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樹里ちゃん、左京を看病する

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドにして、芸能界を代表するママタレでもあります。


 今日もいつものように愛娘の瑠里をベビーカーに乗せ、笑顔全開で出勤します。


「気をつけてな、樹里」


 いつものように不甲斐ない夫の杉下左京が見送ります。


 不甲斐なさが当社比二百%増になっています。


 おや? いつもの反応が返って来ません。図星過ぎて切れる事もできないのでしょうか?


「左京さん、どうしたのですか?」


 樹里はベビーカーのストッパーをかけてふらついている左京に駆け寄ります。


「大丈夫だよ、樹里。ちょっと寝不足なだけだ」


 目の焦点がイアン・ソープ並みに泳いでいるのに強がりを言うバカ左京です。


「うるせえ」


 蚊の鳴くような声で地の文に切れる左京ですが、地の文には聞こえていません。


「大丈夫じゃないです。熱もあるじゃないですか」


 樹里は笑顔を封印し、七百八ある資格の一つである看護師の顔になりました。


 左京に肩を貸し、部屋まで運んで布団を敷き、寝かせました。


 幸いな事に左京はまだパジャマを着たままでした。


 続いてベビーカーの瑠里を抱き上げ、ベビーカーを片手で引きながら、部屋に戻ります。


「はるなさんですか? 私です」


 そして、すぐさま住み込みメイドの赤城はるなの携帯に連絡しました。


「夫が高熱を出したので、仕事を休ませてください」


 樹里ははるなに仕事の申し送りをし、電話を切りました。


 今回は出番がなくなってしまったので、さぞかし悔しがっていると思われるはるなです。


「そんな事ないわよ!」


 どこからともなく切れたはるなの声が聞こえました。新しい高等技術です。




 そして、水道橋駅で樹里を待つ昭和眼鏡男達です。


「樹里様が定刻より五分もお遅れになっている。何かあったに違いない」


 長年のストーカーもどきの経験者だからこその鋭い勘です。


 彼らはすぐに樹里と左京の愛の巣である築三十年のアパートに向かいました。




 樹里は素早い動きで水枕を用意し、左京の頭の下に入れます。それに加えて氷のうを用意し、左京の額に置きました。


「パーパ」


 瑠里も父親の異変を感じたのか、樹里と同じく笑顔を封印して、左京の枕元にハイハイで近づきました。


 幼くして父親を亡くしてしまうのでしょうか?


「大袈裟だぞ」


 またしても蚊の鳴くような声で切れる左京です。そのせいで地の文は聞き逃しました。


「検温しますね」


 樹里は左京の腋の下の汗を拭き取り、電子体温計を挟みます。


 正確な体温測定のためには十分必要なので、その間に樹里は冷蔵庫の氷を取り出してアイスピックで砕きました。


「左京さん、経口補水液を買って来ますね」


 樹里は瑠里を抱き上げて左京に言いました。


「もう大丈夫だから、仕事に行け、樹里」


 左京は捨て犬のような寂しそうな目で心にもない事を言います。


「それをばらすな」


 またほとんど聞き取れないような声で切れる左京です。


「病気の左京さんを置いて仕事に行ったりしたら、母に叱られます」


 樹里は微笑んで応じました。


「樹里……」


 樹里の顔が天使に見えるもう長くない左京です。


「だから大袈裟なんだよ」


 左京は小声で切れました。


「寝ていてくださいね」


 樹里は瑠里を抱き直して部屋を出ようとしました。


「樹里様、何かありましたか?」


 ドアの向こうに眼鏡男達が立っていました。


「夫が熱を出したので、仕事を休みました。皆さんにお伝えできなくて申し訳ありません」


 樹里が頭を下げたので、眼鏡男達は感極まって涙ぐみます。


「樹里様はどちらへ?」


 感動して泣いているうちに樹里が部屋を出て歩き出していました。


「経口補水液を買いに行くのです」


 樹里は振り返って応じました。


「ならばそれは我らにお任せを。樹里様はご主人についていてあげてください」


 眼鏡男達は活躍の機会を得て嬉しそうに敬礼しました。


「そうなんですか」


 このシリーズ初の涙ぐんでの樹里の「そうなんですか」です。記念に動画をブログにアップしたい地の文です。


 樹里は眼鏡男達の申し出を受け、部屋に戻りました。


「瑠里、パパのおそばにいられますよ」


 樹里は涙を拭って瑠里に言いました。


「パーパ!」


 瑠里は嬉しそうに笑いました。


「早かったな……」


 熱のせいで時間の感覚がおかしくなっているのか、元からバカなのか、左京がそう言いました。


 すでに地の文のボケにも反応できないほど弱っています。


「パーパ」


 瑠里が嬉しそうに左京の枕元に歩み寄ります。


「瑠里、パパ、嬉しいんだけど、風邪が移るから離れていなさい」


 左京はうっすらと目を開けて瑠里を見ました。


「やあ!」


 瑠里はほっぺを膨らませて拒否し、左京の顔のそばに座りました。


 まだしっかり座れないので、瑠里が左京の顔に倒れ込みました。


「瑠里!」


 樹里が驚いて駆け寄りましたが、瑠里はそのまま倒れて左京の左の頬に結果的にキスをしてしまいました。


「瑠里……」


 感動で涙ぐむ左京です。


「パーパ」


 瑠里も嬉しそうです。


「じゃあ、ママはこっちに」


 樹里が右の頬にキスをしました。左京は体温計が壊れそうなほど熱が出そうです。


 


 めでたし、めでたし。

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