樹里ちゃん、推理作家に書き下ろしの小説を贈られる
御徒町樹里は、日本有数の大富豪で、世界進出も果たした五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
但し、現在は、その仕事の大半を見習いメイドの赤城はるなが受け持っています。
「樹里さんがいつ産休に入っても大丈夫ですよ」
庭掃除を完了して、玄関に戻って来たはるなが言いました。
「そうなんですか」
何故かコケそうになるはるなです。
(何だ、いつもの『キャ』攻撃はないのか)
ホッとするはるなです。
「もう私がいなくても大丈夫ですね、キャビーさん」
樹里はいきなりのフェイント攻撃です。
「そんな事はないです、樹里さん。でも、私ははるなですから!」
謙遜しながら否定するという難しいテクニックです。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開です。はるなは、その時ギクッとします。
「もう私がいなくてもって、嫌ですよ、樹里さん。産休が終わったら、戻って来てくださいね」
何故か、ウルウル来てしまうはるなです。
最終回が近いと思ったのでしょうか?
「はるなさんも、もうどこでも一人でメイドの仕事をできますよね」
樹里は更に笑顔全開で言います。
(私がいなくなるのが前提なの、樹里ちゃん……)
違う意味で泣きそうになるはるなです。
その時、玄関のドアフォンが鳴りました。
「大村様がお着きのようですね」
樹里は腕時計を見て言いました。シリーズで初めて、樹里が腕時計をしている事がわかりました。
「いらっしゃいませ」
樹里は玄関の扉を開いてお辞儀をします。
「あら、樹里さん。相変わらず、タイミングがいいわね」
樹里の言った通り、そこにはあの上から目線推理作家の大村美紗がいました。今日は娘のもみじも一緒です。美紗は大きめのハンドバッグを持っています。
「いらっしゃいませ、もみじ様」
樹里はもみじにもお辞儀をしました。
「お邪魔します、樹里さん」
もみじは苦笑いして応じました。
「お二人を応接間にご案内してください、キャビーさん」
「はい、樹里さん」
ついうっかり返事をしてしまったはるなですが、樹里はもういません。
お茶の用意をしに行ったようです。
「どうぞこちらへ」
はるなは引きつり笑いをして、美紗ともみじを応接間に通しました。
「貴女、新人ね? お名前は?」
美紗が上から目線で尋ねます。するともみじが、
「さっき、樹里さんが言ってたでしょ、キャビーさんよ」
「変わった名前ね」
美紗は上から目線で言います。はるなはもっと引きつって笑い、
「違います、赤城はるなです」
と訂正しました。
「はるな愛?」
美紗が尋ねます。
「違います」
はるなは全力で否定しました。
「似たようなものでしょ」
上から目線の美紗には、はるなの名前などどうでもいいようです。
はるなは二人を応接間に通すと、逃げるように去りました。
「失礼な子ね、全く」
美紗はソファに座りながら上から目線で怒ります。
「お母様が名前を間違えるから悪いのよ。キャビーさんに失礼よ」
そういうもみじも間違えています。
「メイドの名前なんて、覚えても仕方ないでしょう」
自分で訊いておいて、そんな言い草の美紗です。どうしようもないババアです。
「何かしら? 今、悪口を言われた気がするわ」
美紗は天井を見渡して呟きました。
「そんなはずないわよ、お母様」
もみじが呆れて言います。
「お待たせ致しました」
樹里が紅茶セットをトレイに載せて入って来ました。
「まあ、いい香り」
もみじが言います。すると美紗が、
「今日はダージリンね。私の一番好きな紅茶よ」
と上から目線で言いました。樹里は笑顔全開で、
「本日は中国のキーマンです」
と答えました。美紗はムッとして、
「知ってたわよ。わざと間違えたのよ」
負け惜しみの女王です。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開ですが、もみじは呆れています。
しばらくの間、ティブレイクです。
「そうそう、忘れるところだったわ」
美紗はハンドバッグの中から単行本を取り出しました。
「新作ができたので、持って来てあげたのよ。お読みなさい」
美紗は上から目線全開で本を樹里に差し出します。
「ありがとうございます」
樹里はそれを受け取りました。
「残念な事にね、その小説の犯人は登場人物一覧を見てもわからないわよ」
美紗は勝ち誇ったように言いました。すると樹里は、
「犯人は、久本真沙美さんですね、美紗様」
と言いました。途端に顔色が悪くなる美紗です。
(おかしい。おかしいわ。この本はあのなぎさも見ていないもの。どうしてわかったの?)
美紗は動揺しながらも、冷静なフリをして、
「どうしてそう思いますの、樹里さん?」
と尋ねました。もみじも興味津々の顔で樹里を見ます。
「美紗様は、犯人の名前を有名人と同じ名前にするからです」
樹里の答えにまた蒼ざめる美紗です。それにしても、間抜け過ぎる名前の設定です。
(何ですって!? そんな致命的なミスをしていましたの、私は?)
美紗の顔色の悪さにもみじが驚き、
「大丈夫、お母様?」
美紗は引きつった笑顔で、
「そ、そうなの。なるほどね」
と堪えていましたが、
「それもなぎささんに教えていただきました」
と樹里が言ったので、
「きいいい!」
と雄叫びを上げてソファに倒れ込みました。
(どうしてなぎさは私の邪魔ばかりするのよーーーー!?)
心の中で絶叫する美紗です。
めでたし、めでたし。