樹里ちゃん、映画の出演を依頼される
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
現在樹里は、上から目線推理作家である大村美紗原作の「メイド探偵は見た」という推理ドラマにチョイ役で出演中ですが、主役の船越なぎさを凌ぐ人気ぶりです。
瞬間視聴率では、樹里が出ているシーンがいつもトップです。
テレビ局には「樹里ちゃんはいつ出るの?」という問い合わせが殺到しています。
「そうなんですか」
ドラマの控室で、樹里はその事をプロデューサーにこっそり教えられました。
「そこでですね、実は映画化の話があるんですよ」
プロデューサーはもうこれ以上は無理というくらいの恵比須顔で言いました。
「麻雀賭博で捕まった人ですか?」
樹里は笑顔全開でストーリーの進行に無関係な人の過去を言いました。
「そのエビスじゃありません」
プロデューサーは項垂れました。
「そうなんですか」
樹里はそれでも笑顔全開です。
「貴女を主役にして『メイド探偵は見た』を映画化するんですよ。凄いでしょ?」
プロデューサーはドヤ顔で言います。ここまで言えば驚くだろうと思ったのです。
「でも、主役のメイドさんはなぎささんですよ」
樹里は不思議そうな顔で愛娘の瑠里に授乳しながら応じました。
プロデューサーは樹里の大胆な授乳にビクッとしましたが、樹里のマシュマロが見られてラッキーとも思っています。
「思ってないよ!」
憶測で話を進める地の文にプロデューサーは切れました。
「そうなんですが、なぎささんのスケジュールが合わなくてですね……」
今思いついた嘘で樹里を丸め込もうとする悪徳プロデューサーです。
「うるさい!」
真相に迫ろうとした地の文に切れるプロデューサーです。
「なぎささんが出られないのなら、私も出ないです」
樹里は何故か笑顔全開で言いました。
「え?」
唖然とするプロデューサーです。
「私がドラマに出られたのは、なぎささんが大村美紗様の姪御さんで、私がなぎささんと友達だったからです。そのなぎささんを差し置いて映画に出るなんてできません」
西遊記が完結したせいで、本編にまでまともバージョンが押し寄せて来たらしい樹里です。
(その大村先生が、なぎささんを出したくないって言ってるんだよなあ)
なぎさが大嫌いな美紗の意向を汲んで樹里に話をしたプロデューサーはどうしたらいいのかわからなくなりそうです。
プロデューサーは樹里と美紗の板挟みになり、考え込んでしまいます。
(大村先生の意向を無視する訳にはいかないが、なぎささんが出ないと樹里さんも出ないのであれば、話は別だ)
プロデューサーは苦肉の策を思いつきました。
「では、樹里さんとなぎささんのダブル主演で映画化しましょう。そうすればいいですよね?」
勝手に話の内容を変えたプロデューサーです。美紗が激怒するでしょう。
「そうなんですか。それならいいですよ」
樹里はまた笑顔全開で応じました。
「良かった! じゃあ、話を進めさせてもらいますね」
プロデューサーはニコニコしながら控室を出て行きました。
「瑠里、ママは映画に出られるそうですよ」
樹里は笑顔全開で瑠里に言いました。
するとそれがわかったのか、瑠里はキャッキャッと笑いました。
翌日の事です。
テレビ局のロビーを鬼の形相で美紗がノッシノッシと歩いています。
映画の内容がプロデューサーの独断で変更になったのを知り、乗り込んで来たのです。
(原作者の私に断りもなく話を変更するなんてどういう事? しかも、あれほど出すなと言ったなぎさをダブル主演で出すなんて、許せないわ!)
こちらの言い分が聞いてもらえないのであれば、映画化承諾は白紙にするつもりの美紗です。
「大村さん、こんにちは」
そこに五反田氏が現れました。
「こんにちは、五反田さん」
強い者には確実に弱い美紗は鬼の形相を封印して笑顔になります。
「今日はドラマの映画化の話で来たんですよ」
五反田氏はにこやかに言いました。
「そうですの。私もですのよ」
美紗は五反田氏にも協力してもらおうと思いました。
(五反田さんに味方になってもらえれば、最高だわ)
悪い魔女のような顔になる美紗です。いえ、元々悪い魔女顔でした。
「ここでも悪口が聞こえるような気がするわ」
美紗は天井を見渡して呟きます。
「映画は、なぎささんと御徒町さんのダブル主演だそうですね」
五反田氏が言いました。美紗はわが意を得たりとばかりに、
「そうなんですのよ、全く」
と肩を竦めます。ところが、
「実に楽しみですね。大いに期待していますよ、あの二人の主演に」
五反田氏の発言に一瞬意識が飛びそうになった美紗です。
「おほほ、そうですわね、楽しみですわ、私も」
五反田氏が期待しているのなら、何も不満はないと思う変わり身の早さは某政治家以上の美紗です。
めでたし、めでたし。