樹里ちゃん、映画の撮影に参加する
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドにして、日本有数のママタレです。
上から目線作家の大村美紗の原作である「メイド探偵は見た 劇場版 その弐」も快調に製作が進められており、大ヒット間違いなしと確信したプロデューサーは軽井沢に別荘を建設予定だそうです。
その別荘は通称「メイド御殿」と呼ばれる予定です。
第二弾は、樹里と親友の船越なぎさが演じるメイド探偵が住み込みで働いているお邸の娘である五反田氏の愛娘の麻耶演じる亜実が主役扱いです。
五反田氏にこれでもかと媚びるプロデューサーの嫌らしさが丸出しの作品です。
そして、麻耶の可愛さを前面に押し出したら、方向性が違う作品になりかけています。
麻耶の特定のファンは映画の内容をあるルートを通じて入手し、喜びのあまり号泣したそうです。
「遂に麻耶ちゃんの時代が来た!」
彼らの平均年齢は三十五歳です。非常に危険な香りがすると思う地の文です。
何も知らずに撮影に参加している麻耶は出番が増えて大喜びで、早速ボーイフレンドの市川はじめを撮影所に呼びました。
「麻耶ちゃん!」
はじめが嬉しそうに麻耶に駆け寄ろうとすると、麻耶ちゃんファンクラブの危ないオジさん達がその行く手を阻みます。
「お前、麻耶ちゃんとどういう関係だ?」
ファンクラブの代表の人が尋ねました。
ベタついたロン毛で、大きな紙の手提げ袋を持っています。
「ぼ、僕は……」
上がり症のはじめは何も言えなくなってしまいます。
そして、ファンクラブの人々に取り囲まれてしまいました。
「はじめ君!」
そんなピンチを救ったのは、他ならぬ麻耶でした。
麻耶が嬉しそうにはじめの手を握り、駆けて行くのを見て、号泣するファンクラブの人達です。
ある意味凄惨な場面なので、カットして欲しいと思う地の文です。
「全くの素人のウチの娘が主役だなんて、申し訳ないですね」
五反田氏はベテランの詰橋勲と高瀬莉維乃に頭を下げました。
「とんでもないです、五反田さん。こちらこそ、麻耶ちゃんの迫真の演技に教えられる事がありますよ」
早速媚を売る詰橋です。抜け目がないのは役だけではないようです。
「うるさいよ!」
的を射た地の文の指摘に切れる詰橋です。隣の莉維乃が白い目で見ています。
「そうですか。そう言っていただけると、ホッとします」
五反田氏が微笑むと、莉維乃が、
「今後ともご贔屓に」
すかさず媚びます。今度は詰橋が白い目で莉維乃を見ています。
どっちもどっちだと思う地の文です。
「六ちゃん!」
そこへ別の場所での撮影を終えたなぎさと樹里がやって来ました。
「お疲れ様、なぎさちゃん、樹里さん」
五反田氏は二人を見て言いました。
樹里の不甲斐ない夫の杉下左京から、
「樹里は私と結婚して『杉下樹里』になったので、給与明細の氏名を直してください」
と言われたのを思い出した五反田氏は、樹里を「御徒町さん」ではなく、「樹里さん」と呼ぶ事にしました。
「お疲れ様です、旦那様」
樹里は笑顔全開でお辞儀をしました。
「撮影は順調みたいだね」
五反田氏が言います。するとなぎさが、
「そうなの。順調過ぎて、私、もう死んじゃったの」
残念そうに言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開です。五反田氏は何故そうなったのかプロデューサーから説明を受けていたので、苦笑いしました。
(大村さんとなぎさちゃんを和解させた方が今後のためだな)
美紗と話をしようと思う五反田氏です。
多分、美紗は二つ返事で和解に応じると予測する地の文です。
大人の世界は長いものにうまく巻かれる人が生き残れるのです。
「今日も叔母様はいらしてないのね」
何も気づいていないなぎさは、周囲を見渡して言いました。
「そうなんですか」
いつの間にか愛娘の瑠里に授乳中の樹里は笑顔全開で応じました。
五反田氏は目のやり場に困り、俯いてしまいました。
「何だ、六ちゃん、樹里がおっぱいあげてるのを見て照れてるの?」
なぎさが五反田氏を見て笑いました。
「六ちゃんだって、監督だって、みんなおっぱいを飲んで大きくなったんだから、照れなくてもいいのよ」
なぎさはポンポンと五反田氏の背中を叩きました。
おっぱいだけで大きくなったのではないと思う地の文ですが、なぎさには通用しないので突っ込みません。
「そういうものかね?」
五反田氏はまた苦笑いしました。
「そうなんですか」
樹里はちょうどマシュマロをしまうところで、五反田氏はチラッと見てしまいました。
顔が赤くなる五反田氏です。
「ああ、お父さんたら、樹里さんのおっぱい見たでしょ!?」
そこへ麻耶がやはり恥ずかしそうにしているはじめを引き連れて現れました。
「え、いや、見ていないよ、麻耶。おかしな事を言わないでくれ」
五反田氏は焦ってしまいました。麻耶はすぐに母親の澄子さんに言いつけるからです。
「麻耶ちゃん、人間はみんなおっぱいを飲んで大きくなったんだから、そんな事言っちゃダメだよ」
なぎさが意味不明の理屈で麻耶を窘めました。
「そうなんですか」
なぎさの言葉に思わず樹里とハモってしまう麻耶です。
めでたし、めでたし。




