樹里ちゃん、取材されるPARTⅡ
御徒町樹里はメイドです。もうすぐ本格的なメイドに戻る予定です。
居酒屋の店長は、樹里のそっくりさんを真剣に探しています。
由里や璃里にも打診しましたが、璃里は子育てが忙しく、由里は占いが繁盛していて無理なのです。
一方、系列の喫茶店は「会いに行けるアイドルがいる喫茶店」に路線変更する予定ですが、多分こけるでしょう。
新聞販売所の所長は、朝刊だけなら配達できそうなので、一安心です。
ある経済研究所の試算では、樹里効果は数百億円との事です。
騒動の張本人の自覚がゼロの樹里は親友の船越なぎさの従妹の大村もみじの家に向かっています。
もみじの母親は、有名な推理作家の大村美紗です。
彼女は、樹里が五反田六郎氏の邸のメイドだと知り、取材を申し込みました。
メイドが探偵の推理小説を書くために、樹里にメイドの事を訊きたいのだそうです。
普通は取材する人がされる人を訪ねますが、傲慢な美紗はもみじを通じて樹里に来るように言ったのです。
樹里は喫茶店の定休日に大村邸を訪問しました。
玄関でもみじが出迎えます。
「ごめんなさい、樹里さん、母が不躾で」
まだ高校二年生とは思えないくらいの言葉遣いでもみじは謝罪しました。
「それから、どうしてなぎさお姉ちゃんが一緒なんですか?」
もみじが小声で尋ねます。
美紗はなぎさが嫌いなのです。
先日も呼んでいないのに現れたなぎさを見て、怒りのあまり卒倒したそうです。
「さあ」
樹里も首を傾げました。
樹里は誰にも言わなかったのですが、何故か大村邸の門の前に来たら、なぎさが待っていたのです。
「ううう」
そんな様子を柱の陰から星明子さんのように覗いている美紗がいます。
「あ、叔母様、久しぶり!」
何も感じていないなぎさが、顔を引きつらせている美紗に言います。
「きいい!」
美紗はそばにあった花瓶を床に叩きつけて割ってしまいました。
「お母様!」
もみじがびっくりして美紗を追いかけます。
「どうしたのかしら、叔母様?」
なぎさはキョトンとして樹里を見ました。
美紗は部屋に戻って、机の上の書きかけの原稿を破り捨てます。
「なぎさめえ! どうして私をこんなに苛立たせるのよ、あの子はあ!?」
美紗は大声で言いました。部屋に入って来たもみじが唖然とします。
「もみじ、今すぐあの子を家から追い出して! 警察を呼んでもいいから!」
美紗は鬼の形相でもみじに命じます。
「お母様、警察はまずいわ。世間体がありますから」
「世間体」という言葉に、美紗はハッとして冷静さを取り戻しました。
「そ、そうね。ご近所の目もあるから、警察はやめましょうか」
美紗はニコッとして、
「ごめんなさいね、もみじ、貴女に当り散らしてしまって」
「大丈夫です、お母様」
もみじは微笑んで応じました。
もみじは玄関に戻り、なぎさに言いました。
「申し訳ないんだけど、お帰り下さい」
もみじは深々と頭を下げました。
「そうね。何だか、叔母様、ご機嫌悪いみたいだし」
なぎさは素直に応じてくれたようです。
もみじはホッとしました。
「じゃあ、帰ろうか、樹里」
「そうなんですか」
なぎさが樹里と帰ろうとしたので、もみじが慌てます。
「あああ、樹里さん、帰らないで下さい。母が待ってますので」
もみじは樹里の右手を掴んで引き止めます。
「何よ、もみじ。帰れって言ったり、帰るなって言ったり。どっちなの?」
なぎさがムッとして言いました。全然話が通じていないなぎさに項垂れるもみじです。
「なぎさお姉ちゃんだけ帰って」
もみじは項垂れたままで囁くように言いました。
「え? 何、もみじ?」
聞き取れなかったなぎさが尋ねます。
「あんただけ帰れって言ってるんだよ、わからねえのか、ボケ!」
とうとうもみじは切れてしまいました。
「何だあ、それならそうと言ってくれればいいのに」
なぎさはようやく理解したようです。
「もみじったら、私と樹里が仲がいいのを嫉妬してるのよ」
なぎさは樹里に言いました。理解していなかったみたいです。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開で応じます。もみじはまた項垂れました。
「お姉ちゃんはリヴィングルームで待ってて」
「わかった」
なぎさは笑顔で言いました。
もみじは樹里と共に二階の美紗の部屋に行きました。
「お母様、樹里さんをお連れしました」
「入って」
美紗が応じます。
もみじと樹里は美紗の部屋に入りました。
「わああ、叔母様のお部屋に入るの、何年ぶりかしら? 凄いでしょ、樹里?」
いつの間に入ったのか、なぎさがいます。
「きいいい!」
美紗はとうとう倒れてしまいました。
「お母様!」
「叔母様!」
もみじとなぎさが駆け寄ります。
「お待ち下さい。ここは私が」
樹里が看護師の顔になりました。
美紗に近づき、ペンライトで瞳孔反応を確認し、脈を看ます。
「気を失っているだけです」
樹里がもみじに言います。もみじはホッとしました。
「何だあ、びっくりさせないでよ、叔母様」
なぎさが容赦なく美紗の肩を叩きました。
「え?」
意識を回復した美紗は、目の前になぎさがいるのを見て、
「ひいいい!」
とまた気絶しました。
こうして結局、樹里に対する取材はできず、美紗の「なぎさ嫌い」は更に強くなってしまいました。
めでたし、めでたし。