樹里ちゃん、元に戻る?
祝・百話目です。
御徒町樹里は、元々の雇い主である五反田六郎氏が、完全に日本に帰国する事になったので、居酒屋も喫茶店も、そして夫である杉下左京の探偵事務所も辞める事になりました。
「ううう」
一番悲しんでいるのは、左京です。
「樹里、続けられないのか?」
涙ぐんだ目で樹里を見ますが、逆は効果的でも、樹里には効果はありません。
「旦那様とお話して下さい」
樹里は笑顔全開で言い置き、アパートを出て行きました。
「樹里ー!」
左京は絶叫しました。ご近所に通報されそうです。
樹里はまず最初に喫茶店に行きました。
マスターは顔を引きつらせて出迎えます。
本当は引き止めたいのですが、相手は財界のドンである五反田氏なので、何もできません。
「本日でお仕事を辞めさせていただく事になりました。いろいろお世話になりました」
「今までありがとう、御徒町さん」
マスターは泣き出してしまいます。
悲しいだけではなく、これからどうしようという不安に怯えているのです。
「代わりと言っては何ですが、私を雇って下さいませんか?」
そう言って、樹里の背後から現れたのは、樹里にそっくりな女性です。
どこが違うのかわからないくらい似ています。
「どちら様ですか?」
マスターはビックリして尋ねます。
「私の従妹の、鶯谷翠です。三月に高校を卒業したばかりです」
「おお!」
マスターは感動して震えています。
「是非、ウチで働いて下さい!」
マスターは次のプランを思いつきました。
「女子高を出たばかりのメイドさんがいる喫茶店」で行くつもりです。
「樹里お姉ちゃんほど仕事がうまくできませんが、よろしくお願いします」
翠も、樹里に負けないくらいの笑顔で言いました。
こうして、喫茶店は倒産を免れました。
次に樹里が行ったのは、新聞販売所です。
「朝刊は今まで通り私が配達しますが、夕刊はこの子に配達させてもらえませんか?」
そう言って、樹里が紹介したのは、やはり瓜二つの女性です。
「今年、大学を卒業します、従姉の代々木つかさです」
「おお!」
所長は樹里が二人いるような気がして、卒倒しそうです。
「是非!」
つかさと固い握手をする所長です。
新聞販売所も安泰のようです。
次に樹里は居酒屋に行きました。
「御徒町さん、時給を今の十倍にするから、続けてもらえないかな?」
店長が恐る恐る尋ねます。
「できません」
樹里は笑顔全開で応じました。
「ううう……」
そこへ、信者の皆さんがやって来ます。
「樹里様、辞めないで下さい。続けて下さい」
信者達は号泣しています。
さすがの樹里も笑顔全開ではいられません。
樹里と同伴した人、樹里をテレビ局の魔手から救ってくれた人、樹里の事を本当に愛してくれている 人、左京に嫌がらせをした人。
喫茶店や新聞販売所と違い、彼らと樹里はずっと近い存在になっていたのです。
樹里は五反田氏に連絡を取りました。
「居酒屋で働くのを続けてもよろしいですか?」
五反田氏は、樹里が望む事は何でも聞いてあげようと思っていたので、すぐにOKが出ました。
「御徒町さん、くれぐれも働き過ぎないようにね」
「ありがとうございます」
こうして、樹里は居酒屋の深夜だけ働く事になりました。
以前の結末(樹里ちゃん、居酒屋で働く参照)と違ってしまったのは、作者がバカだからです(そのとおりです 作者)。
左京は、悲しみに打ちひしがれていました。
樹里が探偵をしてくれないという事は、コーヒーにクリープを入れないのとほぼ同じです。
「何よお、元気出しなさいよお、左京」
幽体離脱所員の宮部ありさが言います。
「うるせえよ」
左京は完全に不貞腐れています。
「だから、こんな事務所早く畳んで、警視庁に戻りなさいよ、左京」
いつの間に入って来たのか、神戸蘭警部が言います。
「水戸浪士に刺されちゃいなさいよ、あんたなんか!」
ありさがムッとしてわかりにくいボケを言います。
蘭はそれを無視しました。ありさは項垂れます。
「只今戻りました」
そこへ樹里が入って来ました。
「樹里!」
左京は人目も憚らず、いきなり樹里に抱きつきます。
「俺、一生懸命働くから! だから、お願いだ、見捨てないで」
左京は樹里に言いました。すると樹里は、
「では、樹里にそう伝えておきますね」
「え?」
左京はギョッとして樹里(?)から離れます。
「夫以外の殿方に抱きしめられたの、久しぶりです」
その人は樹里ではなく、姉の璃里でした。
「わわわ、申し訳ありません、お姉さん!」
左京は真っ青になって土下座します。
「いいんですよ、左京さん。樹里と間違えられるか、試したのですから」
璃里は樹里と寸分違わぬ笑顔で言います。
「どういう事ですか?」
左京はキョトンとして立ち上がります。
「探偵事務所は、私が引き継ぎます。樹里の代わりに」
「ええ!?」
左京とありさと蘭が異口同音に叫びました。
「先日、ドロントと対決して、昔の血が騒ぎ出してしまいました。主人にも賛成してもらったので、心配いりません」
璃里は結婚する以前、警察官だったのです。
「全然知りませんでした」
左京が仰天して言います。璃里は笑顔で、
「警察官と言っても、警察庁勤務でしたから、ほとんどデスクワークでしたが」
それを聞き、蘭とありさが、
「けっ」
と舌打ちします。キャリア組には冷たい二人です。
「さてさて、また無駄足踏んだみたいね」
蘭は肩を竦めて事務所を去りました。
「表向きは、樹里が仕事を続けている事にして下さい。ドロント対策として」
璃里が言いました。よく見ると、璃里の方が樹里より大人っぽいです。
「はい」
左京は思わず赤面しました。するとありさが、
「あれれえ、左京、どうして顔が赤いのかなあ?」
「う、うるせえ!」
一瞬でも、璃里に見とれてしまった自分が情けない左京です。
「只今戻りました」
そこに本物が到着のようです。
「樹里!」
左京は抱きつこうとして、立ち止まります。
「本当に樹里?」
「ばれたか。私よ、左京ちゃん」
それは母親の由里でした。
「お母さん、止めて下さい」
左京は心臓が止まりそうです。
「私も占いの仕事が暇な時は、できるだけ手伝うわ」
色目を使う由里に、呆れる璃里とビビる左京です。
その頃、本物の樹里は、五反田邸にいました。
「挨拶はすんだかね、御徒町さん。あ、結婚したのだから、杉下さんかな?」
五反田氏が、精一杯の冗談を言いましたが、樹里は、
「御徒町で結構です、旦那様」
と笑顔全開で応じます。ちょっとだけ引きつる五反田氏です。
こうして、またしても、御徒町一族が増加するのでした。
めでたし、めでたし。