樹里ちゃん、里帰りする
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、映画とドラマで活躍する女優でもあります。
今日は五反田邸の仕事は夏季休暇でお休みを頂いたので、樹里は瑠里をベビースリングで抱いて実家に行きました。
不甲斐ない夫の杉下左京は樹里の稼ぎが自分の数倍あるのを知り、もっと頑張ろうと決意しましたが、多分どうにもならないと思います。
「うるせえ!」
的確な予想をした地の文に切れる左京ですが、今日の登場はここまでです。
「何だと!?」
怒る左京ですが、地の文を怒らせるとそういう事になるのです。
「やっぱり地の文は作者なんじゃねえか!」
左京が意味不明の事を叫びますが、地の文は華麗にスルーです。
夏季休暇で英気を養ったので、気力が充実している地の文です。
そして今回は五反田邸は出て来ないので、住み込みメイドの赤城はるなと警備員さん達も出演しません。
「何でよ!」
はるなが代表して抗議しましたが、地の文は寝たフリをしました。項垂れるはるなです。
樹里は実家のある新宿区に着きました。
「樹里姉!」
駅の改札を出ると、久しぶりの登場で大はしゃぎの真里、希里、絵里が出迎えてくれました。
しばらく登場しないうちに真里は小学一年生、希里は年長さん、絵里は年中さんになっていました。
三人共すでに夏休みを満喫中で、あまりの騒がしさに母親の由里が樹里に応援要請をしたのです。
「みんな、元気そうね」
樹里は笑顔全開で三人を見ました。
樹里達のそばを歩いている人達は、とてつもなくよく似た五人の顔に驚いています。
「瑠里、真里お姉ちゃんだよ」
真里が瑠里を覗き込んで言いました。
「違うよ、真里姉、お姉ちゃんじゃなくておばちゃんだよ」
希里がニヤリとして言いました。真里はムッとして希里を睨むと、
「いいの! まだ私は小学生なんだから! おばちゃんなんて、響きが悪いでしょ」
真里の心ない一言のせいでそばを歩いていた「おばちゃん」という言葉に敏感な年代の女性達が顔を引きつらせました。
「おばちゃんて呼んでいいのは、璃里姉からだよ」
真里は璃里がいないのをいい事に言いたい放題です。
「璃里姉に言ってやろ」
希里がすかさず言いました。
「だ、ダメだよ、希里! 告げ口は悪い事なんだからね。純子先生が言ってたんだから」
真里は焦って言い返します。
「純子先生なんて知らないもん」
希里は負けていません。
「じゃあ、樹里姉に決めてもらおうよ」
二人が樹里の方を見ると、すでに樹里と絵里がいなくなっていました。
「わああん、置いてかないでよ、樹里姉!」
真里と希里は泣きべそを掻いて樹里達を追いかけました。
その頃、由里は居間で三つ子に授乳していました。
相変わらず大胆な授乳で、大きなマシュマロを剥き出しにしています。
「お母さん、もっと羞恥心を持ってよ、全く」
真里に「おばさん」認定されたとは夢にも思わない璃里は、由里を窘めました。
ちなみに璃里は今年でまだ二十五歳です。
でも、瑠里にとっては「伯母さん」なのは事実です。只、所謂「おばちゃん」ではないです。
「別にいいじゃない、今はあんたと私だけなんだし。旦那は仕事だし、竹之内さんだって、もう出かけたんでしょ?」
由里はまるで悪びれた様子がありません。さすが八人の子供の親です。京塚○子さんもびっくりの肝っ玉母さんです。
「そうなんだけど……」
口では由里に勝てないのを理解している璃里はそれ以上は何も言いません。
「でも、助かってるよ、あんた達には。優しい旦那さんだよねえ、一豊さんは」
由里は授乳の選手交代をしながら言いました。
「ホント。私も気が引けるくらいいい人よ」
璃里は顔を赤らめて応じました。璃里の夫の竹之内一豊氏は、由里と璃里の負担軽減を同時に果たすため、同居を決意したのです。
樹里の不甲斐ない夫の誰かさんとは大違いです。
「樹里姉が来たよ」
先に走って来た絵里が居間に飛び込んで来ました。
するとお人形遊びをしていた璃里の愛娘の実里が顔を上げ、玄関へとテトテト歩きます。それを見た由里が、
「実里は瑠里が大好きなんだよね」
ちょうど玄関に入って来た瑠里も、実里が姿を見せたので、キャッキャとはしゃぎました。
「やっぱり、瑠里の一番は実里なんだね」
真里が残念そうに呟くと、希里が、
「仕方ないよ、瑠里からしたら、真里姉や私はおばちゃんなんだから」
と溜息交じりに言いました。苦笑いする地の文です。
「るーたん、いらっちゃい」
実里は笑顔全開で瑠里に言いました。
「実里、お口がお上手になったね」
樹里が瑠里を下ろしながら言います。
「あら、瑠里、立てるようになったの?」
璃里が出て来て尋ねました。樹里は璃里を見て、
「はい。つかまり立ちはもうできますよ」
笑顔全開で言う樹里です。
その光景を知らない人が見たら、ちょっと怖い世界に迷い込んだと思うでしょう。
何しろ、総勢十一人のそっくりな顔がいるのですから。
今日も長閑な御徒町一族でした。
めでたし、めでたし。