表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
203/839

樹里ちゃん、船越なぎさに相談される

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドにして、日本有数の映画女優でもあります。


 映画出演とテレビドラマ出演で顔が知られているにも関わらず、通勤は相変わらず電車です。


 樹里が謙虚なのも理由の一つですが、一番の理由は不甲斐ない夫の杉下左京が自分の稼ぎに見合わない自動車通勤をしているためです。


「悪かったな!」


 地の文の真っ当な指摘に開き直るダメ左京です。バカなのでしょうか?


「うるせえ!」


 更に切れる左京です。今回の出番はこれでおしまいです。


「何だと!?」


 もう出番が終わりなのにまだ切れる左京です。


「そう言えば、樹里は運転免許を持っているんだろうか?」


 夫のくせに自分の奥さんの事を何も知らない愚か者です。


 東京湾に沈めた方が世の中のためだと思う地の文です。


「そこまで言うか!?」


 血の涙を流して抗議する左京を地の文は華麗に無視しました。


 ちなみに樹里は大型特殊免許まで取得しています。いつの間に取ったのかは秘密です。


 


 左京が地の文にからかわれているうちに樹里は五反田邸に着きました。


「おはようございます、樹里さん」


 住み込みメイドの赤城はるなが挨拶しました。


「おはようございます」


 樹里はベビーカーの瑠里と同じ笑顔で挨拶を返します。


「樹里さん凄いですね。綱引きは一人でも勝てたんじゃないですか?」


 はるなが絶賛しました。確かにそうかも知れません。


「そうなんですか」


 それでも樹里は笑顔全開です。


「もしかして、ジムに通ってたりするんですか?」


 はるなが尋ねました。


「事務はした事がありますが、通った事はありません」


 樹里は笑顔全開でボケ全開です。はるなは久しぶりにイラッとしました。


(そういう人なのを忘れていた私がバカだった)


 はるなは自分の至らなさを反省しました。


 


 樹里は瑠里に授乳をすませて育児室のベッドに寝かせると、はるなと仕事を始めます。


(こんな時にいつも現れるのはあのババアなんだよなあ)


 庭掃除をしながらはるなが溜息を吐きました。


 するとそこへ彼女の予想通りなのか、上から目線のリムジンが門を通って入って来ました。


(わ、ホントに来た、あのババア!)


 はるなはムッとしてリムジンを見ました。ところがリムジンは玄関の車寄せに向かわず、樹里達の方へ走って来ました。


「えええ!?」

 

 はるなは仰天して、気づかずにほうきで掃除を続ける樹里の腕を掴みました。


「樹里さん、ババアがおかしくなったみたいです! 逃げましょう!」


 上から目線作家の大村美紗は、先日の運動会でスターターをしましたが、途中で倒れてしまいました。


 その時頭の打ちどころが悪かったのでしょうか?


 樹里を引き摺るようにして逃げるはるなの後方でリムジンは停止しました。


「あれ?」


 リムジンが追いかけて来ないのではるなはキョトンとして樹里を見ます。


「はるなさん、どうしたのですか?」


 樹里は笑顔全開で尋ねました。


「え、あ、いや……」


 自分の早とちりだとわかり、穴があったら入りたいくらい恥ずかしいはるなです。


「やっほー、樹里! 遊びに来たよ!」


 何と運転席から現れたのは、樹里の親友の船越なぎさでした。


「いらっしゃいませ、なぎささん」


 樹里は笑顔全開で応じました。呆気に取られるはるなです。


(あの一族はよくわからない……)


 


 樹里はなぎさを応接間に通し、紅茶を淹れました。


「今日はさ、樹里に相談があって来たの」


 ソファに座るなり、いつになく真剣な表情で言うなぎさです。


「そうなんですか」


 樹里はそれでも笑顔全開です。


「実はさ、栄一郎が最近冷たいの」


 栄一郎とは、最近すっかり存在感がなくなっているなぎさの恋人です。


「そうなんですか」


 樹里はまたしても笑顔全開で応じました。でもなぎさはイラッとしませんし、切れたりしません。


「私がいくらデートに誘っても、断わるの。どうすればいいと思う?」


 なぎさは紅茶を一口飲んで言いました。


「もう一回誘ってみてはどうですか?」


 樹里は微笑んで言います。なぎさは、


「もう何回も誘っているのに断わるんだよ。きっと私の事が嫌いになったんだよ」


 目を潤ませてしまいます。さすがの樹里もなぎさの表情に驚き、真顔になりました。


「どうして断わるのか、理由を訊いてみたらどうですか?」


 樹里はまた微笑んで応えました。


「理由かあ。私を嫌いになったって言われたらどうしよう、樹里?」


 なぎさは泣きそうな顔で樹里を見ます。樹里も困ってしまいました。


「そんな事はありませんよ。片平さんはなぎささんの事を大好きですよ。きっと他に理由があるはずです」


 樹里はカップに紅茶を注ぎながらなぎさを慰めます。


 するとドアがノックされ、はるなが入って来ます。


「片平栄一郎様がいらっしゃいました」


 樹里となぎさは顔を見合わせました。


「どうしよう、樹里? きっと栄一郎、私と別れるって言いに来たんだよ。会いたくないよ」


 なぎさは涙ぐんで樹里にすがりつきました。するとはるなの後ろから栄一郎が姿を見せました。


「あーいやいや、なぎささん、別れるって何の事ですか?」


 栄一郎は心配そうな顔でなぎさに声をかけました。なぎさは樹里の背後に隠れるようにして、


「だって、栄一郎、私がいくら誘っても断わったじゃない!? 私が嫌いになったんでしょ?」


 栄一郎はキョトンとしています。


「何の事ですか? 最近なぎささん、全然連絡をくれないので心配になってお母さんに尋ねたら、今日は大村の叔母様のお車を無断で乗り出して五反田さんのお邸に行ったって聞いて、慌てて来たんですよ」


 リムジンを無断で乗り出した事を美紗が知れば、また卒倒してしまうでしょう。


「え?」


 今度はなぎさがキョトンとします。後ろで聞いていたはるなは樹里と顔を見合わせました。


「だって、私、何度も貴方の携帯に連絡したんだよ。それなのに……」


 なぎさはとうとう泣き出してしまいました。


「あーいやいや、なぎささん、僕は携帯を持っていませんよ。一人前になるまで持たせてもらえないんです。一体誰にかけていたんですか?」


 栄一郎の言葉にはるなは唖然としてしまいました。


(相変わらず凄いな、なぎささん……。樹里ちゃんのボケが可愛く見える)


 樹里はそれでも笑顔全開です。


「そうなんですか」


 なぎさはまだ納得していません。


「だってこの前、『ああ、俺俺』って言ってかけて来たじゃないの! あれは栄一郎でしょ?」


 どうやらなぎさにかけて来たのは振り込め詐欺の一味のようです。


「あーいやいや、それは僕ではありませんよ。なぎささん、お金を振り込んだりしていませんよね?」


 栄一郎はなぎさに近づいて尋ねました。まだ状況をわかっていないなぎさは樹里の背後に回り込んで、


「百万円振り込んだよ。だって、栄一郎が振り込めって言ったんじゃない?」


 また涙ぐんでいます。栄一郎は唖然としてしまいました。


 


 それから小一時間、栄一郎はこんこんとその電話の相手が自分ではないと説明しましたが、なぎさはわかってくれませんでした。


「ではこうすれば信じてくれますか?」


 栄一郎はなぎさを樹里から離れさせ、抱きしめました。


「世界中の誰よりも貴女の事が好きです、なぎささん。だから僕を信じてください」


 はるなはそれを見て赤くなってしまいます。


(片平君、素敵!)


 早速恋人の祐樹に教えようと思う地の文です。


「やめてよ!」


 今度ははるなが涙ぐみました。


「栄一郎……」


 なぎさは栄一郎を潤んだ瞳で見つめました。


「わかった、信じる」


 なぎさはようやく笑顔になりました。


 栄一郎はホッとして微笑みました。


「でも、振り込んだお金は返してよね」


 なぎさが言いました。栄一郎は項垂れてしまいました。はるなは口あんぐりです。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開です。


 


 めでたし、めでたし。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ