樹里ちゃん、嫉妬の渦に巻き込まれる?
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
住み込みメイドの赤城はるなが、五反田氏の旧友の目黒七郎氏の子息である祐樹と付き合うことになりました。
そのため、はるなは朝から上機嫌です。
「行ってらっしゃいませ」
五反田氏を樹里と一緒に送り出すはるなです。
そのはるなを玄関の陰から五反田氏の娘の麻耶が睨んでいます。
(はるなさん、酷い! 私の祐樹お兄様と付き合うなんて!)
麻耶はやっぱり祐樹の事を本気で好きだったようです。
「麻耶……」
そんな麻耶を悲しそうに更に奥から見ている母親の澄子さんです。
思い悩んだせいで、澄子さんは喘息が始まってしまいました。
黒川真理沙ことヌートがいた時は、快方に向かっていたのですが、麻耶の事を案じるせいでまた始まってしまったようです。
「奥様、大丈夫ですか?」
澄子さんの様子に気づいた樹里が駆け寄ります。
麻耶も母の異変に気づき、驚いて駆け寄りました。
「お母さん、大丈夫?」
はるなも澄子さんに近づきましたが、
「はるなさんは向こうに行って!」
麻耶が大声で言いました。
はるなはもちろんの事、澄子さんも樹里も驚いて麻耶を見ました。
「はい、畏まりました」
はるなはそれでも冷静に対応し、お辞儀をして立ち去ります。
(やっぱり麻耶お嬢様は、私と祐樹さんの事、怒ってるんだ)
元々勘の鋭いはるなことキャビーですから、麻耶の気持ちに気づいています。
(どうしたらいいんだろう?)
はるなはキッチンに行き、洗い物をしながら考え込んでしまいました。
(麻耶お嬢様の事を考えて祐樹さんとのお付き合いをなかった事にするのが一番かしら……)
そう思うと涙が零れるはるなです。
「はるなさん」
そこへ樹里が来ました。
「あ、樹里さん、奥様のお加減はいかがですか?」
はるなは慌てて涙を拭って尋ねます。樹里は微笑んで、
「大丈夫ですよ。先生も来てくださいます。それより、はるなさんこそ大丈夫ですか?」
「え?」
はるなはドキッとしました。
「麻耶お嬢様は、祐樹様の事をお好きのようです。ですから、私に……」
はるなはまた零れそうな涙を堪えて言いました。
「麻耶お嬢様には、奥様がお話しくださるそうです。はるなさんは何も心配しないでください」
樹里が言いました。
「はい」
はるなは涙を拭って答えました。
澄子さんは自分の部屋のベッドに横になっていました。
もう学校に行かなければならないはずの麻耶が入って来ます。
「どうしたの、麻耶? 遅刻してしまうわよ」
澄子さんは驚いて起き上がりました。麻耶は澄子さんに駆け寄り、
「学校なんて行かない。今日はお母さんのそばにいる」
と言うと泣き出しました。
「麻耶、そんな我が儘は許しません。それから、さっきの事、赤城さんに謝るのよ」
澄子さんは麻耶の頭を撫でました。すると麻耶は、
「だって、祐樹お兄様は……」
「麻耶」
澄子さんは厳しい目で麻耶を見ます。
麻耶はドキッとしました。
「祐樹さんは大人の男性なの。そして、赤城さんも大人の女性なの。大人同士がお互いにお付き合いしましょうと決めた事なのですから、その事で赤城さんに当たるのは間違いよ」
澄子さんは諭すように麻耶に話します。
「貴女ももっと大きくなったら、素敵な男性に巡り会うわ。お父さんのようなね」
澄子さんが言いました。すると麻耶は泣き笑いして、
「お母さん、惚気てる……」
「そうね」
二人はギュッと互いを抱きしめました。
夜です。
今日は居酒屋が休みなので、樹里はしばらくぶりに夫である杉下左京の探偵事務所に立ち寄りました。
するとそこには何故か宮部ありさと水無月葵ことドロント、そして警視庁ドロント特捜班の平井拓司警部補がいました。
「いらっしゃいませ」
樹里は笑顔全開で言いました。
「お邪魔しています」
平井警部補が言います。
「初めまして、水無月葵です」
ドロントが言います。
「初めまして、ドロントさん」
奇妙な挨拶を樹里に返され、ギョッとするドロントです。
「な、何言ってるんですか。私は水無月葵ですよ」
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「樹里、助けてくれ」
左京が泣きそうな顔で樹里にすがりつきます。
「どうしたのですか?」
樹里は笑顔全開で尋ねました。左京は平井警部補を見て、
「水無月さんと結婚するから、証人になってくれって言って来たんだよ」
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じます。
「そしたら、ありさもやって来て、私が結婚するんだって言いがかりをつけてさ……」
左京の言葉にありさがムッとします。
「言いがかりじゃないわよ! 私の方がずっと前から平井君を狙ってたのよ!」
それを世間一般では言いがかりと言います。
「うるさいわね!」
ありさは地の文に切れました。
「という事で、私と平井さんは結婚する事になりましたので、よろしくお願いします」
ドロントは平井警部補と腕を組みます。
「何よ、先輩探偵を立てなさいよ!」
言いがかりの女王が更に言いがかりをつけます。
「宮部さん、僕の事は諦めてください」
平井警部補が会心の流し目で言います。
「はい」
つい承諾してしまうありさです。
「一件落着ね。じゃあ」
ドロントは平井警部補と事務所を出て行こうとします。
「杉下さん、証人の件、お願いしますね」
「はあ……」
平井警部補がドアを開けようとした時でした。
「ふざけるな、この泥棒女!」
鬼の形相の神戸蘭警部の登場です。
(修羅場だ……)
左京は樹里を伴ってこっそり逃げ出そうとします。
「どこに行くのですか、左京さん?」
樹里が笑顔全開で尋ねます。
全身から嫌な汗が出る左京です。
「何逃げようとしてるのよ、左京!」
蘭が左京の襟首を捩じ上げました。
「ひいい!」
その時です。
眠っていた瑠里が大声で泣き出しました。
「あーあ、蘭のせいよ。大きな声出すから」
ここぞとばかりに責め立てるありさです。
「え、その、えーと……」
さすがの蘭も、泣く子と地頭には勝てません。
「ご、ごめんなさい!」
蘭は逃げるように事務所を出て行きます。
「私達も帰りますね」
ドロントと平井警部補が出て行きました。
「ああ、待ちなさいよ、話は終わっていないわよ!」
平井警部補の流し目マジックが解けたありさが追いかけて行きました。
「何なんだ、あいつら……」
左京は呆れました。そしてふと樹里を見ると、瑠里に授乳中です。
「おお!」
樹里の授乳は神々しいと思う左京です。
(この姿を見て欲情するなんて人間のクズだ)
そう思いましたが、無意識のうちに鼻血を垂らしていました。
「左京さん、拭いてください」
樹里が笑顔でティッシュを渡します。
「あ、ああ」
左京はそのせいで真っ赤になり、また鼻血を噴きました。
止め処ないバカです。
めでたし、めでたし。