樹里ちゃん、ドロントに別れを告げられる
御徒町樹里は、日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
出産予定日まで一週間を切った樹里を心配して、五反田氏の奥さんの澄子さんが声をかけました。
「樹里さん、無理しないでね。辛かったら、いつでも休んでいいのよ」
「ありがとうございます、奥様」
樹里は笑顔全開で言いました。
その頃、五反田氏の娘の家庭教師である有栖川倫子こと怪盗ドロントの部屋に、女医の黒川真里沙ことヌート、見習いメイドの赤城はるなことキャビーが集まっていました。
「警察の目が厳しくなっているわ。ここの警備員が頻繁に連絡を取り合っているみたい」
ドロントは椅子に座って言いました。
「どうするのですか、首領?」
ヌートは壁に寄りかかって尋ねます。
「潮時かもね。麻耶ちゃんも随分レベルアップしたし、小学校が始まったから、顔を合わせる時間も減ったし」
ドロントは机の上にある麻耶のテストの成績表を見て答えました。
「でも、樹里ちゃんが出産すると、しばらく仕事ができませんよ。私、ここから離れるの、できないです」
キャビーがベッドに腰を下ろして口を尖らせて言います。ドロントはキャビーを見て、
「あんたね、そんな事言ってたら、私達捕まるかも知れないのよ?」
「それはそうなんですけどお」
キャビーは納得がいかないようです。
「いずれにしても、同時に辞めるのも妙な話ですから、まずは首領が辞めて、それから少し時間を置いて私が辞める。そして最後にキャビーが辞めれば、樹里さんの復帰する頃になるのではないですか?」
一味の知性派であるヌートが提案しました。
「澄子さんの容態はどうなの、ヌート? もう大丈夫なの?」
ドロントはヌートを見上げて尋ねます。
「澄子さんはもう大丈夫でしょう。ここを辞める時は、知り合いの名医に紹介状を書くつもりです。良くしていただいたお礼として、それくらいはさせてください」
ヌートは真剣な表情でドロントに言いました。ドロントは苦笑いして、
「それくらいかまわないわよ、ヌート。私も、麻耶ちゃんには何かあげるつもりよ」
するとキャビーが、
「お二人共、辞めるの確定ですか? 私は嫌です。ここでずっと働きたいです」
と意を決して言いました。
「かまわないわよ、キャビー」
ドロントがあっさり言ったので、キャビーは唖然としました。
「あんたはまだ若いんだから、人生をやり直した方がいいわ。だから、そのままメイドとして上を目指しなさい」
ドロントの優しい眼差しにウルッと来るキャビーです。
「首領!」
彼女は思わずドロントに抱きつきます。
それを見て涙ぐむヌートです。
「もう、ガキなんだから」
キャビーの頭を撫でながら、ドロントも目を潤ませていました。
樹里はランドリールームで洗濯をしていました。
「すみません、樹里さん、休憩時間をオーバーしてしまって」
はるなに戻ったキャビーが慌てて駆け込んで来ました。
「そうなんですか」
樹里は別に全然気にしていないようです。
「あら?」
樹里がはるなの顔を見て言いました。ドキッとするはるなです。
(泣いたのがばれた?)
すると樹里は、
「はるなさん、太りましたか?」
と途方もない危険球を投げて来ました。
「いえ、太ってません。むしろ痩せました」
はるなは引きつり笑いをして応じました。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開です。
やがて、樹里の終業時間になりました。樹里がメイド服から私服に着替え、玄関から出て行こうとすると、倫子に戻ったドロントが現れました。
「お疲れ様でした、ドロントさん」
倫子は取り敢えず微笑んで、
「お疲れ様、樹里さん。私は有栖川倫子ですよ」
と返します。そして、
「ちょっといいですか?」
「私は仏教徒ですから」
樹里が突然そう言ったので、倫子は何のボケか考えました。
「誰が宗教の勧誘だ!」
一応突っ込む倫子です。
倫子は、玄関のロビーの端まで樹里を連れて行き、話をしました。
「樹里さんは気づいているみたいだけど、私は怪盗ドロントなの」
「そうなんですか」
樹里は相変わらず笑顔全開です。倫子は項垂れかけましたが、
「だから、そろそろここからおさらばしようと思うの」
「そうなんですか」
反応が一緒の樹里に、挫けそうになる倫子です。
「旦那様には私から申し出ますから、それまでこの事は黙っていてください」
倫子は真剣な表情で樹里を見ました。
「わかりました」
樹里は真顔になって応じます。
「では、お疲れ様、樹里さん」
倫子は樹里から離れ、奥に歩いて行きました。
「お疲れ様です、有栖川さん」
樹里は初めてその名で言いました。ずっこける倫子です。
それを窓の外から見ている者がいました。
ベロトカゲこと、アホのあっちゃんです。
「違います!」
あっちゃんが地の文に切れました。
「私は六本木厚子よ! 間違えないで頂戴!」
あっちゃんは何故か泥棒スタイルです。でも牛乳瓶の底のような眼鏡はそのままです。
「いい事聞いちゃった。この事を週刊誌に売り込めば、私は大金持ちよ」
あっちゃんは早速売り込みをしようと思い、五反田邸を出ました。
「そこまでだ、間抜けな怪盗ベロトカゲめ!」
いきなりサーチライトで照らされ、動揺するあっちゃんです。
ライトの向こうには、警視庁ドロント特捜班の平井拓司警部補が立っていました。
「ああ、イケメン!」
イケメンが三度のカレーより大好物なあっちゃんは、あっさり捕まってしまいます。
「貴方が私を取り調べるの?」
うっとりした目で尋ねるあっちゃんです。
「そうだ。全部話してもらうぞ」
平井警部補は手錠をかけながら言いました。
「痛くしないでね」
あっちゃんのその言葉に唖然とする平井警部補です。
めでたし、めでたし。




