樹里ちゃん、またしても左京に浮気される?
御徒町樹里は日本有数の大富豪で、世界進出も目覚ましい五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
全然目立たなかったお腹も、少し食べ過ぎのりきて○くす先生くらいになって来ました。
「御徒町さん、だんだん大きくなって来ましたね、お腹」
邸の警備員さん達も樹里の赤ちゃんに会える日を楽しみにしているようです。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
「それより」
警備員さんの中の一人が小声で樹里に言います。
「何ですか?」
樹里はよく聞こえなかったので、ズイと警備員さんに顔を近づけました。
「おお!」
樹里の可愛い顔が間近に迫ったので、危うく鼻血を垂らしそうになる警備員さんです。
「あの家庭教師と医者とメイド見習い、やっぱりドロント一味ではないですか? この前の夜も、揃って出かけていましたよ」
「そうなんですか」
樹里は現在定時の六時になると帰宅しているので、夜の五反田邸の様子は知りません。
「あの人達は悪い人ではありませんよ」
樹里は何も根拠がないと思われるのにそう言い切りました。
「そうなんですか」
樹里のウルウル瞳とツヤツヤ唇についつい納得の警備員さんです。
その頃、樹里の不甲斐ない夫である杉下左京は、元同僚の加藤真澄警部の訪問を受けていました。
「頼む、杉下、もう一回だけ付き合ってくれ!」
左京の前で土下座している加藤警部です。
「あのなあ……」
しかし、左京は呆れ顔です。
「聞いてあげたら、左京。報酬ももらえるんでしょ?」
グウタラ所員の宮部ありさが無責任発言です。
「宮部もこう言ってくれてるんだ、頼むよ」
加藤警部は涙ぐんでいます。女子なら可愛いのですが、ムサいおっさんの涙目は気持ち悪いだけです。
「俺はもう、樹里に『キャバクラには一生行かない』って誓ったんだ。いくら頼まれてもダメだ」
左京は加藤警部に背を向けました。
「いや、キャバクラには行かなくていいんだ。その上、報酬は二十万円にするから」
思わず振り返る左京です。そして、
「今すぐよこせ。ウチには手癖の悪い奴がいるんだ」
とありさを見ます。ありさはソッポを向きました。
「わかった。頼みを聞いてくれるなら、今渡そう」
加藤警部はスーツの内ポケットから札束を出し、左京に渡します。
左京は念のため数を数えてから、
「で、どうすればいいんだ?」
加藤警部は立ち上がり、
「あかぎ恋ちゃんとデートして欲しいんだ」
「はあ?」
左京には意味がわかりません。
「新しいプレーなの?」
ありさが尋ねました。加藤警部はありさを見て、
「そうじゃない。左京とデートする事が、俺と恋ちゃんが付き合う第一条件なんだ」
「ええ!?」
左京とありさは思わずハモって驚きました。
(絶対騙されてるよ、こいつ)
左京とありさは加藤警部を哀れみました。
(しかし、それにしても酷い女だ。きっちり説教してやろう)
左京は加藤警部のためにも、あかぎ恋と話をしようと思いました。
そして、左京はその日アパートに帰ると、樹里に加藤警部の事を話しました。
「左京さんがその人とデートをするのですか?」
樹里が笑顔全開で尋ねます。
「あ、ああ」
左京は胸を抉られるようです。
(もしかして、樹里は本当は怒っているのではないだろうか?)
心配になった左京は樹里に尋ねます。
「仕事とは言え、他の女性とデートするのは心苦しい。樹里はいいのか、俺が他の女性とデートしても?」
「嫌です。でも、いいですよ」
樹里は笑顔全開で言いました。
「え?」
一瞬訳がわからなくなる左京です。
「お仕事なのですし、加藤さんのためなのですよね?」
樹里の言葉に左京は泣いてしまいます。
「すまない、樹里。金に目が眩んだ俺を許してくれ」
左京は樹里を抱きしめました。
「左京さん、苦しいです」
樹里が言いました。
「ああ、すまん。妊娠しているんだったな」
左京は慌てて樹里から離れました。
「あかぎ恋さんとなら、いいですよ。でも、ありささんとなら、許しません」
樹里が笑顔で妙な事を言ったので、左京は混乱しました。
(どういう意味だ? 恋さんより、ありさの方をライバル視してるって事?)
謎が深まる御徒町一族です。
そして、翌日。左京と恋は、東京フレンドランドでデートです。
(ああ。樹里との思い出の地が……)
何とも複雑な思いの左京です。
(しかし、今日はこの女を説教するんだ。今はその事に集中しよう)
それでも、胸の谷間がくっきりで、太腿ムチムチのミニスカート姿の恋を見て、
(お説教はデートが終わったらしよう)
と思ってしまうダメ左京です。
「お待たせえ、左京さん。恋、頑張ってお洒落しちゃった。テヘ」
小首を傾げる恋にドキッとする左京です。
二人は早速乗り物に乗ります。
ジェットコースター、メリーゴーランド、コーヒーカップ、観覧車。
いけないと思いながらも、楽しくなってしまう左京です。
寄りそう恋の胸が左京の腕に当たります。
「……」
鼻血を堪え、左京は次々にアトラクションを楽しみました。
「楽しかった、左京さん」
カフェテラスでコーヒーブレイクです。左京は、一緒に楽しんでいるうちに、恋の純真さに気づき、説教をするのを躊躇っていましたが、それではあまりに加藤警部が可哀想だと思い、切り出します。
「恋さん、話があるんだ」
「え? なになに?」
瞳をキラキラさせて左京を見つめる恋です。左京は言えなくなりそうでしたが、
「加藤を弄ぶのはやめてくれないか」
と思い切って言いました。
「え? どういう事?」
恋は笑顔で尋ねます。左京は恋を真っすぐ見て、
「加藤に気がないのなら、そう言ってやってくれ。そうでないと、あいつが可哀想だ」
すると、恋の顔から笑顔が消えます。
「さすが名探偵ね、左京さん」
恋は真顔で左京を見ました。
「私、加藤さんには全く興味がないの。あの人に私を諦めて欲しいから、こうしているの」
「え?」
ちょっと様子が想定と違って来た左京は、ギョッとしました。
「私の秘密、教えてあげる」
恋が立ち上がり、左京に近づきます。
「何?」
恋は左京に顔を近づけて、
「ほら、ここ」
と喉を見せました。
「ええ!?」
左京は髪の毛が全部白くなりそうなくらい驚きました。
恋には、立派な「喉仏」があったのです。
「……」
そして同時に、以前恋にキスされた事を思い出し、嫌な汗が出る左京です。
「私、男なの。お店にも内緒で働いてるの。だから、加藤さんの思いには応えられないの」
左京はあまりの衝撃に何も言えません。
「でも、加藤さんがあまりにいい人なので、どうしても言えない……。だから、左京さんに言って欲しいの。私の事を諦めなさいって」
恋は泣いていました。左京もウルウルして来ます。
「あいつ、この衝撃に堪えられるかな?」
左京はやっとそれだけ言いました。
「そうね。それも心配。でも、今のままの方が、ずっと良くないと思う」
恋は溢れる涙を拭いながら言いました。
「そうだな。わかった。俺に任せてくれ、恋ちゃん」
「ありがとう、左京さん」
恋は左京に抱きつきました。
男だと知っているのに、何だかドキドキしてしまう左京です。
(樹里は、恋ちゃんが男だって見抜いていたのか?)
左京は苦笑いしました。ますます侮れない御徒町一族です。
左京は恋と笑顔で別れ、その足で加藤警部が待つ焼き肉店に行きました。
「どうだった、杉下?」
加藤警部は緊張した面持ちで尋ねました。もう何皿も焼き肉を平らげたようです。
「恋ちゃん、大喜びだったよ」
左京は苦笑いして言います。加藤警部はホッとした表情で、
「そうか。良かった」
と呟きました。左京は居住まいを正し、加藤警部を見ます。
「どうした、杉下?」
加藤警部は真顔の左京を見てキョトンとします。
「落ち着いて聞いてくれ」
「どうしたんだよ?」
左京の様子が変なので、少し不安になる加藤警部です。
「実は、恋ちゃんは男なんだ。店にも内緒にして働いているそうだ」
「え?」
加藤警部は目を見開きます。
「だから、諦めてくれと言われた。お前の思いに応える事はできないって」
「嘘だ」
加藤警部は立ち上がります。
(殴られる?)
左京はギクッとしました。
「嘘だーッ!」
加藤警部はそのまま店を飛び出してしまいました。
「加藤!」
左京はびっくりして加藤警部を追いかけようとしました。
「全部で二万円になります」
行く手を阻んだ店の主人が、伝票を突きつけます。
「何ーッ!?」
左京は仰天しました。
そして、樹里に電話し、お金を持って来てもらうという悲惨な結末を迎えたのでした。
めでたし、めでたし。




