樹里ちゃん、事件に巻き込まれる
俺の名前は杉下左京。警視庁特別捜査班の警部補だ。
何度も言っているが、俺はテレビドラマのモデルではない。
全く無関係だ。断言する。俺の方がずっとかっこいい。
あ、すまん、それは嘘だ。申し訳ない。
俺は休日の疲れが抜けないまま、出勤した。
「おはようございます、杉下さん。これを見て下さい」
特捜班室に入るなり、只一人の部下である亀島馨が書類を差し出した。
「何だ、朝っぱらから。コーヒーくらい飲ませろ……」
そこまで言ってから、俺はその書類に目が釘付けになった。
「な、何だ、これは?」
それはまさに殺人の瞬間を捉えた一コマだった。映像はかなり鮮明で、ガイシャの顔もホシの顔もよくわかる。ホシはメイド服を着ていた。
「殺人事件の容疑者の指名手配写真です」
亀島の声が暗い。それもそのはず。その容疑者に見覚えがあったからだ。
「氏名不詳のまま指名手配とは、随分とお粗末だな?」
俺は皮肉交じりにそう言った。
「犯行の一部始終が防犯カメラに映っていたのだそうです。しかも犯人はそれを承知だったようです」
「大胆不敵と言う奴か」
お察しの通り、写真の主は元メイドで元ウエイトレスで元キャバ嬢の「御徒町樹里」だった。
同じネタは使わないんじゃなかったのかよ?
俺は誰にともなく毒づきたかった。
「裏は取ったのか?」
「彼女はあのマンションにはいませんでした」
「そうか」
俺は何もかも吹っ切る事にした。
あいつは今までずっと俺達に対して嘘の自分を見せていたんだ。
これがあいつの本当の姿。あいつは殺人鬼だった。
そう思う事にした。
そうでなければ、俺は自分が崩壊してしまいそうだったのだ。
「行くぞ」
「行くってどこへですか?」
亀島の疑問は当然だ。しかし俺は、
「現場百回って言うだろ? 殺人事件の現場だよ」
と言い返し、特捜班室を飛び出した。亀島が慌てて追いかけて来た。
「今回は捜査の参加を認められていませんよ、杉下さん」
「そんなの関係ねえ」
俺は寒いギャグを言ったつもりはなかったが、亀島は俺をほんの一瞬だけ蔑むような目で見た。
俺達は処分覚悟で現場に出向いた。そこはあるビルの地下駐車場だ。
思った通り、そこには捜査一課の連中がいた。
「何だ、杉下? お前らに協力要請は出ていないはずだぞ?」
同期の加藤が早速絡んで来た。まるで脱獄囚みたいな顔の男だ。
「お前らに協力するつもりはねえよ、バ加藤さん」
「てめえ、俺の小学校時代のあだ名をよくも言いやがったな!」
「やめろ、加藤」
割って入ったのは一課の良心である峯岸さんだ。
「杉下、いるのは構わんが、邪魔をするなよ」
「はい」
俺は峯岸さんに敬礼してから加藤にあかんベーをし、
「おい、亀島、こっちだ」
と亀島と共に防犯カメラに近づいた。
「角度的に言って、これか?」
「そうですね。しかし、考えてみると、あの映り方、カメラアングルを考えたとしか思えませんね」
亀島のその一言がきっかけだった。
「それだ!」
俺の疑問は氷解した。犯行の一部始終がそれほど見事に映るには、犯人の意志だけでは不可能だ。
ということは?
「トリックだ。これは偽装だ。管理人室に行くぞ」
「はい」
俺は神の声が聞こえたかのごとく、走った。
謎は全て解けた。犯人は管理人だ。被害者をうまく丸め込み、御徒町樹里を使って殺人現場を偽装したのだ。
そして改めて自分で被害者を本当に殺し、推理ドラマの定番であるいわゆる「何食わぬ顔」で犯行を目撃したふりをする。
どうだ、俺の推理は?
ところが、管理人室に行くとすでに管理人は逃亡していた。
しまった、防犯カメラで見ていたのか!
俺はすぐに峯岸さんに俺の推理を連絡し、管理人の確保を頼んだ。
こうして地下駐車場殺人事件は無事解決した。
しかし俺達は刑事部長に呼び出され、こっ酷く叱責された。
峯岸さんが取り成してくれたおかげで始末書は免れたが。
「あのな」
俺は特捜班室に戻る道すがら、亀島に言った。
「何ですか?」
俺は苦笑いして、
「俺達の仕事に対する意欲の源が、彼女に支配されてる気がしないか?」
「彼女? ああ、御徒町さんですか?」
「ああ」
「何だ、杉下さんもやっぱり彼女に惚れているのですね?」
亀島が事件が解決した時より嬉しそうな顔をした。
「バ、バカ言うな! あんなド天然女、誰が惚れるか!」
と言いながら、顔が茹でダコのようになって行くのがわかる。
「わかりやすいですね、杉下さんは」
亀島はニヤリとした。お前にだけは言われたくないし、知られたくなかったのに!
何で俺ばかりこんな目に遭うんだ!?
俺が何したって言うんだよ!?