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樹里ちゃん、推理作家と会う

 御徒町樹里は大富豪の五反田六郎氏の邸のメイドです。


 しかも、夜は居酒屋でも働いています。


 それもこれも、夫である杉下左京の探偵事務所が、本人同様パッとしないからです。


「うるせえ!」


 事務所のソファにふんぞり返って、地の文に悪態をつく左京です。


 人としてどうかと思います。


「どうしたらいいんだろう……」


 左京は頭を抱えました。


 こんな状態なのに、樹里が妊娠しました。


 子供を養っていく自信がないのです。


「あんたのせいなんだから、しっかりしなさいよ、左京」


 いつもは能天気で、逆セクハラ連発の所員の宮部ありさも白い目で見ています。


「それもそうなんだけどさ……」


 ありさは、


「私もそろそろ泥舟から逃げ出さないとね」


とこそっと言いました。


「てめえ、前原○司みたいな事する気か!?」


 左京はとても不謹慎な発言をしましたので、伏字にしました。


「だって、このままじゃ、この事務所潰れるでしょ? 私も生活があるしね」


「ううう……」


 そう言われると一言もない左京です。


 


 さて、その頃、樹里はある人の訪問を受けていました。


 日本の推理小説界の大物、大村美紗です。


 娘のもみじも同行しています。


 美紗は、樹里の親友である船越なぎさの叔母です。


 美紗はなぎさが嫌いなので、彼女に内緒で五反田邸に来ました。


 五反田氏は美紗と旧知です。


 しかし、忙しい五反田氏は邸にいる事ができず、樹里が一人で出迎えました。


「ご機嫌よう、樹里さん。今日はあの子はいませんよね?」


 玄関で出迎えてくれた樹里に、美紗が尋ねます。


「あの子ですか?」


 樹里には誰の事かわかりません。それに気づいたもみじがフォローします。


「なぎさお姉ちゃんですよ」


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開で応じました。


「あら、叔母様。お久しぶりです」


 そのなぎさが、樹里の後ろから顔を見せました。


「……」


 美紗は硬直してしまいました。


「なぎさお姉ちゃん、どうしてここにいるの?」


 もみじも仰天しています。


「近くを通りかかったから、樹里の顔を見ようと思って。私、五反田さんとマブダチなんだよ」


 なぎさは見た目は若くて可愛いので、男性には受けがいいようです。


 しかも、彼女は樹里の親友なので、五反田邸は顔パスです。


 普段はあまり姿を見せない邸の警備員の人達にも、なぎさファンがいます。


 しかし、身内であり、何度もなぎさに頭を悩まされている美紗はそんな風には思えません。


「も、もみじ、帰るわよ!」


 ようやく硬直が解けた美紗が叫びました。彼女はもみじの返事を待つ事なく、きびすを返して門のそばに停まっている運転手つきのリムジンに向かいます。


「ああ、お母様!」


 もみじは樹里となぎさを気にしながらも、美紗を追いました。


「ここまで来て、帰るなんて、五反田のおじ様に失礼よ、お母様」


 もみじが小声でたしなめます。


 でも美紗は、


「なぎさがいる方が失礼よ。五反田さんもあんな子と友人だなんて、私もお付き合いを考えないとね」


とプリプリして言いました。


「お母様……」


 もみじは美紗の癇癪に呆れました。


「どうしたのかしら、叔母様?」


 なぎさは不思議そうに樹里を見ます。


「さあ」


 樹里は笑顔全開で応じます。


「そうかあ、叔母様ったら、私が五反田さんとマブダチだって知ったので、怒ったのね。可愛い、叔母様」


 半分鋭いなぎさです。


「そうなんですか」


 樹里はそれでも笑顔全開です。


 という事で、大村美紗は、またしても姪のなぎさのせいで、樹里と話ができませんでした。


 


 さて、左京です。


「ふーん」


 向かいのソファで、白い目で左京を見ている神戸かんべらんがいます。


 蘭は樹里が妊娠した事を知り、事務所にやって来たのですが、左京の不甲斐なさに呆れています。


「決断の時なんじゃない、左京?」


 蘭は、ここぞとばかりに攻め立てます。


「警視庁に戻りなさいよ、左京。あの刑事部長も、亀島君もいなくなったんだから」


 そう言えば亀島は自首したのだろうか、と左京は思いました。


「蘭、悪い魔女みたいな顔してるわよ」


 左京が警視庁に戻るのは面白くないありさがチャチャを入れます。


 でも、勝俣さんは無関係です。


「うるさいわね、無駄な所員!」


 蘭が切れました。


「何ですって、無駄な警部!」


 醜い罵り合いは、別のシリーズでお願いします。


「樹里も、そのうち仕事が難しくなるわ。そうなったら、今以上に大変よ、左京」


 蘭は今度は菩薩様のような顔で語りかけます。


「左京、催眠商法に負けないで!」


 ありさが妙な応援をします。


「何言ってるのよ、人生催眠商法みたいなあんたが!」


 蘭が強烈な嫌味を言います。


「何ですって!?」


 ありさが切れました。


「あああ、うるさい! 一人にしてくれ!」


 左京はありさと蘭を事務所から追い出し、鍵をかけてしまいました。


「あんたのせいよ!」


 ありさが毒づきます。


「あんたのせいでしょ!」


 蘭が言い返します。


「うるさい! どこかに行け!」


 左京がドアを開いて怒鳴り、また閉めて鍵をかけます。


 ありさと蘭はさすがにションボリし、立ち去りました。


 


 左京は夜になると、樹里が働いている居酒屋に行きました。


「俺はどうすればいいと思う、樹里?」


 店の奥の個室で、左京は飲んだくれて樹里に相談します。


「そんな左京さん、嫌いです」


「え?」


 樹里の言葉にギクッとする左京です。


「努力もしないで、いきなり泣き言を言うような左京さんは嫌いです」


 樹里の真剣な表情に左京は目が覚めた思いがしました。


「私が力になりますから、頑張って下さい」


 樹里が左京の手を優しく包みます。


「樹里!」


 左京は思わず樹里を抱きしめました。


「あの、困ります、左京さん。私、夫がいますので」


「え?」


 ハッと気づき、よく見ると、樹里ではなく、姉の璃里でした。


「あわわ、お義姉ねえさん、すみません!」


 今日は璃里が当番の日でした。


 由里さんじゃなくて良かった、と思う左京です。


「探偵事務所は、アピールが足らないのだと思います。夫と相談して考えてみますので」


「ありがとうございます、お義姉さん」


 左京は涙ぐんで礼を言いました。


 


 その頃、樹里は五反田邸で夕食の後片付けをしていました。


 そこへ再び美紗ともみじがやって来ました。


 樹里は二人を応接間に通し、五反田氏を呼びに行こうとしました。


「あの子は帰ったのよね?」


 探るような目で美紗が尋ねます。


「あの子ですか?」


 樹里はまたわからないようです。


「なぎさお姉ちゃんですよ、樹里さん」


 もみじが言いました。


「あれ、叔母様ともみじ、また来てたの?」


 なぎさがドアを開いて現れました。彼女の後ろには五反田氏がいます。


「大村さん、お待たせしました」


 何も事情を知らない五反田氏は、微笑んで言いました。


「急用を思い出しました。失礼」


 美紗はムッとしたままで応接間を出て行ってしまいます。


「も、申し訳ありません」


 もみじは五反田氏に詫びながら、美紗を追いかけます。


「どうしたのかね、大村さんは?」


 ビックリして樹里に尋ねる五反田氏です。


「叔母様、私が五反田さんと仲がいいのを嫉妬してるのよ、きっと」


 なぎさが無責任な推理を展開します。


「そうなのかね」


 五反田氏は肩を竦めました。


「そうなんですか」


 樹里は笑顔全開です。


 こうして、二度に渡る大村親子の五反田邸訪問は、わずか数分で終了しました。


 


 めでたし、めでたし。

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