樹里ちゃん、アルバイトをする?
俺の名は杉下左京。警視庁特別捜査班の警部補だ。
俺は精神的に酷く疲れていた。ある事件とある女のせいで。
少しでもこの疲れを癒そうと思い、休日を利用し、ETCを使って普段は来ないような群馬県の山奥に釣りに出かけた。
嘘だと思われるだろうが、群馬県の士似神村という村に「女神湖」という湖がある。
その湖には幻の魚である「千麻千香緒」がいると言われている。
俺はその魚を釣るつもりはないが、釣れたら面白いなと思い、その湖に行く事にしたのだ。
唯一の部下である亀島馨は同行していない。
どうもあいつと一緒だと不愉快になるからだ。
奴に言わせると俺の思い過ごしらしいが。
遂に俺はその女神湖に着いた。
想像以上に遠かった。そして誰もいない。
ここまで辺鄙な場所とは思わなかった。
途中で「この先ガソリンスタンドありません」の看板にギョッとし、一リットル百五十円というボッタクリまがいの料金で給油し、
「この先には、コンビニもないですよ」
の脅し文句にビビり、大量の食料と飲み物を買わされてしまった。
だから田舎は侮れない。
「ほお」
俺は湖の透明度に驚き、持っていた高級ライターを落としてしまった。
「あああ!」
人が聞けば笑うだろうが、そのライターはそれなりに高く、それなりに使い心地がいい代物だったのだ。
俺は沈んで行くライターがしばらく見えているという残酷さに耐え切れず、湖面から目を逸らし、車のライターで火を点けようと歩き始めた。
その時だ。
ザザザザーッと水の音がした。
「何だ?」
俺は河童でも現れたのかと思い、振り返った。
するとそこには、金色に輝くローブを身にまとった美しい女性が金の斧と銀の斧を抱えて空中に浮遊していた。
だ、誰? どこかで見た事がある気がするが?
「貴方が落としたのはこの金の斧ですか、それとも銀の斧ですか?」
何言ってるんだ、この女は? 頭がおかしいのか?
俺は仕方なく、
「いえ、私は斧を落としてはいません。私が落としたのはライターです」
「そうなんですか」
あ! 今の一言でわかった。
「おい、あんた御徒町樹里だな? こんなところで何してるんだ?」
するとその女性はニッコリ笑って、
「貴方は何と正直な方でしょう。ご褒美として、この金の斧と銀の斧を差し上げましょう」
「いや、いらねえって」
俺は即答した。
「そうなんですか」
そう言うと御徒町樹里と思われる女はザザザザーッと湖の中に戻ってしまった。
「おーい、俺のライターは?」
返事がない。
何だったんだ、今のは?
あの女じゃないのか?
バイトで女神のカッコしてるのかと思ったのだが。
俺はバカらしくなって車に戻った。
「ああ!」
更に気づいた。
幻の魚「千麻千香緒」も反対から読むと「おかちまち」だ。
バカにしやがって!
癒されに来たはずが、もっと疲れてしまった。
誰か助けてくれーッ!