樹里ちゃん、映画の宣伝のためにテレビ出演する
お題を消化しました。「抜け毛」と「演技派女優」です。
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドにして、日本有数のママタレでもあります。
今日はいつもと違い、「メイド探偵は見た」の劇場版第二弾「メイド探偵は見た ご主人様お待たせ致しました」の宣伝のためにテレビ局に来ています。
不甲斐ない夫の杉下左京も同行しようとしたのですが、
「左京さんはお仕事が忙しいですから」
樹里の無意識にして無情な一言で却下されてしまいました。
「樹里ィーッ!」
その一言だけで退場の左京です。
樹里は愛娘の瑠里をベビーカーに乗せて、テレビ局のロビーに来ました。
「やっほう、樹里!」
そこにダブル主演の船越なぎさが恋人の片平栄一郎と出迎えました。
「おはようございます、なぎささん、栄一郎さん」
樹里は笑顔全開で挨拶しました。
「あー、いやいや、おはようございます、樹里さん」
栄一郎は頭を掻きながら挨拶を返します。
「おはよ、なぎたん」
瑠里がなぎさに挨拶しました。
「瑠里ちゃん、おはよ! ご挨拶できるのね! なぎさお姉ちゃんは五歳までできなかったんだよ」
何故かドヤ顔で言うなぎさです。
「あー、いやいや、それは恥ずべき事ですよ、なぎささん」
栄一郎がハンカチで額の汗を拭きながら言いました。
「え、そうなの?」
なぎさは意外そうに目を見開きました。
「そうなんですか」
樹里と瑠里は笑顔全開です。
やがて、瑠里に授乳して託児室に預けた樹里は、なぎさとともにスタジオに入ります。
栄一郎は控室で待ちます。
「本日はよろしくお願いします」
樹里となぎさがスタッフに挨拶します。
女子アナウンサーが、
「司会を務めます、松尾彩です。よろしくお願いします」
樹里は深々とお辞儀をしました。
「ああ、彩パンでしょ? うわあ、本物だ!」
いきなりミーハー全開ななぎさです。
「違います。それ、他局ですから」
松尾アナは嫌な汗を掻いて応じました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「何だ、つまんない」
なぎさは残酷な一言をサラッと言いました。
唖然とする松尾アナです。心配でスタジオに入って来た栄一郎が項垂れました。
「では打ち合わせをしましょう」
ディレクターが来ました。如何にも軽そうでタレントに手を出していそうです。
「出してねえよ」
直球勝負の地の文に小声で切れるディレクターです。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「お二人にはカンペを出しますから、私が指差したらそれを読んでください」
ディレクターはなぎさにニコニコしながら言いました。
どうやらなぎさに狙いを定めたようです。このままだとノクターンに移動しなければならないと思う地の文です。
「違うよ」
鋭い推理を展開する地の文にまた小声で切れるディレクターです。息が荒くなっています。
(船越さんはあの大村美紗先生の姪で、五反田六郎氏の友人だ。取り入っておいて損はない)
大人の数学が絡んでいるようです。この人も指紋がないと推測する地の文です。
やがて本番が始まりました。なぎさと樹里は出番までスタジオの隅で待機です。
「おお、あれってさ、オバンゲリオンの監督さんじゃない? それと碇谷ジン君の声優の人だよ」
生放送中なのになぎさが大声で言いました。
ディレクターは真っ青です。すぐにCMに入りました。
「船越さん、本番中ですから、お静かに願います」
涙ぐんで言うディレクターですが、
「あはは、ごめんなさい」
全く反省の色なしのなぎさです。隣で栄一郎が顔を引きつらせています。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開です。
そして、いよいよ樹里達の出番が来ました。
「本日はもう一組、お客様がいらしています。メイド探偵は見た劇場版に主演の女優の船越なぎささんと御徒町樹里さんです」
松尾アナが紹介しました。
なぎさと樹里は笑顔でカメラの前に立ちました。
「おはようございます、お忙しい中、ようこそいらっしゃいました」
男性アナが言いました。するとなぎさが、
「全然忙しくないよ。今日はこの後ブジテレビの『お得だね!』に出るだけだもん」
他局の話をするという反則気味のコメントです。男性アナの顔がヒクヒクしています。
これ以上なぎさに何か喋らせたらまずいと直感したディレクターが進行を早める指示を出しました。
「それでは、お二人がお出になっている映画の宣伝をしていただきましょう」
松尾アナが苦笑いして言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。ディレクターがカンペを出して指差します。
「メイド探偵は見た、ご主人様お待たせ致しましたは、明日から全国一斉公開です。観ないと後悔しちゃうぞ」
しょうもない駄洒落で終わる宣伝です。やらない方がいいと思う地の文です。
「はい、ありがとうございました!」
松尾アナは樹里となぎさを追い立てるように見送りました。
「何よ、もっといたかったのに!」
なぎさの声がちょっとだけ入ってしまいました。
「そうなんですか」
樹里の声も入ってしまいました。
(もう絶対あの二人は呼ばない)
全力で項垂れるディレクターです。
そして翌日です。
「昨日、瞬間最高視聴率を叩き出したのは、船越さんと御徒町さんが出演していた時だ。また来てもらいなさい」
チーフプロデューサーが命じました。
「はい……」
ディレクターはまた抜け毛が酷くなると思い、涙を堪えました。
めでたし、めでたし。




