育所まで行き、愛娘の瑠里を預けます。


「瑠里、いい子でいるのですよ」


 樹里は笑顔全開で言いました。


「あい、ママ」


 瑠里も笑顔全開で応じました。


(御徒町さん、可愛い)


 男性職員は樹里が来ると揃ってお出迎えです。


 そのため、女性職員に冷たい目で見られていますが、気にしません。


「では、私はここで瑠里様の護衛に着きますので」


 昭和眼鏡男率いる親衛隊の一人が保育所の門の前に残ります。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


 そしていつもの通勤路に向かいます。


 


 一方、不甲斐ない夫としてその名を馳せている左京は、アパートを出たところでした。


「何だ、あいつらは?」


 国道十七号線を珍妙なワゴン車が通りました。真っ黒な車体で、ルーフに大きなガマガエルが載っています。


「残念ながら予算の都合で鳴き声は付けられなかった」


 制作を依頼した栄太郎の話です。


 無駄な装備だと思う地の文です。


 それこそ、瑠里を誘拐しようとしている連中が乗っているのです。


 バカ左京はそれに気づきません。


「いきなり悪口かよ!」


 左京は「バカ左京」に反応して切れました。相変わらず情けない父親です。


「それにしても、気になるな」


 長年刑事をしていた勘が働いたのでしょうか? 事務所には向かわずに車が走り去った方角へと歩き出しました。


(瑠里が気になる)


 違いました。瑠里を見に行きたくなっただけです。やっぱりバカでした。


「うるせえよ!」


 左京は本当の事を言っただけの地の文に切れました。


 


 ガマガエルのワゴン車は瑠里がいる保育所の前で止まりました。


「何だ、あれは?」


 門の前に立っている樹里の親衛隊員が眉をひそめました。左京よりずっと役に立ちそうです。


 ワゴン車からドヤドヤと人相の悪い連中が降りて来ます。


 一瞬ビビってしまった親衛隊員ですが、


(瑠里様に危険が迫っている!)


 そう判断し、彼らの前に立ち塞がりました。


「何だ、お前達は? ここは瑠里様の神聖なる学舎まなびやだ。ここから先は一歩も……」


 口上を述べている間に殴られてボコボコにされてしまった親衛隊員は人質としてワゴン車に放り込まれてしまいました。


「いやああああ!」


 保育所に悲鳴が轟きます。職員達は誘拐団のあまりの人相の悪さに震え上がってしまい、あっさり瑠里の居場所を教えてしまったようです。


「ママ、パパ!」


 瑠里は泣いてはいませんが、不安そうな顔で叫んでいます。


「うるせえ、ガキ! 静かにしろ!」


 誘拐団の怒鳴り声にも屈せずに瑠里は樹里と左京を呼び続けました。


「あ!」


 そこへ間の悪い父親の方が現れました。


「瑠里!」


 一瞬の差でワゴン車は走り去り、左京は歯軋りしました。


「杉下さん、瑠里ちゃんが誘拐されました!」


 職員達が泣きながら飛び出して来ました。


「くそ!」


 左京はすぐに携帯を取り出して、元同僚の神戸蘭に連絡しました。


 


 何も知らない樹里はちょうどその頃五反田邸に到着していました。


「樹里様、妙です」


 眼鏡男が邸に向かおうとした樹里に言いました。


「そうなんですか?」


 樹里が首を傾げて振り向いたので、その可愛さに危うく鼻血を噴きそうになった眼鏡男でしたが、何とか踏み止まりました。


「隊員Bからの定時連絡がありません。何かあったのかも知れないです」


 さすが親衛隊です。すでに事件を察知していました。


 その時、樹里の携帯が鳴りました。左京からです。


「樹里、瑠里が誘拐された!」


 左京の言葉に樹里の顔が強張りました。


「大丈夫です、左京さん、瑠里の居場所はわかります」


 凛々しい顔の樹里です。眼鏡男達は鼻血を噴きそうになり、慌てました。


「樹里さん?」


 邸から出てきた住み込みメイドの赤城はるなも元泥棒の勘を働かせて、何かが起こっているのを感じていました。


「はるなさん、申し訳ありませんが、今日はお休みさせてください」


 樹里は深々とはるなにお辞儀をすると、フサイン・ボルトも逃げ出すロケットスタートで駆け去りました。


(樹里ちゃん、私より速いかも……)


 はるなは唖然としました。


「樹里様!」


 眼鏡男達がアタフタと樹里を追いかけましたが、全然追いつけませんでした。


 


 左京は保育所の前で駆けつけた蘭と平井拓司警部補に事情を説明していました。


「ガマガエルが屋根に載っている車なら、すぐに見つけられるはずよ。心配しないで、左京」


 久しぶりの登場に興奮気味の蘭です。


「そんな事ないわよ!」


 蘭は心の内を正直に話した地の文に切れました。


「主だった交差点には非常線を張りました。時間の問題ですよ」


 平井警部補はフッと笑って言いました。


「それならいいんだが……」


 左京は嫌な予感がしていました。


 


 左京の嫌な予感は的中していました。そんなところだけ冴えている使えない男です。


 ガマガエルのワゴン車は非常線に引っかからずにアジトである木造アパートの前に戻っていました。


「よくやった。これで俺達は大金持ちになれるぞ!」


 栄太郎が叫んだ時です。


「そうなんですか」


 樹里の声がしました。栄太郎はギョッとして周囲を見渡しました。


 樹里はアパートの横の路地に立っていました。


「お、御徒町樹里!? 何故ここにいるんだ?」


 不用意な質問をしてしまう栄太郎です。


「走って来たからです」


 樹里は笑顔全開で応じ、GPS携帯を見せました。栄太郎はイラッとしました。


「そんな事を訊いてるんじゃねえよ! ヤロウ共、やっちまえ!」


 十五人の極悪人達が一斉に樹里に向かいました。


 いくら樹里が強くても、これではやられてしまいます。


 でも、そんな心配は無用なのがこのお話なのはよくわかっている地の文です。 


「私達を忘れてもらっては困るわね!」


 世界的大泥棒のドロント一味が参戦です。


 樹里の一本背負いが炸裂し、ヌートとキャビーの跳び蹴りが極悪人をなぎ倒します。


「おらあ!」


 ドロントの回し蹴りも絶妙です。


 十五人の極悪人は十五秒で倒されてしまいました。


 それを見て歯の根も合わないほど震えている栄太郎です。漏らしたようです。


「瑠里!」


 樹里は車の中から瑠里を助け出し、ボロ雑巾のようになっていた親衛隊員を救い出しました。


「大丈夫ですか?」


 樹里は涙ぐんで彼に呼びかけました。


「樹里様、自分のような者にそのようにお優しい言葉、感謝の極みです」


 すると樹里は笑顔全開で彼の手を握り、


「瑠里を守ってくださったのですよね。ありがとうございました」


 親衛隊員は、


(いつ死んでもいい!)


 そう思い、それと同時にこの事を隊長の眼鏡男に知られたら、嫌味を言われると思いました。


「おっと、苦手な無駄に巨乳さん達が来たみたいね」


 サイレンの音が聞こえたので、ドロント達は姿を消しました。


 栄太郎達は護送車で現れた蘭達に連行されました。


「樹里!」


「左京さん!」


 瑠里を二人で抱きしめました。瑠里は安心したのか、キャッキャと笑いました。


「いいなあ、親子って」


 久しぶりにキャビーになったはるながビルの屋上から樹里達を見て涙ぐんで呟きました。


 


 めでたし、めでたし。

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