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樹里ちゃん、被疑者杉下左京を救う

 御徒町樹里は、日本有数の大富豪である五反田六郎氏の邸の専属メイドです。


 今日からしばらく、五反田一家はアメリカに旅行です。


 また企業買収の話があったので、長期出張になる六郎氏に、今回は奥さんの澄子さんと娘の麻耶さんもついて行くのです。


 麻耶さんは迷ったのですが、一緒に行く事になりました。


「一ヵ月後には戻れると思う。留守を頼んだよ、御徒町さん」


 五反田氏は言いました。


「はい、旦那様。お気をつけて」


 樹里は深々とお辞儀をしました。


 そして、いつも通りの仕事を始めます。


 只違うのは、五反田氏達の食事の支度が要らない事と、お風呂の準備が必要ない事、ベッドメイキングも不要な事です。


 でも、真面目な樹里は、三人の寝室を毎日掃除します。




 これほど樹里が頑張って働いている頃、夫の杉下左京は、外をブラブラと歩いていました。


「どこかに仕事、落っこちていねえかなあ」


 などどバカな事を呟いています。


「うう……」


 ある路地を歩いていると、脇道から男のうめき声が聞こえました。


「何だ?」


 何となく事件の臭いを嗅ぎ取った左京は、声のする脇道に入りました。


 そこは袋小路です。突き当たりには有刺鉄線が張られていて、大仁田さんが喜びそうです。


「わわ!」


 路上に中年男性が倒れています。しかも、胸にサバイバルナイフを突き立てられて。


「死んでる」


 左京は首筋に手を当てて脈がないのを確認しました。


「きゃああ!」


 左京が死体を見ているのを通りかかったオバさんに見られました。


 思い切り勘違いされたようです。


「ひ、人殺しーッ!」


 オバさんは雄叫びを上げ、逃げ出します。


「あ、いや、違う、おい!」


 左京は慌ててオバさんを追いかけますが、間の悪い事にオバさんはおまわりさんと話していました。


「ちょっと、君、話を聞かせてもらおうか」


 完全に犯人を見る目のおまわりさんです。


「ち」


 左京は、話せばわかると思い、おまわりさんと現場に戻りました。


 


 樹里は部屋の掃除を終え、庭掃除のために外に出て来ました。


 するとそこへ警視庁のパトカーが入って来ます。


「樹里!」


 蘭と姉の璃里が降りて来ました。


「蘭さん、璃里お姉さん。どうしたのですか?」


 璃里は呼吸を整えながら、


「落ち着いて聞いてね。左京さんが、殺人容疑で逮捕されたの」


「そうなんですか」

 

 樹里は笑顔全開です。


「いや、笑ってる場合じゃないわよ、樹里」


 蘭が呆れて言います。すると樹里は、


「左京さんが犯人の訳がないですよ。大丈夫です」


「……」


 蘭と璃里は顔を見合わせました。


 


 そして。ここはある喫茶店の一角。


 悪そうな男二人が、顔を寄せて話しています。


 二人は決してそういう関係ではありません。


「杉下左京は、見事に我々の仕掛けた罠に嵌りました」


 二人のうち、痩せこけた男が言います。


「そうか。これでようやく恨みが晴らせる」


 もう一人の太った男がニヤリとしました。


「いらっしゃいませ」


 ウェイトレスが水を持って来ます。


「呼ぶまで来なくていい」


 太った男が言います。


「はい」


 ウェイトレスは水だけ置いて立ち去ります。


「まさか、あのババアも制服警官も、奴を拘束した刑事達も全員、我らの同志とは思うまい」


「そうですね。これで奴もおしまいですよ」


 二人は不気味な顔で笑いました。




「いつまで頑張れるか、見ものだな」


 刑事が言います。左京は留置場に入れられました。


 長時間の取調べで、ヘトヘトになっているようです。


「明日は全部吐いてもらうぞ」


 刑事は捨て台詞のように言い、留置場を出て行きました。


「くそ」


 左京は壁に寄りかかり、床を弱々しく叩きました。


(何がどうなってるんだよ?)


 左京は混乱していました。


 


 蘭と璃里は、樹里が心配なので、樹里を気遣って夜になっても五反田邸に残っています。


 しかし、樹里自身はいつものように仕事をこなしています。


「左京の事が心配じゃないの、樹里?」


 蘭が呟きました。すると璃里が、


「心配でない訳がありません。あの子はいつもそうなんです。何か悩みがあったり、不安な事があると、掃除をしたり、洗濯をしたりして……」


 璃里は涙ぐんでいます。蘭はその言葉にハッとしました。


「ごめんなさい、私、その……」


 バツが悪くなり、蘭は口篭ります。璃里は微笑んで、


「いいんですよ。それに大丈夫。左京さんが犯人の訳がありませんから」


「ええ」


 蘭はそれでも不安でした。


 彼女は、以前執念で逮捕した警視庁の元刑事部長が刑務所を脱獄したと聞いたのです。


(もし、奴の一派が絡んでいるとすると、左京はそう簡単には出られないわ)




 樹里はもう終えたはずのトイレの掃除をまたしています。


 彼女は決して「トイレの神様」を信仰している訳ではありません。


 動揺しているようです。


「あら?」


 トイレの便座のフタの上に、USBメモリーが置かれています。


「何でしょうか?」


 樹里は不思議に思いながら、それを手に取りました。


 


 そして、ここは左京が留置されている所轄署の署長室です。


 署長とソファで歓談しているのは、あの元刑事部長でした。


 この二人が、喫茶店で密談していたのです。


「今頃あの阿呆は泣きべそ掻いているでしょう」


 署長が愉快そうに言います。


「そうだな。我らに逆らうとどうなるか、これでよくわかったはずだ」


 その時、ドアがノックされます。


 元刑事部長は慌てて別室に隠れます。


「どうぞ」


 署長は自分の席に戻りました。


 入って来たのは、蘭と樹里と璃里です。


「何だ、君達は?」


 署長が憤然として言います。


「ドロント特捜班の神戸蘭警部です」


「ドロント特捜班? 何しに来た?」


 署長は訳がわからず、尋ねます。蘭はUSBメモリーを見せ、


「これにとんでもないものが入っています。ご覧になりますか?」


「見る必要などない。出て行きたまえ!」


 署長は怒鳴りました。


「駅前の喫茶店の一番奥の席で話している男二人の映像です。それでも見ないと?」


 蘭が挑発します。署長はギョッとしました。


「ならばここで死んでもらおう」


 別室から銃を構えた元刑事部長が出て来ました。


「く……」


 樹里達は絶体絶命です。


「そのUSBメモリーを渡せ」


 元刑事部長は言いました。


 その時です。


「どうしようもない連中ね、全く」


 どこからともなく、女性の声が聞こえます。


「誰?」


 蘭が辺りを見回します。


 すると、天井の一部がパカッと開き、ストンと例の喫茶店のウェイトレスが降りて来ました。


「お、お前は!?」


 署長と元刑事部長が同時に叫びます。


「あんたらのようなクズは、永久に塀の向こうに落ちてなさい」


 ウェイトレスはバッと服を脱ぎます。


 その正体はドロントでした。


「ああ!」


 今度は蘭と璃里が驚きます。樹里は笑顔全開です。


「はあ!」


 ドロントは呆然としている元刑事部長の銃を蹴り上げます。


「今よ!」


 蘭と璃里が走り、刑事部長と署長を取り押さえました。


「いい加減、観念しなさいよ、オジさん!」


 蘭は元刑事部長の右腕をねじ上げて言いました。


「あ!」


 ハッとしてドロントを見ると、もういません。


「さようなら」


 樹里は廊下まで出てドロントを見送っています。


 蘭は項垂れました。


「ドロントに借りができましたね」


 署長を縛りながら、璃里が言いました。


「ええ。忌ま忌ましいわ」


 蘭はそう言いながらも、嬉しそうです。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開です。


 


 そして、左京は留置場で、


「ひもじいよお」


と泣きべそを掻いていました。


 


 めでたし、めでたし。

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