樹里ちゃん、瑠里を保育所に預ける
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドにして、主演映画が大ヒットしている女優でもあります。
でも樹里は自分の事を女優だとは思っていません。
今日は、愛娘の瑠里を保育所に初めて預ける日です。
欲の皮の突っ張った保育所の面々が、女優の娘を預かっている事で箔が付き、次々に有名人の子供を預かって高額な保育料でウハウハしようという魂胆なのです。
「違いますから!」
どこからか、保育所の人達の反論の声が聞こえて来ました。
でも聞く耳持たずに勝手に進めようと思っている地の文です。
すぐに圧力に屈してしまうどこかの大臣とは違います。
「樹里、あそこは保育料が高いからもう少し考えないか?」
不甲斐ない夫の杉下左京が出かける用意をしている樹里に懇願しました。
「そうなんですか」
でも樹里は笑顔全開です。
左京の所得だけなら、保育料が免除になると思います。
一度書類上離婚して、瑠里を引き取って保育所に入れればばっちりだと思う地の文です。
「できるか、そんな事!」
左京は本当は気持ちが揺らいだのですが、見栄を張りました。
「確かに保育料が免除になるのは魅力だが、樹里と離婚なんて、絶対にできない」
離婚したら二度とよりを戻せないと思っている左京です。果てしなく不甲斐なくて、サハラ砂漠もびっくりです。
「意味がわかんねえよ!」
高尚な比喩を使った地の文に自分の知識のなさを棚に上げて切れる左京です。
「でも、もう入所申し込みをすませましたよ」
樹里は笑顔全開で言いました。唖然とする左京です。
(樹里の所得があれば、あそこでも大丈夫か……)
項垂れながらも納得します。遂にヒモ生活が始まるようです。
「ヒモじゃねえよ!」
図星を突かれてマジギレする左京です。
「わかった、じゃあ俺も一緒に……」
意を決して樹里を見ると、すでに出かけた後でした。
「樹里ィーッ、瑠里ィーッ!」
血の涙を流して雄叫びを上げる左京です。
樹里はいつもの通勤路と逆方向にある保育所にベビーカーを押して行きました。
「お待ちしておりました、御徒町さん」
保育所の職員一同が門の前に整列して出迎えました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「よろしくお願い致します」
謙虚な樹里は深々とお辞儀をしました。
「芸能人なのに何て謙虚な……」
保育所の所長である年配の女性が涙ぐんで感動しました。
「瑠里、いい子でいるのですよ」
樹里が笑顔全開で瑠里に言います。
「あい、ママ」
瑠里も笑顔全開で応じました。あまりにそっくりな親子に唖然とする職員一同です。
樹里はそのまま都営三田線で水道橋まで行き、いつもの通勤ルートに戻りました。
「樹里様、おはようございます」
いつものように現れる昭和眼鏡男と愉快な仲間達です。
「おはようございます」
樹里は笑顔全開で挨拶しました。
「瑠里様にもしもの事があるといけませんので、隊員の一人を保育所に配置しました。ご安心ください」
眼鏡男が言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。その配置された隊員が危ないと思う地の文です。
そして、いつものように何事もなく樹里は五反田邸に到着しました。
「ではまたお帰りの時に」
眼鏡男達は敬礼して立ち去りました。
「おはようございます、樹里さん」
住み込みメイドの赤城はるなが挨拶しました。
「おはようございます、はるなさん」
今日ははるなに何も仕掛けない地の文です。興味が薄れたようです。
「何となく悔しい気がする」
はるなは悲しそうに呟きました。次回はもっといじってあげようと思う地の文です。
「それはそれでやだな」
はるなはゾッとしたようです。地の文は面目躍如だと思いました。
「そっか、瑠里ちゃん、今日から保育園なんですね」
はるなは寂しそうです。警備員さん達も同様です。
「違いますよ」
樹里は笑顔全開で言いました。
「え? 違うんですか? 昨日樹里さんがそう言っていたでは……?」
意味がわからないはるなですが、
「保育園ではなくて、保育所です」
樹里は笑顔全開で危険球を投げて来ました。
あまりにイラッとするオチだったので、はるなも警備員さん達も顔を引きつらせました。
めでたし、めでたし。