樹里ちゃん、亀島馨の結婚式に招待される?
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
今日も樹里は不甲斐ない夫である杉下左京に見送られて、出勤します。
「ううう……」
いつも冷たい地の文の対応に項垂れる左京です。
「今日は俺も仕事があるんだ」
胸を張る左京ですが、迷い猫を探すだけです。
「うるせえ!」
左京は地の文に切れ、部屋に戻りました。
出演時間がわずか一分にも満たない左京です。
「ううう……」
ドアの向こうでまた項垂れる左京です。
樹里はいつものように五反田邸に到着しました。
「おはようございます、樹里さん」
住み込みメイドの赤城はるなが挨拶します。
「おはようございます、はるなさん」
今日も言い間違えない樹里にホッとするはるなとかなり悔しそうな警備員さん達です。
(どうしていつも悔しそうなのかしら?)
はるなは不思議に思って警備員さん達を見ます。
警備員さん達は皆赤くなって持ち場に戻りました。
全く訳がわからないはるなです。
まさか自分のパンチラを期待されているとは思っていません。
そんなはるなを門の陰から黒尽くめの服を着た亀島馨が見ていました。
(キャビーちゃん、やっぱり可愛い)
ロリコンに転職した亀島です。
「違う! キャビーちゃんは二十歳だから、私はロリコンではない!」
地の文に抗議する亀島です。
亀島はまだはるなを邪な目で見ていました。
(私こそ、キャビーちゃんに相応しい)
犯罪者の目になる亀島です。
そうとは知らないはるなは、樹里と共に食事の片づけをしています。
「樹里さん、聞きたい事があるんですけど」
はるなは皿を食器洗い機にセットしながら言いました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「樹里さんは何度目のデートでキスしましたか?」
はるなは恥ずかしそうに尋ねました。
「しませんよ」
樹里は笑顔全開で答えました。
「え? キスしてないんですか、旦那さんと?」
はるなは思いました。
(キスしなくても、赤ちゃんはできるんだ)
頭が混乱するはるなです。
「左京さんとはデートでした事はないです」
「はあ?」
樹里の答えに首を傾げるはるなです。
「家ではたくさんしてますよ」
樹里の大胆発言に赤面するはるなです。
「そ、そうなんですか」
動悸息切れがして来て、立っているのが辛くなります。
「えとですね、二度目のデートでキスされたのは、祐樹が私の事をすごく愛しているからですよね?」
火照る顔を扇ぎながら、はるなは訊きました。
「そうですね。祐樹様ははるなさんの事を愛していると思います」
樹里がニコッとして言ったので、はるなは涙ぐみました。
「そうですよね、そうですよね?」
はるなが嬉しそうに言った時です。
「キャビーさん、貴女は騙されています」
どこからか声がしました。
「誰?」
はるなは以前の泥棒の反応で身構えます。
「亀島さんですよ、はるなさん」
樹里が言いました。
「何でわかったんですか、樹里さん!?」
亀島が天井から降りて来ました。
「わ、亀ちゃん!」
はるなは亀島の登場に仰天しました。
「キャビーさん、貴女はあの目黒祐樹に騙されています。あいつは他にも付き合っている女性がいるんですよ」
亀島はあからさまに合成写真とわかるようなものをはるなに渡しました。
「これ、先週の週刊金曜日に載っていた宮迫○之の浮気写真に祐樹と誰かの顔を合成したんでしょ?」
はるなはムッとして写真を突き返しました。
「え?」
大量の汗を掻く亀島です。
「じゃ、じゃあ、これならどうです。動画もありますよ」
亀島はどこに隠していたのか、ノートパソコンを出して、ようつべを見せます。
動画が再生されていて、祐樹と牛乳瓶の底にような眼鏡をかけた女性が腕を組んで歩いているのが映っています。
「これ、貴方のボスのベロトカゲでしょ? で、祐樹は貴方の変装」
はるなは呆れ気味の顔で言いました。
ベロトカゲこと六本木厚子は黒のワンピースで、祐樹に変装した亀島は今と同じ黒尽くめです。
バレバレ過ぎます。
「亀島さんは、六本木厚子さんとお付き合いしているのですか?」
樹里が笑顔全開で尋ねました。
「え?」
意外な事を訊かれ、ドキッとする亀島です。
(厚子さんと付き合っている?)
考えてみた事もありませんでしたが、よく思い出してみると、厚子も美人です。
ちょっと性格はあれですが。
「いやあ、そういう訳では……」
照れる亀島です。バカなのでしょうか?
その隙を突いて、はるなが非常ベルを鳴らしました。
「わわ!」
その音に驚いて狼狽える亀島です。
「どうしましたか?」
警備員さん達が駆けつけました。
「くそ!」
亀島は慌てて煙幕を張りますが、ベロトカゲ一味の得意技なのか、すぐに消えてしまい、逃げるところが丸見えです。
「待て、怪しい奴め!」
警備員さん達が亀島を追いかけて行きました。
「亀ちゃん……」
一度は共に仕事をした事があるはるなは、亀島の荒みように悲しくなりました。
「亀島さんは何をしに来たのでしょうか?」
樹里が言いました。
「わかりません」
はるなは首を傾げました。
(亀ちゃん、本当に私の事が好きなのかしら?)
疑問に思うはるなです。
そして、何とか警備員さんの追跡を逃れた亀島は、厚子の事務所があるビルに行きました。
「只今戻りました」
事務所に入ると、厚子がエプロン姿で出迎えてくれました。
「あら、早かったわね、亀ちゃん」
その笑顔にドキッとしてしまった亀島です。
「貴女が好きです。付き合ってください!」
いきなり告白してしまいました。
「はい、喜んで」
実は亀島から告白されるのを待っていた厚子でした。
(どうして私は亀ちゃんが好きなのかしら?)
考えてみると全然好きではない事に気づく厚子ですが、
「ま、いっか」
と言い、亀島と抱き合いました。
(ドロント、どうよ! 私の方が先に結婚するんだから!)
いつの間にか、婚約を飛び越えて結婚する事にしている厚子です。
そして、一週間後です。
「はあ?」
五反田駅前の杉下左京探偵事務所の向かいのビルにある水無月葵探偵事務所で、所長の水無月葵ことドロントは首を傾げました。
「亀ちゃんとあっちゃんが結婚? どういう事?」
ドロントは黒川真理沙ことヌートを見ます。
「さあ。六本木さんもですが、亀島さんもよくわからないです」
ヌートも首を傾げています。
「それにさ、最後に『参ったか?』って、どういう意味なのかしら?」
ドロントが招待状をヌートに見せて言います。
「全然わかりません」
ヌートは肩を竦めました。
そして、左京の事務所にも招待状が届いていました。
「亀島の奴、自棄を起こしたのかな?」
左京は招待状を机の上に放り出して言いました。
「そうなんですか」
今日は早上がりの樹里がソファで瑠里をあやしながら応じます。
「とにかく、式当日にベロトカゲと亀島君を逮捕するわ」
樹里の向かいに座った神戸蘭が言いました。
何故か蘭は酷く苛ついています。
「ありさはいきなり加藤君と付き合い始めるし、どうなってるのよ?」
自分だけ独り者なので僻んでいる蘭です。
「うるさわよ!」
蘭は地の文に八つ当たりしました。
「ありさとバ加藤の方はどうでもいいけど、亀島の方はまずいな。奴はドロントとも関わりがあった。しかも元特捜班班長だ。逮捕されたら、大問題になるぞ」
左京が真顔で言うので、地の文が驚きました。
「何だよ、それ!?」
すかさず地の文に突っ込む左京です。
「大変な事になったな」
そこへ噂のバカップルが登場です。
「バカップルじゃねえよ!」
宮部ありさと加藤真澄警部が突っ込みました。
「あんたがしつこくからかうから、ホントに付き合う事になっちゃったわよ!」
ありさが蘭に文句を言います。
「ああそうですか」
独り者の蘭はムッとして言いました。
「いちいち独り者って言うな!」
蘭はまた地の文に切れました。
「一番いいのは、式を阻止する事だ」
左京が言いました。
頷き合う一同です。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開です。
更に波乱の予感でした。
めでたし、めでたし。