樹里ちゃん、またしても殺し屋に狙われる
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
映画の主役に抜擢されたり、居酒屋で料理を作ったり、殺し屋を知らないうちに撃退したりしています。
今日は樹里は愛娘の瑠里の検診の日なのでメイドの仕事はお休みです。
いつも暇な不甲斐ない夫の杉下左京の運転で病院に向かっています。
「ううう……」
地の文の思うがままの意見に涙が出そうになっている左京です。
「パパはどうしたのですかね、瑠里?」
後部座席のベビーシートに乗せられている瑠里に話しかけている樹里です。
(そうだ、忘れてた。樹里は殺し屋に狙われているんだ。俺が項垂れていてどうするんだ、左京!?)
左京は自分に活を入れました。
そして辺りを警戒しながら車を進めます。
しかし、「下手の考え休むに似たり」です。左京が難しい事を考えるとロクな事になりません。
「ううう……」
容赦のない地の文の言葉にまた打ちひしがれる左京です。
そんな漫才みたいな事をしているうちに車は病院に着きました。
あの樽のような看護師さんがいる産婦人科です。
「ついて行くよ」
左京が瑠里をベビーシートから下ろしながら言うと、
「大丈夫ですよ」
樹里が笑顔全開で拒否しました。
真っ白に燃え尽きそうになる左京です。
「左京さんはお仕事頑張ってください」
樹里は更に左京に無意識の追い討ちをかけ、笑顔全開で病院に入って行きました。
「ううう……」
仕方なく車に乗り込み、いつもの猫探しへと出かける左京です。
他に依頼がないのでしょうか?
「うるせえ!」
しつこい地の文に切れる左京です。
樹里は受付をすませて、ロビーの椅子に座り、瑠里をあやします。
そんな樹里をジッと見ている女性がいました。
でも、決してそういう世界の人ではありません。
五反田氏の命を狙わせているガマガエルのような風貌の渋谷栄一が差し向けた女の殺し屋です。
その殺し屋は妊婦のフリをするために腹部に詰め物をし、そこに銃やナイフを隠し持っています。
(あれが御徒町樹里ね。ミッション開始)
殺し屋はニヤリとして席を立ち、樹里にこっそり近づきます。
(この銃は消音機能抜群なのよ。誰にも気づかれずに仕留められるわ)
殺し屋は樹里の後ろまで来るとすっとしゃがみ込み、樹里が寄りかかっている背もたれに銃を押し当てます。
(死にな)
殺し屋がフッと笑ってトリガーを引こうとした時です。
「貴女、お腹の子に障るわよ、そんな格好したら」
樹里担当の樽さん、いえ、看護師さんが殺し屋を叱りました。
「ひ!」
殺し屋は慌てて銃を隠し、立ち上がります。
「す、すみません」
殺し屋は苦笑いをして樽さん、いえ、看護師さんから離れました。
「全く。最近の若い子は、本当に妊婦の自覚がないんだから」
看護師さんは今にも土俵入りしそうな迫力のある顔で言いました。
「そうなんですか」
樹里が笑顔全開で応じます。
(あのババア、邪魔しやがって)
殺し屋は舌打ちして自分の席に戻りました。
すると今度は樹里が不意に立ち上がります。
(トイレか?)
殺し屋も立ち上がり、樹里について行きます。
「御徒町さーん」
その途端、樹里の番が来て、樹里がクルッと振り向いたので、殺し屋は慌てて腹ばいになりました。
「ちょっと、貴女、そんな寝方したら、お腹の子に障るでしょ!」
また樽さん(もうこれでいきます 作者)が窘めます。
「す、すみません」
殺し屋が謝っているうちに樹里は診察室に入ってしまいました。
(このババア、殺すか?)
殺し屋の逆恨みで命を狙われそうな樽さんです。
(出て来るのを待って、帰るところを後ろから……)
殺し屋は頭の中でシミュレーションしました。
そんな事をしているうちに樹里が診察を終えて出て来ました。
(今度こそ)
殺し屋は樹里が会計をすませて玄関に向かうのを待ちます。
「ありがとうございました」
樹里が受付を離れ、玄関に向かいます。
(よし!)
殺し屋はそれを見て席を立ち、樹里をつけようとしました。
「ちょっと貴女、何してるんですか?」
また樽さんに声をかけられ、ビクッとしてしまう殺し屋です。
(気づかれたか?)
樽さんをすぐに始末して樹里を追おうと思う殺し屋ですが、
「検診が怖くて逃げたくなる気持ちもわからなくはないけど、ダメよ、そんな事じゃ」
殺し屋は樽さんにグイと引き戻されてしまいます。
「順番が来るまでちゃんと待つのよ。これから一つの命を育てる立場の貴女がね……」
椅子に座らされ、樽さんに仁王立ちで説教される殺し屋です。
(田舎に帰って、結婚しようかな……)
ふとそんな事を考え、涙ぐむ殺し屋です。
一方樹里は病院の外に出ていました。
「今日はお祖母ちゃんのお家にお泊まりですよ、瑠里」
樹里はベビースリングの中ではしゃぐ瑠里に言いました。
めでたし、めでたし。