樹里ちゃん、神戸蘭、宮部ありさとお茶する
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、芸能界を無意識に席巻する女優です。
でも、決して事務所の社長をクビにしたり、ギャラの未払いがあるとか不満を漏らす事はありません。
むしろ、いくらもらっているのか知らないくらいのスーパー無頓着です。
頼まれればいつでもマネージャーを買って出ようと思う地の文です。
今日も樹里は不甲斐ない夫である杉下左京に見送られ、愛娘の瑠里をベビースリングで抱いて出勤です。
今回は声の出演すらない左京です。
切れているようですが、無視します。
そろそろ瑠里を重いと感じ始めた樹里は、ベビーカーを買おうと思っています。
「そうなんですか」
地の文の解説に笑顔全開で応じる樹里です。何故か照れる地の文です。
やがて樹里は何事もなく五反田邸に到着しました。
「では樹里様、お仕事頑張ってください」
勝手に護衛をしている昭和眼鏡男達がピタリと揃った敬礼をして立ち去ります。
「ありがとうございます」
樹里が深々とお辞儀をするのを手鏡でこっそりと見ている眼鏡男達です。
皆、感涙に咽んでいます。人間としてどうかと思う地の文です。
「うるさい!」
眼鏡男達は直球勝負の地の文に切れました。
「樹里さん、おはようございます」
門をくぐると、いつものように住み込みメイドの赤城はるなが走って来ました。
「おはようございます、はるなさん」
樹里は笑顔全開で挨拶を返しました。
「ちょおよ」
瑠里もニコッとしてはるなに頭を下げます。
「ああん、瑠里たん、可愛い」
拙い言葉を発する瑠里のほっぺを軽く突き、はるなは身をくねらせます。
瑠里ははるなにほっぺを突かれたのが嬉しいのか、キャッキャと笑いました。
「瑠里ちゃん、天才かも知れませんよ。もう喋れるんですから」
はるなは樹里に言いました。後ろの方で頷く警備員さん達です。
今日もはるなのパンチラがなかったのでがっかりしています。
「していません!」
地の文のカミソリのような鋭い突っ込みに見事にハモって切り返す警備員さん達です。
「あっと、それどころじゃなかったんだ」
はるなは真顔になって樹里を見ました。
「神戸蘭様と宮部ありさ様がお見えです」
若干顔を引きつらせて言うはるなです。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開です。
樹里は瑠里に授乳をすませて紅茶を淹れてから、応接間に行きました。
「いらっしゃいませ、蘭さん、ありささん」
樹里は部屋の端と端で互いを見ないように立っている蘭とありさに挨拶しました。
「おはよう、樹里」
蘭はありさを視界に入れないように手で遮りながら言いました。
「おはよう、樹里ちゃん。元気だった?」
ありさも蘭を手で遮り、挨拶します。そんなに顔を見たくないのなら、違う日に来ればいいのにと思う地の文です。
「偶然同じ日だったのよ!」
蘭とありさはこれでもかというくらい見事にハモって切れました。
実は仲がいいのではないかと訝る地の文です。
「どうぞ」
樹里はポットからカップに紅茶を注ぎ、テーブルの上に置きました。
蘭とありさは仕方なさそうに別々のソファに座りますが、顔を背け合ったままです。
小学生の喧嘩でもここまで幼稚ではないと思う地の文です。
「今日はどうなさったのですか?」
沈黙が続きそうになりましたが、樹里が話題を振りました。
「瑠里ちゃんを見に来たのよ」
また悲しいまでにハモってしまう二人のおばさんです。
「誰がおばさんだ!」
蘭とありさはまたしてもハモって切れました。
「お二人は本当に仲がいいのですね。羨ましいです」
樹里が笑顔全開で言いました。それを否定しようと樹里を見た蘭とありさでしたが、樹里の笑顔に自分達の愚かさを思い知らされ、言葉を飲み込みました。
互いにチラッと相手の顔を見てから、カップを手に取って一口飲み、テーブルに戻す一連の動きも、見事に左右対称です。
とうとう二人同時に噴き出してしまいました。
「何を片意地張っていたのかしら、私達?」
クスクス笑いながら蘭が言います。ありさも涙を流すほど笑いながら、
「ホントね、バカみたい」
そして互いに手を取り合います。遂にいけない世界に突入の二人です。
「違うよ!」
蘭とありさは空想力が逞し過ぎる地の文に切れました。
「また昔通りね」
蘭が言います。
「そうね」
ありさが応じました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開です。
もっと喧嘩を続けて欲しかった地の文です。
「ふざけるな!」
またしても見事なハモりを披露する蘭とありさなのでした。
めでたし、めでたし。