樹里ちゃん、久しぶりに左京とデートする
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドで、「メイド探偵は見た」の出演者でもあり、「メイド探偵は見た ザ・ムービー」の主役でもあります。
今日は五反田邸の仕事も映画の撮影もお休みです。
「瑠里は私が預かるから。たまには左京さんと二人で出かけなさい」
姉の璃里が言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で璃里の申し出に甘える事にしました。
「瑠里、実里お姉ちゃんと仲良くね」
樹里は笑顔全開で手を振る瑠里に言って、夫の杉下左京と久しぶりのデートです。
樹里は別にごく普通ですが、左京は樹里と二人きりの空間が久しぶりなので、緊張しています。
中学生のデートみたいです。
「うるせえ!」
さり気ない地の文の嫌みに切れる左京です。
「どこへ行こうか、樹里?」
左京は照れながら樹里に尋ねます。
「東京フレンドランドに行きたいです」
樹里の提案に引きつる左京です。
そこには嫌な思い出がたくさんあるからです。
(そう言えば、亀島の裁判はいつだろう?)
不意に只今公判中の元同僚にして元泥棒の亀島馨の事を思い出す左京です。
「そうか」
左京は苦笑いして応じました。
そして二人は、左京のアパートから五分少々のフレンドランドに到着しました。
「おお!」
あの時は閉鎖されていたお化け屋敷が復活しています。
「左京さん、お化け屋敷に入りたいのですか?」
樹里が笑顔全開で尋ねました。
「あはは、そんな事はないよ、樹里」
左京はギクッとして答えます。
(樹里は全然怖がらないから、入っても楽しくない)
樹里のせいで亀島が気絶したのを思い出す左京です。
(人間は昔の事をよく思い出すようになると死ぬって、ブラックジャ○クが言ってたっけ)
更に子供の頃の妙な記憶が甦る左京です。
左京のその予感は当たりそうです。
殺し屋が二人を尾行しており、観覧車からライフルで狙っていたのです。
「前の二人はあまりに間抜けだったのだ。俺はしくじったりしない」
名もなき殺し屋が呟きます。異常にやせ細っていて、目がギョロギョロしています。
「うるせえ!」
名もなき殺し屋は地の文に切れました。
「俺の名は霧隠蔵斎。スナイパーだ」
誰も聞いていないのに気取って自己紹介しているうちに、樹里達は遊園地の奥へと歩いて行ってしまいます。
「ああ!」
蔵斎は慌ててライフルを構え直し、樹里を探します。
スコープの十字線の向こうに樹里の笑顔が見えます。
「か、可愛い……」
あまりに樹里の顔をジッと見てしまい、惚れそうになるバカスナイパーです。
「やかましい!」
蔵斎はまた地の文に切れました。
(どうしよう……。あんなに可愛い娘を撃つなんてできない)
想定外の葛藤を始める蔵斎です。○リエモンもびっくりです。
「仕方ない、男の方を撃とう」
急遽標的に抜擢されてしまう運の悪い左京です。
「あいつ、それほど男前でもないくせにあんな可愛い娘と結婚しやがって、許せない!」
醜い嫉妬に狂う蔵斎です。その事を知る由もない左京です。
樹里と左京は最初にメリーゴーランドに乗りました。
でも決してお題消化ではありません。
「やっぱりこの席はきついですね、左京さん」
樹里が申し訳なさそうに言いました。
「そんな事ないよ、樹里」
樹里と身体が密着して嬉しい左京はニヤニヤしています。
完全に変質者の顔です。
「うるせえよ!」
真実を語った地の文に理不尽に切れる左京です。
そんな二人を蔵斎が見つけてしまいました。
「死ね、不細工な夫!」
蔵斎の指がトリガーを引きました。
弾丸が発射され、観覧車の鉄骨に当たって跳ね返って来ます。
「うぎゃああ!」
蔵斎は慌てて跳弾をかわしました。
障害物を計算に入れずに撃つとは呆れ果てたド素人です。
「うるせえ!」
跳弾で焼け焦げた髪の毛を整えながら切れる蔵斎です。
「畜生、今度は外さない!」
もう一度ライフルを構える蔵斎です。今度は鉄骨に気をつけています。
「死ね、バカ夫!」
左京への罵詈雑言を放ちながらトリガーに指をかける蔵斎です。
「うわお!」
トリガーを引こうとした瞬間、左京の前に樹里が出て来ました。
慌てて指を放す蔵斎です。
二人は顔を寄せ合ってキスをしているように見えます。
「やめろおお!」
絶叫する蔵斎です。
樹里は左京の鼻の頭が汚れているのを見つけて拭いてあげただけでした。
「さ、サンキュ」
左京自身も樹里がキスするのではないかと思い、ドキドキしていました。
こっちもどうしようもない妄想スケベ男です。
「やかましい!」
図星を突かれ、動揺を隠し切れずに地の文に八つ当たりする左京です。
メリーゴーランドを降り、樹里と左京はオープンテラスで一休みです。
「年は取りたくないな、もう疲れてしまった」
左京は背もたれに寄りかかって言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「うん?」
寄りかかったせいで、左京は観覧車に妙な客が乗っているのに気づきました。
(何だ、あいつ? 窓から何かを突き出しているぞ?)
次の瞬間、警視庁の敏腕警部だった左京の勘が戻りました。
(殺し屋か!?)
左京は慌てて樹里の手を掴み、駆け出します。
「樹里、殺し屋が狙っている。建物の中に隠れるんだ」
必死に走りながら言う左京ですが、樹里は笑顔全開でついて行きます。
「そうなんですか」
左京と樹里は近くにあったレストランに駆け込みました。
左京と樹里がレストランに逃げ込んだのを見た蔵斎は観覧車を降り、ライフルから拳銃に持ち替えます。
「逃がすかよ」
蔵斎はすっかり殺し屋の顔です。周囲を歩いていた客や従業員が仰天しています。
「降りて来たか」
左京はレストランの窓から蔵斎が歩いて来るのを見ていました。
「樹里、ここを動くな。俺はあいつをぶっ倒す」
左京は決死の覚悟を決め、樹里に言いました。
「頑張ってください、左京さん」
樹里が笑顔全開で言いました。
「おう!」
勇気百倍の左京は、レストランを飛び出しました。
「わざわざ殺されに来たか?」
蔵斎は左京を見てニヤリとします。
(ライフルだと太刀打ちできないが、拳銃なら何とかなる!)
元警察官の左京はそう判断し、蔵斎に向かって走ります。
(狙いを定めて撃つまでのタイムラグに全てを懸けるぞ)
左京はまっすぐ蔵斎に向かいました。
「アホか、おのれは?」
蔵斎が嘲笑いながら銃を構えました。
(今だ!)
左京は銃弾が発射される瞬間に横に飛び、狙いが外れて驚いている蔵斎の隙を突いて一気に距離を詰めて、レストランから無断で借りて来たフォークを投げつけ、拳銃を弾きました。
「ふざけやがって!」
ところが蔵斎は小銃を隠し持っていて、左京に狙いをつけました。
「く!」
焦る左京です。その時でした。
ビュウウンと宙を切り、フライングディスクが左京の左を通過し、蔵斎の小銃を跳ね飛ばしました。
「いてて!」
思わぬ攻撃に蔵斎は驚愕し、辺りを見渡します。
「どこ見てやがる!?」
左京が蔵斎に飛びかかり、組み伏せました。蔵斎は地面に顔を押しつけられ、歯軋りしました。
「くそう!」
「また助けられたな、樹里」
左京は後ろから歩いて来た樹里に言いました。
「そうなんですか」
樹里はレストランのレジ横で買ったフライングディスクを抱えて笑顔全開で応じました。
こうして、左京と樹里の愉快な夫婦探偵は見事間抜けな殺し屋を退治しました。
まもなく、警視庁から神戸蘭警部と平井拓司警部補がやって来ました。
「殺し屋が五反田邸にも送り込まれているんだぞ。何とかしろ」
左京は蘭に怒鳴りました。
「こっちだって、内偵を進めているの! 相手が相手だけに慎重に事を進めないと大変な事になるのよ」
蘭が怒鳴り返します。
「そうなんですか」
樹里はそれでも笑顔全開です。
「どういう事だ?」
左京が声を低くして尋ねました。蘭も声を低くして、
「黒幕は政財界に影響力がある渋谷栄一らしいのよ」
「誰だ、それ?」
相変わらず人の名前を覚えていないバカ左京です。蘭は白い目で見ています。
「それにしても、樹里さんが世界フライングディスク選手権のチャンピオンだとは知りませんでした」
平井警部補が言うと、
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
(一体いくつタイトルを持ってるんだ、樹里?)
左京は驚愕の眼差しで樹里を見ました。
めでたし、めでたし。




