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樹里ちゃん、映画の打ち合わせにゆく

 御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、日本有数のママタレでもあります。


 愛娘の瑠里も一歳になり、言葉も少しですが喋れるようになって来ました。


「瑠里、パパって言ってくれないかな」


 樹里が出かける時に不甲斐ない夫選手権連覇確実の杉下左京が懇願しました。


「連覇確実とか言うな!」


 左京はこっそり悪口を言う地の文に切れました。


「パーパ」


 瑠里はベビーカーから笑顔全開で言いました。


「瑠里ィ!」


 左京はそれを見て号泣しました。


「行って参ります、左京さん」


 樹里は笑顔全開でベビーカーを発進させ、左京を無情にも置き去りにしました。


 でも、鈍感な左京は気づかずにあと二時間は泣いているでしょう。


「気づくよ!」


 地の文の気ままな推測にまたしても切れる左京です。若くないのに切れやすいので始末が悪いです。


「うるせえ!」


 左京は呼吸を荒くしながらもう一度切れました。


 あと何回か切れさせれば、倒れるかもとほくそ笑む地の文です。


 今日は樹里は映画の撮影の打ち合わせに行きます。


 ですから、住み込みメイドの赤城はるなの出番はなく、警備員さんが楽しみにしているパンチラもありません。


「何でよ!?」


 はるなは声だけで切れました。


「楽しみにしてません!」


 警備員さん達も声だけで抗議しました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開です。最近、樹里のこの台詞が減って来たと思う地の文です。


 


 樹里は電車と地下鉄を乗り継いで打ち合わせ場所であるテレビ局のスタジオに到着しました。


「やっほー、樹里!」


 ロビーに入って行くと、親友の船越なぎさが手を振って言いました。


「おはようございます、なぎささん」


 その隣には五反田氏もいます。


「おはようございます、旦那様」


 樹里は深々とお辞儀をしました。五反田氏は微笑んで、


「おはよう、樹里さん」


と応じました。するとそこへ指紋がなくなるほど揉み手をしていた事があるゴマスリプロデューサーがやって来ました。


「うるさい!」


 プロデューサーは事実をありのままに述べた地の文に切れました。


「お待たせ致しました、こちらへどうぞ」


 相変わらず長いものには潔く巻かれていくのが信念のプロデューサーです。


 早速高速揉み手を発動します。


 樹里達はプロデューサーの案内で会議室の一つに入りました。


 するとそこには、会議テーブルが三脚縦に並べられており、その一方の端に原作者である上から目線作家の大村美紗が座っています。


 何故か美紗はサングラスをかけており、樹里達に向かって微笑み、手を振っています。


 金メダルでも取ったつもりなのでしょうか、このおばさんは?


「また悪口が聞こえたわ。どういう事なのかしら?」

 

 美紗は天井を見渡しました。


「実はね、今日は打ち合わせではないんだ」


 五反田氏が樹里となぎさを見て言いました。何故か五反田氏はバツが悪そうです。


「そうなんですか」


 でも樹里は笑顔全開です。


「ええ? じゃあ、どっきり?」


 なぎさがカメラを探します。


「船越さん、どっきりではないです。カメラはありませんよ」


 観葉植物の鉢の中を覗いているなぎさにプロデューサーが言いました。


「え? どっきりじゃないの? つまんないなあ」


 なぎさは口を尖らせ、美紗に一番近い椅子に腰を下ろしました。樹里は眠っている瑠里のベビーカーを部屋の隅で固定し、その隣に座ります。五反田氏はプロデューサーと共にその向かいの椅子に座りました。


「今日は、大村さんとなぎさちゃんに和解してもらうために私がプロデューサーに無理を言ったのです」


 五反田氏はなぎさと美紗を交互に見て言いました。


「へえ、そうなんだ。私は若いけど、叔母様は若くないよ」


 なぎさは全く悪気なく、美紗の神経をおろし金で逆撫でするような事を笑顔で言ってしまいます。


 プロデューサーと五反田氏の顔が引きつりました。


「そうなんですか」


 樹里が無意識の追い討ちをかけてしまいます。


「ひ、ひ、ひー!」


 案の定美紗が引きつけを起こしました。


(ここで私が怒ったりしたら、五反田さんの顔を潰す事になるわ)


 美紗は必死になって昂ぶる感情を抑制しました。


「わ、私も大人げなくなぎさに癇癪を起こしたり、不機嫌な顔をしてみせたりしましたが、それを反省して、これからは仲良く一緒に仕事をしたいと思っています」


 美紗は家で何度も推敲して書き上げた文を読み上げました。彼女はサングラスを利用して、一切なぎさを見ていないのをバレないようにしていました。


 相変わらず性格が悪いバアさんです。


「またよまた悪口が聞こえたわ。ねえ、聞こえたでしょ?」


 美紗が興奮気味にプロデューサーに詰め寄ります。


「いえ、私には何も聞こえませんでした」


 プロデューサーは美紗の形相に驚き、心臓が止まりそうです。


「私は全然かまわないよ、叔母様。叔母様が仲良くしたいのなら、そうしようよ」


 なぎさはあっけらかんとした口調でニコニコしながら言いました。


 五反田氏の顔が更に引きつりました。


「ひ、ひ、ひー!」


 遂に美紗は立ち上がり、駆け出しました。


「もう無理、もう無理ですわ、五反田さん。やっぱり和解はあり得ません!」


 美紗はそう叫ぶと会議室を飛び出してしまいました。


「そうなんですか」


 樹里はそれでも笑顔全開です。


「叔母様、どうしちゃったの、六ちゃん?」


 なぎさがキョトンとして尋ねたので、五反田氏は苦笑いしました。


「どうしたんだろうね」


 プロデューサーは大事な金づるが飛び出して行ってしまったので、慌てて追いかけます。


「金づるとか言うな!」


 本心を見抜いた地の文にこっそり切れるプロデューサーです。


 美紗となぎさの和解は不可能かも知れません。


 


 めでたし、めでたし。

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