樹里ちゃん、ようやく推理作家と話をする
御徒町樹里は大富豪である五反田六郎氏の邸のメイドです。
最近、居酒屋は母親の由里がメインで働いています。
由里は店長といい雰囲気で、もしかすると再婚するかも知れません。
「妹達も店長さんに懐いていて、私は賛成です」
樹里は左京にそう言いましたが、左京は、
(店長の奴、ロリコン疑惑があると聞いたからな。気をつけないと)
と思っています。それは当たっているかも知れません。
「お料理の腕は、お母さんの方がずっと上なんですよ」
樹里は笑顔全開で母親自慢をします。
「そうなのか?」
左京は信じられないという顔です。
「では、行って参ります」
樹里は五反田邸に出かけました。
樹里の身体を気遣ってくれた五反田氏が、夜は家に帰るように言ってくれたのです。
「私は大丈夫ですよ」
始めはそう答えていた樹里でしたが、
「いや、ご主人が可哀想だよ。毎日帰って、安心させてあげなさい」
と五反田氏に諭されました。
「そうなんですか」
樹里は納得して、今は泊り込みはしていません。
左京はその話を聞き、陰で一人で泣きました。
(五反田さん、今まで『強欲で金の亡者』とか悪口言ってすみません)
左京は心の中で五反田氏に詫びました。
樹里が五反田邸の前に着くと、門の前で女性が待っていました。
親友である船越なぎさの叔母の、大村美紗です。今日は娘のもみじはいません。
「待っていたわ、樹里さん。今日はあの煩わしい姪に会わずにすみそうね」
美紗は上から目線で言いました。
「そうなんですか」
でも樹里は全然気にしないため、笑顔です。
「もみじさんはご一緒でないのですか?」
「もみじはなぎさを連れて、原宿で買い物しているわ」
美紗は悪い魔女のような顔で言います。
「そうなんですか」
樹里はそれでも笑顔で応じました。
そして、樹里は美紗を伴い、邸に入りました。
五反田氏と妻の澄子さんは仕事で出かけていますが、娘の麻耶さんは学校が休みなので部屋にいました。
「お久しぶりね、麻耶さん」
応接間で対面した美紗が言いました。相変わらず、笑顔が上から目線です。
「おはようございます、美紗おば様」
麻耶さんは笑顔で応じました。でも、ちょっとだけ怖がっているようです。
「どうぞ」
樹里が美紗に紅茶を出します。
「あら、いい香り。アッサムね?」
美紗が早速カップを手に取って言います。
「いえ、ダージリンです」
樹里は悪気なく言ってしまいます。
途端に美紗の機嫌が悪くなります。
「樹里さん、私が間違っているとおっしゃりたいの?」
「いえ、そのようなつもりはございません」
樹里は深々と頭を下げました。麻耶さんはすっかり怯えて、樹里の後ろに隠れてしまいます。
「まあ、いいわ」
美紗は麻耶さんが怖がっているのに気づき、話を打ち切ります。
五反田氏に悪い印象を与えたくないという、とても姑息な思いからです。
実は美紗はとても腹黒いと言われています。
「誰かが悪口言ってない?」
二度くしゃみをした美紗が言いました。
「そうなんですか?」
樹里は麻耶さんと顔を見合わせてから言いました。
そして、美紗は樹里からメイドの話をいろいろと聞き、取材は終わりました。
「ありがとう、樹里さん。新作を書き終えたら、貴女に贈るわね」
美紗は上機嫌で言いました。
「ありがとうございます、美紗様」
樹里はまた深々と頭を下げました。
「ああ、良かった、間に合ったね」
美紗が玄関を出ると、そこには困った顔のもみじと嬉しそうな顔のなぎさがいました。
「ひ、ひ、ひ!」
美紗が引きつけそうです。
「はい、おば様、お土産よ」
なぎさは美紗の異変に全く気づく様子もなく、美紗に紙袋を渡します。
「マフラーとセーターよ。冬物が安かったから、買って来たの」
なぎさはニコニコして言いました。
「ムキー!」
美紗はその紙袋を地面に叩きつけると、
「帰るわよ、もみじ!」
と怒鳴り、門へと歩き出します。
「ああ、お母様!」
もみじは申し訳なさそうに樹里と麻耶さんに会釈し、美紗を追いかけます。
「今日もご機嫌斜めだね、叔母様ったら。甘いものが足らないんだよ、きっと」
なぎさは腕組みをして、歩き去る大村親子を見ました。
「それはカルシウムの間違いです」と言う人が誰もいない五反田邸です。
そして、「機嫌が悪いのは貴女のせいです」と言う人もいません。
めでたし、めでたし。