樹里ちゃん、殺人事件に巻き込まれる G県編(後編)
御徒町樹里は、日本有数の大富豪の五反田六郎氏の邸のメイドです。
今回、樹里は五反田氏と共にG県の家電量販店の買収の話に訪れました。
相手方の企業のトップである富田林氏の希望です。
富田林氏は、樹里が五反田氏の知恵袋だと妄想し、樹里を亡き者にしようと企んでいました。
ところが、その富田林氏が自宅の書斎で殺されてしまったのです。
人を呪わば穴二つでしょうか?
G県警が到着して、騒然とする殺人現場に颯爽と現れたのは、樹里の不甲斐ない夫の杉下左京でした。
「誰だね、あんたは?」
刑事が尋ねます。左京はフッと笑って、
「私は先日、軽井沢の密室殺人事件を解決した杉下左京です」
と言いましたが、刑事は、
「おお! その事件の担当だった田野倉君とは同期で、話は伺っています。いやあ、お会いできて光栄です」
と樹里と話をしています。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じていますが、左京は全力で項垂れます。
「私は、G県警捜査一課の赤城です」
刑事は敬礼して言いました。「あかぎ」と聞き、ビクッとする左京です。
五反田氏はすっかり驚いています。
「それは犯人を示すダイビングメッセージですよ、赤城さん」
左京が何とか会話に割り込もうとします。
「それを言うなら、ダイイングメッセージですよ」
呆れ顔で訂正する赤城刑事です。
「細かい事は気にしないでください」
左京はガハハと笑って言います。白い目で左京を見る捜査員一同と五反田氏です。
「左京さんは、犯人がわかったのですか?」
樹里だけが尊敬の眼差しで尋ねます。左京は樹里を見て漫才師のノン○タイルの気持ち悪い方も逃げ出すような笑みを浮かべ、
「もちろんさ、樹里」
今度は騒然とする捜査員一同です。
左京は赤城刑事が持っていた富田林氏のメモ帳を奪い取り、
「ここに書かれているのは、犯人の特徴です」
左京は次に富田林氏の関係者を見ます。
妻の富田林真実。
秘書の間一。
愛人と思われる三谷朋美。
「犯人はこの三人の中にいます」
左京はどこかのヘボ探偵のように断言しました。
「何ですって!? 私が主人を殺したとでも言うのですか!」
真実が涙を流しながら怒鳴ります。
「失礼な。私は社長を尊敬していました。その社長を殺すはずがないじゃないですか!」
間も怒りを露にします。
「冗談じゃないわ。トンちゃんは奥さんと離婚して、私と結婚してくれるはずだったのよ! そんな人を殺す訳がないでしょ!」
朋美は真実を睨みつけてから言いました。
「そんなはずないでしょう! 主人は私を愛していましたわ!」
真実が朋美に食って掛かります。
「まあまあ」
赤城刑事が迷惑そうに左京を見てから、二人を止めます。
「このメモの『鏡の国でも同じ顔』というのが、犯人に辿り着く手がかりなのです」
左京はドヤ顔で言いますが、赤城刑事は、
「どんな風にですか?」
と全く信用していない顔で訊きます。
「鏡は、顔を映すと左右が逆になります。そして!」
左京は鑑識課のイケメン課員からスケッチブックを奪い取り、それに何かを書きます。
「お三方の名前を書いてみれば、誰が犯人か、一目瞭然となるのです」
と一同に見せます。
「意味がわかりませんが?」
赤城刑事が言いました。左京は肩を竦めて、
「よく見てください。お三方の名前で、左右対称の名前があるでしょう。鏡に映しても同じに見える名前が!」
と言い放ちました。
「三人共、鏡に映しても同じように見えますが?」
イケメン鑑識課員が言いました。
「え?」
ギクッとする左京です。そして、改めて三人の名前を見ます。
そして、まるで四六の蝦蟇のように汗を垂らします。
(何て事だ! 三人とも、左右対称の名前だ!)
左京は焦りました。しかし、テンパってしまって何も思いつきません。
「犯人は貴方です、間さん」
突然笑顔全開で樹里が言いました。間はそれを聞いて笑い出します。
「はあ? 私が犯人ですって? どうしてですか?」
樹里は左京からメモ帳を受け取ると、
「このメモ帳は、富田林さんがいつも持っていたもののようです。そして、何か思いつくと書きとめていました。その証拠に、何枚も破り取った痕があります」
とリングに残るメモの切れ端を見せました。
「これは、ダイイングメッセージではありません。富田林さんが思いついて書いた言葉です」
樹里は相変わらず笑顔全開で言います。間は樹里をせせら笑い、
「だから、それがどうして私が犯人だという事になるんですか?」
樹里はメモを赤城刑事に返して、
「奥さんと朋美さんが犯人であれば、このメモの小細工をする事ができないからです。このメモは、常に富田林さんが持っている鞄に入っていたのですから。それができるのは、富田林さんといつも行動を共にしていた貴方だけです」
間は衝撃を受けました。
「ううう……」
彼はガックリと膝を着きました。
「すぐにこの男の所持品を調べろ」
赤城刑事が鑑識課員に指示しました。
イケメン課員達が一斉に動き出します。
「どうしてこんな事を?」
赤城刑事が間を立ち上がらせて尋ねます。
「そのメモに『朋美を秘書に』って書かれていたんだ。俺はお払い箱にされる予定だったんだよ!」
「それだけの事で社長を殺したのか!?」
赤城刑事が間を睨みつけます。
「違うわ、刑事さん。そいつは会社の金を横領してたのよ。それをトンちゃんが知って、クビにするつもりだったの。でも、そのメモはすぐに破り捨てたはずなのに」
朋美が間を睨むと、間は俯きました。
「社長は筆圧が強いから、下の紙に写ってたんだ。だからわかった」
「貴方……」
真実は床に泣き伏してしまいました。
殺された夫が裏切っていた事を知り、彼女は混乱しています。
「連行しろ」
赤城刑事が部下に指示します。間は項垂れたまま、刑事達に連れて行かれました。
真実と朋美も、事情聴取のために部屋を出て行きました。
「さすがですね、御徒町さん。名推理でした」
赤城刑事が賞賛します。五反田氏も、
「いやあ、大したものだ、御徒町さん。名探偵だね」
と絶賛です。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じました。
夫の左京は悲惨全開です。何しに来たのか、わかりません。
「それにしても、どうして間が犯人だとわかったのですか?」
赤城刑事が尋ねます。すると樹里は、
「どうしてでしょう?」
と言いました。唖然とする赤城刑事と五反田氏です。
まもなく、樹里達は富田林邸を去る事になりました。
するとそこにイケメン鑑識課員が来ます。
「樹里さん、サインください。ウチの妹が貴女の大ファンなんです」
「そうなんですか」
樹里は快くサインをしますが、左京は気が気ではありません。
(こいつ、亀島じゃないだろうな?)
亀島が五反田邸に現れたのを知ってから、左京は樹里の事が心配で堪らないのです。
「ありがとうございました、樹里さん」
イケメン課員は嬉しそうです。
「おーい、箕輪、早くしろーい」
ベテラン風の鑑識課員が呼びます。
「はい、宮川さん」
イケメン課員は樹里に会釈して立ち去りました。
そして、五反田氏は、左京の行動に対してお説教し、もっとしっかりするように言いました。
左京は地面に埋もれてしまいそうなくらい恐縮していました。
めでたし、めでたし。