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樹里ちゃん、メイドに戻る

 俺は杉下左京。G県M署の副署長だ。


 しかし、仕事と言えば決裁決裁。俺は判子突きか、と思うくらいだ。


 しかも、縛りがきつく、サボる事ができない。


 その上、誰かのように事件に首を突っ込んで解決するほどの熱血漢でもない。


 俺の唯一の楽しみは、束の間の樹里との「同棲」。


 彼女は母親と俺が結婚するのを望んでいる。


 でも俺は負けない。いつか必ず樹里と……。


 仕事が見つかるまでいさせて欲しいという樹里。


 仕事が見つからないように祈っている俺。


 毎日が忙しかったが、それでも穏やかだった。


 東京の喧騒から比べれば、G県は別天地だ。




 ところが、そんな平和な日常がかき乱される事件が起こった。


 東京で起こった連続強盗事件の主犯の男が、俺の勤務するM署管内で目撃されたのだ。


 署内が一気に緊迫したムードになった。


 普段の長閑のどかな雰囲気は消滅した。


 署長が陣頭指揮を執り、刑事課だけでなく、生活安全課まで動員しての聞き込みが始まった。


 どうやら、警視庁から担当刑事が来るらしい。


 俺は嫌な予感がした。


 広域捜査で活動すると言えば、特捜班だ。


 あの無能な亀島馨がいる。もしかすると、奴が来るかも知れない。 


 俺は担当者が来る日を聞き出し、休暇をとった。


 すんなり取れたのは、普段の行いがいいからだ。


 そして、予想通り、M署に来たのは亀島だった。


 休んで正解だった。顔を合わせれば、何を言われるかわからない。


 きっと奴は自分が勝ち組だと思っているだろうから。


 亀島は俺の事には全く触れずに帰ったようだ。


 何となく悔しいが、仕方ないだろう。


 また元ののんびりした毎日に戻る。


 そう思った。


 ところが。


 どうやら、俺の辛抱もこれまでかも知れない。


 主犯の男を、刑事課の連中が後一歩で取り逃がしてしまったという。


 とんでもない失態だ。


 署長は激怒し、何故か俺に当たった。


 おいおい。俺は捜査にはタッチしてないぞ。


 陣頭指揮を執ったのは署長だろう?


 と、書類を見ると、何故か責任者の欄に「杉下左京」と書いてある。


 あの腐れ署長め。


 俺は怒りに震え、刑事課に乗り込み、へまをやらかした班の連中を引き連れると、署を出た。


 あのキャリア組の署長の鼻を明かしてやる。


 昔の血が騒ぎ出した。忘れていた闘争本能が燃え上がった。


 


 そして数日後、俺達の執念が身を結び、主犯の確保に成功した。


 何故かその会見は、満面の笑みの署長が行った。


 俺の活躍は、見事なまでに闇に葬られた。


 官僚制なんて大嫌いだ。心底そう思った。




 疲れ果てて寮に帰ると、樹里が出迎えてくれた。


「疲れたよ、今日は」


「そうなんですか」


 樹里の笑顔で俺は癒された。ずっとこうしていられたら。そんな事を考えてしまう。


「あれ?」

 

 何故か、樹里達は荷物をまとめていた。まさか……。


「仕事、見つかったのか?」


「はい。住み込みのメイドの仕事がありました」


「そ、そうか。良かったな」


「はい」


 樹里は嬉しそうだ。仕方ない。夢から覚める事にしよう。


「お世話になりました、杉下さん」


 樹里は、三人の妹達と同時に頭を下げた。


「お、おう。俺の方こそ、楽しかったよ」


 あれ? 何だ? 樹里が歪む。どうしたんだ?


「杉下さん?」


 樹里が不思議そうな顔で俺を見る。


 あ。俺、泣いてる。涙で樹里が良く見えないんだ。


「わ、悪いな。目にゴミが入った……」


 そう言って誤魔化そうとした俺に、樹里と妹達が抱きついて来た。


「ありがとうございました、杉下さん」


 もうダメだ。俺は号泣してしまった。樹里達の体温が俺に伝わって来る。


 しばらく俺は、樹里達を抱きしめ返したまま、泣いた。




 やがて、樹里達は笑顔で出て行った。俺も笑顔で送り出した。


 住み込みの仕事は、隣のT市だそうだ。いつでも会いに行けるさ。


 こうして俺の束の間の同棲生活は終わった。


 明日からは一人か。


 寂しくなるな。


 うう、また泣きそうだ。 

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