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樹里ちゃん、杉下左京に告る

 俺は杉下左京。


 今はG県M署の副署長だ。


 とんだ事になったと意気消沈していたのだが、一つだけいい事があった。


 いや、今までの悪い事を全て帳消しにするくらいのいい事だ。


 あの御徒町(おかちまち)樹里(じゅり)が、俺の住んでいる寮に現れたのだ。


 一瞬、ドッキリかと思った。


 しかし、そうではなかった。


 樹里は俺に会いたくて来たのだそうだ。


 それでもドッキリ疑惑は解けなかったが、そこまでして俺を騙しても誰も得はない。


 そう思い、信じる事にした。


 樹里がやって来た当日は、俺は眠れなかった。


 彼女とその妹達には寝室で休んでもらった。


 俺はダイニングキッチンの隅にあるソファに寝た。


 それでも胸の高鳴りは収まらなかった。


 あの樹里が、同じ部屋にいるのだ。


 さっき、妹達と風呂に入った時は、俺は自分の中の悪魔を押さえ込むのに苦労した。


 警察寮の中で覗きなんてしたら、俺の人生は終わりだ。


 俺はどうして彼女にそこまで惚れ込んでしまったのだろう?


 そんないい思いはした事はないのに。不思議だ。


 きっと、あの子の純粋さだ。


 樹里には、全く「悪」の要素がない。


 完全な善人だ。


 そこに惹かれたのだと思う。


 そんな事をあれこれ考えているうちに、俺はいつの間にか眠り込んでいた。




 俺は、またいい匂いを感じ、目を覚ました。


 半身を起こすと、樹里と妹達が朝食の準備をしていた。


「おはようございます、杉下さん。朝ご飯ができましたよ」


 樹里はまた眩しい笑顔で言った。俺は頭を無造作に掻きむしり、


「あ、ありがとう。顔、洗って来るわ」


と起き上がった。


 今まで味わった事のないような幸福感。


 こんな幸せを想像した事がなかった。


 両親を早くに亡くした俺は、家庭の温かさを初めて感じた。


 ありがとう、樹里。


 俺は涙ぐんでしまった。そして、それを誤摩化すために顔をがむしゃらに洗った。


「杉下さん?」


 俺がなかなか戻らないので、樹里が見に来た。俺は慌てて顔を拭き、


「あ、すまん、今行くよ」


「はい」


 樹里は嬉しそうに微笑み、戻って行った。


 俺も嬉しかった。


 通じ合えている。一方的な思い込みなんかじゃない。


 もう一度言ってやる。


 ざまあ見ろ、亀島! 俺の勝ちだ!


「杉下さん」


 樹里が食事の後、言った。俺は取り出したタバコをハッとしてしまい直し、


「あ、すまん。妹達に毒だよな」


「そうなんですか」


 樹里はその事を言いたかった訳ではなさそうだ。


「もう一つ、お願いがあります」


「おう。何だ?」


 もうどんなお願いでも聞くぞ。樹里はニッコリして、


「私達の母に会って下さい」


「えっ? お母さんに?」


 それは早いぞ、樹里。いくら何でも、早い。


「そんな急に会っていいのか? もう少し時間をおいてからの方が……」


 亀島に見せられたあの待ち受けの写真。樹里に瓜二つの母親だ。


「そうなんですか?」


 樹里は不思議そうな顔をしている。俺はそれに気づき、


「どうしたんだ?」


と尋ねた。樹里は、


「母に会って下さらないと、困ります」


「えっ?」


 樹里の悲しそうな顔に俺は胸を抉られたような思いがした。


「わかったよ、樹里。お母さんに会いに行こう。それで、きちんと話をして……」


「はい。それで、杉下さんとお母さんが結婚してくれれば、杉下さんは私のお父さんになるのですよね?」


 何? 今のは幻聴か? 今、樹里は俺の事を「お父さん」て言ったのか?


 全身から嫌な汗が噴き出して来た。


 嘘だ。


 俺は勝者ではないのか?


「私、杉下さんの娘になるのが楽しみなんです」


 樹里のその言葉は、地獄からの誘いの言葉のように聞こえた。


 俺の苦難はまだ続くようだ……。

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