樹里ちゃん、クリスマスパーティをする
御徒町樹里は、日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日はクリスマスイブですが、樹里はいつも通り出勤します。
「今夜は事務所でパーティがあるから、早く帰って来てくれ、樹里」
不甲斐ない夫の杉下左京が言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
五反田邸に到着すると、住み込みメイドの赤城はるなと警備員さん達が出迎えました。
「メリークリスマス、樹里さん!」
いつになくハイテンションのはるなです。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「今日は旦那様がパーティを開いてくださるそうです」
はるなはウキウキしています。
「そうなんですか」
樹里は瑠里に授乳しながら言いました。
警備員さん達が色めき立ちます。
「覗くんじゃない!」
はるなが壁になって樹里を守ります。
警備員さん達はそそくさと仕事に戻りました。
邸に入ると、もう冬休みになった五反田氏の一人娘の麻耶が、お母さんの澄子さんとロビーの壁に飾り付けをしていました。
中央には本物のモミの木の鉢植えがあります。
ロビーは二階まで吹き抜けになっているので、木の高さは五メートルくらいあります。
「おはようございます、奥様、お嬢様」
樹里は瑠里を抱いたままで挨拶しました。
「おはよう、樹里さん!」
瑠里の事が可愛くて仕方がない麻耶は樹里に駆け寄って来ました。
「おはよう、樹里さん。今日くらい、ご主人と一緒に過ごしたいでしょうに、ごめんなさいね」
澄子さんも手を休めて言いました。
「大丈夫です」
樹里は笑顔全開で応じます。左京が聞いたら血の涙を流しそうです。
「瑠里ちゃんはクリスマスわかるのかなあ」
麻耶は笑顔の瑠里を見て呟きます。
「まだわからないでしょうね」
樹里は、麻耶があやしてくれるとキャッキャと笑う瑠里を見ながら言いました。
「今日はいっぱいご馳走を用意するから、樹里さんもはるなさんも遠慮しないで食べてね」
澄子さんも瑠里を覗き込みながら言いました。
「はい!」
ひときわ大きな声で返事をするはるなです。
「では、お飲み物の準備を致します」
樹里ははるなと共にキッチンに行きました。
はるなは鼻歌交じりにグラスの用意をしています。
「はるなさん、どうしたんですか? 随分嬉しそうですね?」
樹里は瑠里を育児室のベッドに寝かせて来て尋ねました。
「祐樹も来るんです。そこで私を正式に皆さんに紹介してくれるって……」
はるなは頬を染めて言いました。
「そうなんですか。おめでとうございます」
樹里は笑顔全開で言いました。
「ありがとうございます」
はるなは本当に嬉しそうです。
樹里達はいつもの仕事をこなしながら、飾り付けを手伝ったり、五反田氏が手配した料理人達の手助けをしたりしました。
日が暮れた頃、招待客がやって来ました。
最初に現れたのは、二回連続で登場の上から目線作家の大村美紗とその娘のもみじです。
続いて現れたのは、はるなの彼の目黒祐樹です。
はるなは小さく手を振りました。祐樹も振り返します。
更にその次にやって来たのは、何と某どじょう総理大臣です。
クリスマスパーティに出席している場合なのでしょうか?
それにしても五反田氏の力がよくわかります。
強いものには弱い美紗は、早速どじょう総理にすり寄ります。
でも、その人は来年の春くらいには消えているので、今からすり寄っても無駄です。
「何だと!」
どじょう総理が地の文に切れました。初登場で素晴らしい切れっぷりです。
すると更にその次には、あの強面の議員さんが登場です。
美紗はどじょう総理に差し出した名刺を奪い返し、強面議員にすり寄ります。
世渡り上手な美紗を呆れて見ているもみじです。
でも、その人ももうすぐ塀の中なので、すり寄らない方がいいと思います。
「何!?」
強面議員が切れたので、地の文は死んだフリをしました。
それ以降にも、政財界の大物の皆さんがたくさんやって来ました。
樹里とはるなはウェルカムドリンクを配ります。
そして、ようやくホストの五反田氏が登場しました。
「皆さん、ようこそ。今日は楽しんで帰ってください」
五反田氏の挨拶で、皆がグラスを掲げました。
樹里とはるなは忙しくパーティ会場になった大広間を歩き回ります。
「はるな」
祐樹が声をかけました。
「え?」
「パーティが終わったら、抜け出せる?」
祐樹が恥ずかしそうに尋ねます。
「うん。今日は早く仕事を上がっていいって、旦那様に言われたから」
はるなも恥ずかしそうに応じました。
「市川君、こっち!」
麻耶はボーイフレンドの市川はじめを見つけ、手を振って呼びます。
「麻耶ちゃん」
はじめは照れ臭そうに麻耶に近づきます。
「こっちでDVD観ながらケーキ食べようよ、はじめ君」
麻耶ははじめの手を掴んで隣の部屋に行ってしまいました。
「あ……」
それに気づいてついて行こうとした五反田氏を澄子さんが止めます。
「心配要らないわよ、貴方」
「そうか……」
それでも不安そうな親バカの五反田氏です。
「貴方ったら、麻耶の事になると、仕事の時のような頼もしさがなくなってしまうのだから」
澄子さんは微笑んで言いました。
「ハハハ……」
頭を掻いて苦笑いする五反田氏です。
そこへ樹里が近づきます。
「旦那様、奥様、もう抜けさせていただいてよろしいでしょうか?」
五反田氏は澄子さんと顔を見合わせてから、
「ああ、いいとも。欧米では、クリスマスの日は家族と過ごすのが当たり前だからね。早くご主人のところに行ってあげなさい」
「ありがとうございます、旦那様、奥様」
樹里は深々とお辞儀をしてから、大広間を出ました。
樹里は瑠里をベビースリングで抱き、五反田邸を出ました。すると、邸の前で左京が車を停めて待っていました。
「左京さん」
樹里は笑顔全開で駆け寄りました。
「危ないって、樹里!」
左京は慌てて樹里に近づきます。
「さあ、行こうか」
「はい」
二人は車に乗り、探偵事務所へと向かいました。
事務所に着くと、
「ここで待っていて」
左京が樹里をドアの外で待たせます。
「どうしたんでしょうね、パパは?」
樹里は首を傾げて、眠っている瑠里に話しかけました。
「いいぞ、入って」
左京の声が聞こえました。樹里はドアを開いて中に入りました。
部屋のあちこちに点けられた蝋燭の火の明かりで、テーブルの上にぼんやりとケーキが見えます。
その向こうに立つ左京は、ユラユラ揺れる光のせいで不気味です。
「メリークリスマス、樹里、瑠里」
左京は微笑んで言いました。
「メリークリスマス、パパ」
ちょうど目を覚まして左京の方を見た瑠里と一緒に樹里が左京を見ました。
左京と樹里は久しぶりにキスをしました。
そして、瑠里にもしようとしたのを、
「ダメです、左京さん」
と止め、もう一度キスしてくれた樹里に感激する左京でした。
めでたし、めでたし。