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樹里ちゃん、昆虫になる

「最近、キリギリスさんを見かけないが、どうしたのかな?」


「アリさんはよくテレビに出ていますよね」


「いやいや、そのお笑い芸人の話ではなくてね」


 私はアゲハ蝶のお蘭。この森一番の美しさを誇っている。


 今私の問いかけにおかしな答えをしたのは働きアリのジュリー。


 バカなのか天然なのか、それとも人を食った、あいや、虫を食った奴なのか?


 かなり謎めいている。


「キリギリスさん、冬も近いというのに毎日バイオリンを弾いて遊んでいたからさ。食事大丈夫なのかと思ってね」


 私は姿形はどこかの国の女医と一緒で派手で優雅だが、本当はとても心優しい性格なのだ。


 しかし、多くの仲間が誤解をしている。


 特にコメツキバッタのりったんは酷い。


 私を魔王にした紙芝居をして、一儲けしているのだとか。


 今度見かけたら肖像権侵害で損害賠償請求の訴訟を起こすと言ってやろう。


「そうなんですか」


 ジュリーは会話のほとんどを「そうなんですか」でやり過ごす。


 確かに便利な言葉かも知れない。


「で、ジュリーは知らないの、キリギリスさんの事は?」


「ヤギさんのことなら知っています」


 そのヤギさんがキリギリスさんなんだけど。もしかして私は、からかわれているのだろうか?


「そのヤギさんの事を聞きたいのよ。知ってるの?」


「はい」


「で、どうなの?」


「ヤギさんは毎日バイオリンを弾いていました」


「うんうん。それで?」


 私は少しイラついて来た。それは私が話したことでしょ!


「昨日はベートーベン、一昨日おとといはメンデルスゾーン、一昨昨日さきおとといは……」


「そんな話、聞いとらんわい!」


 私は遂に怒鳴ってしまった。でもジュリーはニコニコしたままで、


「そうなんですか」


 この女に尋ねた私がバカだった。


「もういいよ、他の誰かに聞くから」


「そうなんですか」


 まだ笑顔だ。考えてみると、この子の笑顔以外の表情を見た記憶がない。


「でも今日は聞いていないんです。どうしたのでしょう?」


「え?」


 私は飛び去りかけたが、着地し、ジュリーを見た。


「今日は見かけていないのね?」


「はい。バイオリンを弾くお時間なのですが」


 嫌な予感がした。あのヤロウはいけ好かない嫌味な奴だが、バイオリンの腕だけはこの森一番だ。


 そして何より、あいつが日課のバイオリンを忘れるはずがない。


 何かあったのかも知れない。そう考えるべきだ。


 私はジュリーを伴い、ヤギのところに行った。


「おーい、ヤギ。いるか?」

 

 私は奴の家の薄汚れた玄関のドアを力任せに叩いた。


 誰だ、今壊れるって言った奴は?


「ひーい」


 何だ? 妙な返事だな。


「いるのか?」


「ふーい」


「???」


 どうしたんだ? 私はジュリーに目配せして、ドアを開いた。


 鍵はかかっていなかった。

 

 そのオンボロなドアはギイイとヤギのバイオリンが壊れたかのような情けない音を立てて開いた。


「げっ」


 私は思わず目を逸らせた。目の前にはこの世の物とは思えない光景が展開されていた。


 ジュリーはどうしたことか、マジマジと見ている。


「ホーイ、ダメだよ、いきなりドア開いちゃ」


 ヤギはこちらに尻を向けた態勢で、持病の「痔」の治療中だった。


「ヤギさんはお尻に可愛いプチトマトを三つ着けてます」


 ジュリーの実況を私は笑いを堪えて聞いていた。

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