樹里ちゃん、瑠里の誕生日を祝う
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドにして、テレビドラマや映画でも活躍する女優でもあります。
でも、決して「ああ言えば女優」とかのくだらない駄洒落は言いません。
いつものように不甲斐ない夫の杉下左京に見送られ、樹里はベビーカーに乗せた瑠里を連れて出勤です。
「樹里、今日は瑠里の誕生日だから、早めに帰ってくれるよな?」
左京が泣きそうな顔で懇願しました。
「はい、そうしますよ」
樹里は笑顔全開で応じ、ベビーカーを押して駅に向かいました。
瑠里はここ数週間で著しい成長をして、髪も伸び、女の子らしい顔立ちになってきました。
元々樹里に瓜二つで美人顔の瑠里ですが、更に磨きがかかった感じです。
危険なマニアが増えそうで心配な地の文です。
「瑠里姫様にはご機嫌麗しく」
勝手に護衛軍団の隊長である昭和眼鏡男が瑠里に挨拶しました。
「はよね」
瑠里は笑顔全開で眼鏡男に応じました。
「おお……」
感激のあまり涙を長す眼鏡男達です。
「そうなんですか」
樹里も笑顔全開です。
そして、今日も平和に五反田邸に到着しました。
「おはようございます、樹里さん」
住み込みメイドの赤城はるなが門まで来て挨拶しました。
「おはようございます、はるなさん」
樹里が挨拶を返すと、心なしか残念そうに項垂れる警備員さん達です。
はるなのパンチラを待ち望んでいたのが確定しました。
「ち、違います!」
見事なほど揃って動揺する警備員さん達です。
「全く、男って奴は……」
はるなは警備員さん達を白い目で見ました。
「そうだ、瑠里ちゃん、今日お誕生日ですよね?」
はるなが樹里に尋ねます。
「はい、そうですよ」
樹里は笑顔全開で応じました。はるなは後ろ手に持っていたラッピングされた「○カちゃん人形」を差し出しました。
「まだ早いかも知れませんが、天才赤ちゃんの瑠里ちゃんなら大丈夫ですよね? どうぞ」
「ありがとうございます、はるなさん」
樹里は「○カちゃん人形」を受け取りました。そして瑠里に見せます。
「瑠里、はるなお姉ちゃんからいただきましたよ。良かったですね」
瑠里もキャッキャと嬉しそうに笑いました。はるなはそれを見てホッとし、
「良かった、気に入らなかったらどうしようと思っていたんです」
「大好きなはるなさんからのプレゼントなら、瑠里は何でも嬉しいですよ」
樹里が人形を瑠里に持たせて言いました。
「樹里さん……」
その言葉にはるなが涙ぐみます。警備員さん達ももらい泣きしそうです。
樹里は瑠里を育児室に連れて行き、授乳をすませると早速仕事にとりかかります。
「今日は早上がりさせてもらうので、スピードアップしますね」
樹里が笑顔全開で言うと、はるなの顔が引きつりました。
(いやいや、樹里ちゃんは普段でも超高速だから、あれ以上早いと私が困る……)
元泥棒のはるなでもついて行けないくらい早い樹里なのです。
一方、五反田の探偵事務所に着いた左京は、猫探しの仕事に出かけます。
「今日は瑠里の誕生日ですよね。早めに閉めるのですか?」
仕事を手伝いに来ている樹里の姉の璃里が左京に尋ねます。
「はい。まあ、いつも早いですけどね」
自虐ギャグが冴え渡る左京です。
「ギャグじゃねえよ!」
左京は身も蓋もない事を呟く地の文に切れました。
「誕生日プレゼントにベビーカーを買おうと思っていたら、樹里が買ってしまったみたいなので、情操教育にいい音楽が入ったCDを買って来ますね」
璃里が言うと、左京は驚いて、
「申し訳ないです、お義姉さん。実里ちゃんの誕生日には必ずお返ししますので」
「いいんですよ。貴方にはものすごく感謝していますから」
璃里の謎めいた言葉に左京はキョトンとしてしまいました。
「樹里はあの通りの子で、毎日大変でしょう、左京さん? それに左京さんがいなければ、樹里は今頃刑務所にいたのですから」
璃里は左京と樹里の最初の出会いの事を知っているのです。
「いえ、全然大変じゃないです。むしろ自分の方が樹里に助けられてばかりで……。こんな不甲斐ない俺と結婚してくれて、本当に感謝しています」
左京は泣きそうになるのを我慢して微笑みました。璃里の前で涙を見せるのが恥ずかしいスケベです。
「誰がスケベだ!」
左京は容赦のない突っ込みをする地の文にもう一度切れました。
樹里は通常の三倍の早さで仕事をこなし、目を回しているはるなを残し、五反田邸を後にしました。
五反田氏からは後日瑠里のお祝いの会を開く事を伝えられています。
「樹里様、瑠里姫様のお誕生日、おめでとうございます。我々からのささやかなプレゼントです」
帰りの護衛に現れた眼鏡男達が差し出したのは、ベビーシューズです。ピンクと白のツートンで、面テープで脱ぎ履きが簡単です。
「ありがとうございます」
樹里は笑顔全開でお礼を言いました。
「その靴は只の靴ではないのです。キック力を増強する事ができ……」
眼鏡男が嬉しそうに解説し始めましたが、樹里はベビーカーを押して歩き出していました。
項垂れる眼鏡男です。話の内容が某博士の発明と被っていると思う地の文です。
樹里と瑠里は左京が待つ事務所に到着しました。
そこには樹里の母親である由里と三つ子、そして真里、希里、絵里の妹三人も来ていました。
「遅くなりました」
樹里がベビーカーを押して事務所に入りました。
「るーたん、おめれと」
瑠里の従姉の実里が笑顔全開で言い、璃里から託されたCDが入った奇麗な袋を渡しました。
「瑠里の情操教育のためにのCDよ。五反田邸で聴かせてね」
璃里が言いました。
「お姉さん、ありがとう」
樹里は瑠里を抱き上げながらお礼を言いました。
「私はスカートを買って来たよ。紅里、瀬里、智里ともお揃いで可愛いよ」
由里が大胆に授乳しながら言いました。左京は目のやり場に困っています。璃里は項垂れています。
「お母さん、ありがとう」
樹里の目が潤んで来ました。それを見て泣きそうになる左京です。
「ああ、杉ちゃん、泣いてる!」
すかさず騒ぎ立てる真里、希里、絵里です。その呼び方は違う人と間違えられると思う地の文です。
「間に合いましたね」
そこへ更に璃里の夫の竹之内一豊氏が入って来ました。
パーティは大いに盛り上がり、左京は皆の温かい心に感動し、号泣してしまいました。
そして、由里達が帰り、左京は樹里と瑠里を挟んでソファに座りました。
「早かったな、この一年。瑠里が丈夫に育ってくれて嬉しいよ」
左京はティッシュで涙を拭いながら言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開です。すると瑠里が左京の肩で掴まり立ちをして、
「パパ、ちゅき」
左京のほっぺにキスをしました。左京はあまりの事に目を見開き、動かなくなってしまいました。
「パパ、いつもありがとうございます」
続けて樹里が口にキスをしました。左京は意識が飛びそうです。
めでたし、めでたし。