樹里ちゃん、映画の宣伝で生番組に出演する
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
しかし、最近はテレビ・映画と活躍の場を広げ、飛ぶ鳥も落とすかも知れないくらいの勢いです。
今日はいつもの職場の五反田邸で映画の撮影です。
ワンシーン登場するだけなのに気合い入りまくりの住み込みメイドの赤城はるなは、元雇い主でもある有栖川倫子、そして元先輩である黒川真理沙と共にスタンバイしています。
「あんた、映るか映らないくらいの出演なんだからさあ」
倫子が呆れ顔で言います。はるなのメイクはビジュアル系バンドもビックリです。
「首領こそ、気合い入ってるじゃないですか?」
いつもより短いスカートで男性スタッフ達の視線を釘付けの倫子を白い目で見るはるなです。
「全く……」
一人普段通りの真理沙の方が目立っているのに気づかない倫子とはるなです。
「先生」
映画デビューを飾った五反田氏の愛娘の麻耶は倫子が戻って来てくれたので大はしゃぎです。
「麻耶ちゃん」
倫子も微笑んで手を振り返します。
「首領、もう泥棒はやめてくださいね」
はるなが小声で言いました。
「麻耶ちゃんがいるところでそんな無粋な話をしないでよ」
倫子ははるなを睨みました。
「首領」
真理沙が何かに気づいて倫子に呼びかけます。
「うん?」
真理沙が目で示したのは、麻耶を敵意に満ちた目で睨んでいる新人メイド役の稲垣琉衣でした。
「なるほど、あの子が麻耶ちゃんをね」
倫子はフッと笑いました。
「いるのよねえ、どこの世界にもああいうのが。実力以上に高望みして、周りは全員敵、みたいなさ」
「どうしますか?」
真理沙が尋ねます。倫子は麻耶にまた微笑みながら、
「目を離さないで」
「わかりました」
真理沙はスッと倫子から離れ、琉衣の後ろに回り込みました。
一方、主演の樹里と船越なぎさは、テレビ局の生放送で映画の宣伝をする事になっています。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開でプロデューサーに応じます。
「映画なのにテレビにも出るの?」
なぎさはチンプンカンプンです。
「私がどうぞと言ったら、この台詞を読んでください」
広報担当の男性が樹里となぎさにフリップを見せました。
「『メイド探偵は見た ザ・ムービー』、是非観てください」
樹里となぎさが声を揃えて言いました。
「おお、抜群のコンビネーションですね」
広報担当さんは誉めるのが仕事です。
「私、面と向かって人を誉める人は信用するなって死んだお祖父ちゃんに言われたわ」
なぎさが身も蓋もない事を言いました。項垂れる広報担当さんです。
「そうなんですか」
樹里が無意識の追い討ちをかけます。担当さんは立ち直れなくなりそうです。
「あ、いっけない」
なぎさが急にそう言ったので、
「どうしましたか?」
項垂れていた広報担当さんが尋ねました。
「お祖父ちゃん、まだ生きてたわ」
なぎさの反則なボケで燃え尽きそうな広報担当さんです。
「そうなんですか」
樹里はそれでも笑顔全開です。
スタッフの多くが二人の生出演漫才に気を取られている時、琉衣が動きました。
彼女は麻耶の椅子の上にある台本に液状の糊を注ぎ込み、ベチャベチャにしてしまいました。
(何て事を!)
琉衣を見張っていた真理沙が動きます。
(恥を掻きなさい、麻耶ちゃん)
琉衣は悪い魔女のような顔で麻耶を見ました。
「琉衣さん、お願いします」
助監督が琉衣を呼びました。
「はい」
琉衣はさっきまでの魔女顔が嘘のような天使の笑顔になり、撮影場所に向かいます。
そしてヘアメイクさんがササッと琉衣の化粧を修正し、髪を整えます。
「麻耶さん、お願いします」
次に別の場所で麻耶が呼ばれます。
「はーい」
麻耶は嬉しそうに台本を手に取ると駆け出しました。
(その台本、開けないわよ、麻耶ちゃん)
琉衣はチラッと麻耶を見てニヤリとしました。
「え?」
何故かスタッフも共演者達も琉衣を見てクスクス笑っています。
「どうしたの、琉衣ちゃん、顔が煤けてるわよ」
邸の女主人役の高瀬莉維乃が言いました。
琉衣は慌てて自分の椅子に駆け寄り、バッグから手鏡を出しました。
そこに写っている琉衣の顔は鼻の頭と額が墨で擦られたように黒くなっています。
琉衣はさっき自分の顔と髪を直したヘアメイクさんを探しますが、どこにもいません。
当然です。そのヘアメイクさんは真理沙の変装だったのです。
(麻耶ちゃんにちょっかいをかけるたびに貴女が笑われるのよ、琉衣さん)
元の姿に戻った真理沙がクスッと笑いました。
琉衣は莉維乃に苦笑いをして鼻と額を拭い、撮影に臨みました。
(どういう事なのよ!?)
琉衣は自分を陥れようとしている者がいると考えました。
当然の事ながら、麻耶の台本は糊付けされていないものと交換されています。
こちらは倫子の仕事です。
(人を呪わば穴二つってね、琉衣ちゃん)
倫子は琉衣を見てフッと笑います。
「台本ちょうだい」
琉衣が高飛車にマネージャーに言います。
若いマネージャーが慌てて琉衣に台本を渡します。
「えええ!?」
琉衣は仰天しました。台本が糊で張り付いていて、開けないのです。
(どういう事なのよ!?)
混乱する琉衣です。
さて、再び樹里となぎさです。
テレビの生中継が始まり、無事に宣伝を終えた二人に司会の女子アナが質問しました。
「この映画の見どころを教えてください」
「そうなんですか」
樹里が笑顔全開で応じます。するとなぎさが、
「私は五反田駅前にあるあんみつ屋さんが好きです」
と意味不明な事を言いました。
唖然とする女子アナです。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開でいつの間にか授乳中です。
広報担当さんの血の気が引いていきます。
(左遷だ、左遷だ、左遷だ……)
コメンテイターの男性陣と男性アナウンサーが樹里のマシュマロがチラッと見えたので、思わず身を乗り出しました。
めでたし、めでたし。