樹里ちゃん、久しぶりにドロントと対決する?
御徒町樹里は世界的な大富豪になりつつある五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
五反田邸には、樹里の他に家庭教師の有栖川倫子、住み込みの医師の黒川真理沙、見習いメイドの赤城はるながいます。
警備員さん達は、倫子達が世界的大泥棒のドロント一味ではないかと疑っていますが、樹里はそうは思っていないようです。
「おはようございます、樹里さん」
倫子が五反田氏の一人娘の麻耶と庭を散歩していて、掃除をしている樹里に挨拶します。
「おはよう、樹里さん」
麻耶も笑顔で挨拶します。
「おはようございます、ドロントさん、お嬢様」
樹里が笑顔全開で挨拶をすると、
「樹里さん!」
倫子が仰天して樹里に近づき、引き摺るようにして麻耶から離れます。
「樹里さん、私はドロントではありません。有栖川倫子です。覚えてくださいよ」
倫子は必死の形相で懇願しました。
「そうなんですか」
樹里はそれでも笑顔全開です。
「どうしたんですか、有栖川先生?」
麻耶がキョトンとして言います。
「ああ、何でもありません。では、お部屋に戻ってお勉強しましょう」
「はい」
倫子は汗を拭きながら、麻耶を伴って去りました。
「樹里さん、お庭の掃除なら私がします。無理しないでくださいね」
見習いメイドの赤城はるなが来ました。
「ありがとうございます、キャビーさん」
樹里がそう言うと、はるなはスッテンと転びました。
「樹里さん、私は赤城はるなです! キャビーなんていうヘンテコな名前じゃありません!」
はるなはビュンと跳ね起きて言いました。
「そうなんですか」
それでも樹里は笑顔全開です。
「お庭の掃除は終わりましたので、お部屋の掃除をしてください、キャ……」
「はるなです!」
樹里の言葉を遮るようにはるなが言いました。肩で息をしていて、酷く疲れているようです。
「そうなんですか」
樹里ははるなを連れて、邸の中に戻ります。
「外は暑いですから、私がやります。樹里さんは指示するだけで、仕事はセーブしてください」
はるなが言いました。すると樹里は、
「ありがとうございます、キャ……」
「はるなです!」
はるなは涙ぐんで樹里に言います。樹里はそれでも更に笑顔全開で、
「そうなんですか」
と言いました。項垂れるはるなです。
「あら?」
樹里は廊下に白い封筒が落ちているのに気づきます。
「げ」
思わず声が出るはるなです。
(それ、首領が書いた予告状だ。こんなところに落として!)
「ドロントさんからのようですよ、キャ……」
「だから私ははるなです!」
はるなは泣きそうです。
樹里からの連絡で、夫の杉下左京と姉の竹之内璃里がやって来ました。
左京と璃里は玄関のロビーで樹里から予告状を受け取りました。
ドロントの予告状の内容は、
「明日午後十一時に東京ス○イツリーの最上階から完成記念の碑をいただきます」
と書かれていました。
「意味がわからん。そんなものを盗んでどうするつもりだ?」
左京は腕組みして首を傾げます。すると璃里が、
「きっと、ネットオークションで売るつもりでしょう。マニアなら高値で買うでしょうから」
「でも、そんな事をしたらすぐに足がつきますよ」
左京が珍しく鋭い突っ込みです。
「ドロントほどの大物なら、その辺も考えているでしょうね」
璃里はあっさりと左京の突っ込みをいなしました。
「なるほど」
グウタラ所員の宮部ありさが言ったのなら激怒している左京ですが、いろいろとお世話になったり、秘密を知られている璃里には何も言い返しません。ヘタレです。
「うるせえ!」
地の文に切れる左京です。
「遅くなりました」
そこへ警視庁ドロント特捜班の神戸蘭警部が来ました。もちろん、エリートイケメン新人の平井拓司警部補も一緒です。
「何であいつらが来たんですか?」
左京が小声で璃里に尋ねます。
「警備員さんが知らせたようです。それに」
璃里は左京をロビーの隅に連れて行きます。
左京は何故かドキドキしてしまいました。
「この邸にいる三人の女性が、ドロント一味の可能性があるんです」
「え?」
左京は思わず樹里の隣に立っているはるなを見そうになりますが、
「見てはいけません」
と璃里に顔を戻されました。またしてもドキッとする左京です。
「あれえ、樹里さん、お姉さんと旦那さんが怪しい事してますよお」
はるなが左京達の行動に気づいて樹里に言います。
「そうなんですか」
樹里はそう言われても全く動じる事なく、笑顔全開です。
そんな事を言われているとは夢にも思っていない左京は真顔です。
「だとすれば、ここで見張っていれば、ドロント達を捕まえられるという事ですね」
「そういう事です」
璃里は樹里と寸分違わぬ笑顔で言いました。またしてもドキドキしてしまう左京です。
(璃里さんて、樹里と違って色気があるんだよな)
どうしようもない事を考えているバカ夫です。
蘭達も警備員さんからの情報で、有栖川倫子達を疑っています。
「あの女が多分ドロントね」
蘭は麻耶と共に現れた倫子を見て呟きます。
「では、あの女医がヌートですか?」
麻耶の後ろに立つ黒川真理沙を見て、若干頬を赤くしながら平井警部補が呟きます。
「平井君、何だか嬉しそうね」
蘭は平井警部補のちょっとした変化も見逃しません。
「あ、いえ、その、えーと……」
平井警部補は、実は「女医もの」のHなビデオのマニアなのでした。
ですから、別に黒川真理沙に気がある訳ではありません。
(どうしよう?)
有栖川倫子こと、怪盗ドロントは焦っていました。
(まだ計画途中なのよ、ス○イツリーの仕事は。まさか御徒町樹里に拾われるなんて……)
「どうしたんですか、先生? 汗がすごいですよ」
心配そうに自分を見上げている麻耶に気づき、
「いえ、別に何でもないのよ。心配しないで、麻耶さん」
とドロントは言いました。
(この子を裏切る事になるのか……)
「首領、どうするのですか?」
真理沙が小声で尋ねます。
「計画は中止よ。しばらく大人しくしていましょう」
「わかりました」
真理沙はそのまま倫子から離れます。
「やっぱり怪しい」
蘭は倫子と真理沙の様子を目だけで見ていました。
そして、予告の日の夜、ドロント達は姿を現しませんでした。
「全く、何なのよ!」
ス○イツリー付近で張り込んでいた蘭はプリプリしています。
「無駄足でしたね」
平井警部補は、機嫌が悪い蘭がしがみついて離れないので、困っています。
(振り解いたら、怒られそうだしなあ)
途方に暮れる平井警部補です。
(帰ったら、女医もの観て気分転換だ)
結構スケベな平井警部補です。
左京と璃里は五反田邸の近くで、彼女達が動くのを待っていたのですが、三人は邸の中から出て来ませんでした。
「思った通りでしたね。彼女達は私達に気づかれたと思って、計画を中止したのでしょう」
帰りの車の助手席で璃里が言いました。
「かも知れませんね。それにしても、五反田氏は気づいていないのでしょうか?」
左京は璃里をチラッと見て言います。
「さあ。あの方がそれほど鈍感とは思えません」
「そうですね」
暗い車内で見る璃里にまたドキドキする左京です。
(樹里、すまん)
心の中で詫びましたが、不甲斐ない夫なのは変わりありません。