樹里ちゃん、今度こそ推理作家に感想を聞かれる
御徒町樹里は日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。
邸には、樹里の他に、家庭教師の有栖川倫子、住み込みの医師の黒川真理沙、見習いメイドの赤城はるながいます。
「おはようございます」
邸のロビーで、倫子が笑顔で樹里に挨拶します。
「おはようございます、ドロントさん」
樹里も笑顔全開で応じます。
「で、ですから、何度も申し上げていますとおり、私はドロントではありませんから」
汗まみれで全力否定の倫子です。
「そうなんですか」
樹里はそれでも笑顔全開です。倫子は汗を拭きながら、五反田氏の娘の麻耶の部屋に行きました。
麻耶の通うインターナショナルスクールは七月から夏休みで、麻耶は夏期講習を受けているのです。
でも、実は泥棒の家庭教師に勉強を教えてもらって大丈夫なのでしょうか?
「うるさいわね!」
地の文に切れる実は泥棒の家庭教師です。
「ううう!」
倫子はイライラしながら廊下を歩いて行きました。
「樹里さーん」
そこに見習いメイドのはるなが走って来ました。
「どうしたのですか、キャビーさん?」
樹里が笑顔で尋ねます。はるなはそのまますっ転び、素早く起き上がると、
「私はキャビーという名前ではありません! 赤城はるなです!」
と同じく全力否定です。
「そうなんですか」
樹里はそれにも関わらず、笑顔全開です。
「旦那様のお部屋のお掃除、終わりました。次は何を致しましょう?」
嫌な汗を拭いながら尋ねるはるなです。
「おかしいですね。旦那様のお部屋は鍵がかけられていたのですが?」
樹里が言いました。もっと嫌な汗が出るはるなです。
(しまったあ、つい悪い癖が出て、鍵を開けて入っちゃったあ!)
泥棒の習性が抜けないはるなです。
「では、次は奥様と麻耶様のお部屋をお掃除してください」
樹里は何事もなかったかのように話を進めました。
唖然とするはるなです。
「は、はい」
ようやく返事をし、はるなはその場を去りました。
(樹里ちゃんと話していると、寿命が縮んじゃう)
実は泥棒のはるなは思いました。
樹里は駆け去るはるなを見てから、玄関へと歩き出します。
その時、玄関の呼び鈴が鳴りました。
樹里は素早く扉に近づき、開きます。
「いらっしゃいませ、大村様」
樹里は深々とお辞儀をしました。
扉の向こうにいたのは、上から目線の推理作家、大村美紗でした。
「ご機嫌よう、樹里さん。どうして私だとわかりましたの?」
上から目線で尋ねる美紗です。でも、樹里は笑顔全開で、
「タイトルでわかりました」
と掟破りの答えを言いました。
「意味がわからないわ」
美紗はムッとしました。
「申し訳ありません」
樹里はまた深々と頭を下げました。そして、美紗を応接室に通します。
「樹里さん、私の差し上げた小説、読んでいただけました?」
ソファに座りながら、またしても上から目線で尋ねる美紗です。
「はい。大変ワクワクする小説でした。読み終わって、とても感動いたしました」
非常に優等生的な感想を述べる樹里です。
「そう。それは嬉しいわ。私も差し上げた甲斐がありました」
美紗は悪い魔女のような顔で微笑みました。
「何だか悪口を言われているような気がするわね」
美紗は天井を見渡して呟きます。そして、
「では、犯人はわかりましたか?」
と今度はバカにしたような目で言います。
(こんなボンヤリした娘に見破られるような犯人ではなくてよ)
美紗は更に悪い魔女のようにニヤリとします。
「はい、わかりました」
「え?」
ビクッとする美紗です。
(そんなバカな! 作家仲間にも、編集部の人間にも、犯人を見破った人はいなかったのに、こんな小娘にィ!?)
血圧が一気に上昇して、倒れそうになる美紗です。彼女は「社交辞令」を知らないようです。
「登場人物の一覧を見て、すぐにわかりました」
樹里が言います。美紗は呆れて、
「そんなはずないでしょ? 一覧を見てわかるだなんて……。嘘はいけないわ、樹里さん」
すると樹里は、美紗も知らなかった真実を言いました。
「大村様は、登場人物一覧の四番目の人を犯人にする傾向があります。ですから、わかりました」
「……」
全身から嫌な汗が噴き出す人PART3です。
(私、そんな癖があったの? 知らなかったわ)
ショックで美紗はソファの上に倒れてしまいました。
樹里はそれを見てすぐに部屋の隅にある電話に駆け寄り、黒川真理沙に連絡します。
「ヌートさん、大村美紗様が倒れられました。至急応接室に来てください」
真理沙が何か言っていましたが、樹里は通話を切ってしまいました。
「しっかりなさってください、大村様」
樹里は美紗のそばに跪き、声をかけました。
「ううう……」
美紗は意識を取り戻しました。
「大村様」
樹里がホッとして言います。すると美紗は、
「樹里さん、どうして私にそんな癖があると気づいたの?」
と尋ねました。樹里は微笑んで、
「なぎささんに教えてもらいました」
「な、なぎさ!?」
美紗の血圧が急上昇します。
「ひいい!」
美紗は白目を剥き、また気を失いました。
そこへ真理沙が到着しました。
「お願いします、ヌートさん」
樹里が言いました。
「私は黒川真理沙ですから」
真理沙はそう言ってから美紗を診察しました。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で言いました。
(なぎさに私の癖を見破られるなんて……)
美紗は気絶しながらも、その事を悔しがっていました。
めでたし、めでたし。