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8 応援してくれる人

「お父様、お母様。私に教員試験を受けさせてください。お願いします」

 

 アイラは舞踏会の翌日、両親に正直に試験のことを伝え頭を下げた。オスカーに気持ちを伝える前に、自分の夢のことをしっかりしなければいけないと思ったからだ。


 オスカーにはいつかアイラの『顔』以外も好きになって欲しい。そのためには、中身を輝かせる必要がある。

 

「アイラ、それは本気なのか?」

「はい。孤児院で読み書きを教える内に、先生という職業はとても大切だと気が付きました。私は微力ながら『教える』ことで国の役に立ちたいのです」

「私はアイラの活動はとても意味のあることだと思っているよ。実際に孤児院の子どもたちは、みんな読み書きができるようになった。実際に、そのおかげで働けた子たちもいるそうだね」

 

 父親に自分の活動を認めてもらえて、アイラは素直に嬉しかった。

 

「だが、それとこれとは別問題だ」

「アイラ、私も反対よ。貴族令嬢が働くことを世間がよしとしていないことを、あなたはよく知っているでしょう?」

 

 母親は困ったように眉を下げ、アイラにそう訴えた。

 

「貴族社会は、保守的で異端なものをすぐに排除しようとするわ。私はアイラにこれ以上辛い思いをして欲しくないの」

 

 辛そうな顔をして、そのまま泣きだしてしまった。

 

「あなたのしたいことはわかるし、とても立派よ。自慢の娘だって思ってる。でも、今のままでいいじゃないの。結婚してもアイラがやりたい支援はできるわ。だから貴族として、孤児院へは寄付をしながらたまに勉強を教えればいい。資格を取る必要なんてないでしょう」

 

 アイラは母親の言っていることは理解できた。だが、それではできることが限られてしまう。私はボランティアではなく、仕事にしたいのだ。

 

「お母様、私は夢のためならば周りから何を言われても構いません」

 

 アイラはそう言って、家を飛び出した。二人の「待ちなさい」という声が聞こえたが振り返らなかった。両親がアイラを心配して言ってくれていることはよくわかっている。だけど、面と向かって否定されるのはやはり辛かった。


 アイラは早く一人になりたくて、ポロポロ零れる涙もそのままに街の中を必死に走った。

 

「うわっ」


 すると、曲がり角でドンっと大きな何かにぶつかって後ろに倒れそうになった。頭を打つ衝撃に備えて目をつぶったが、アイラに痛みはなかった。むしろふわりと身体が浮き上がったので、驚いて目を開いた。

 

「アイラ、大丈夫か?」


 抱きとめてくれたのは、まさかのオスカーだった。オスカーはどうしてアイラのピンチに、タイミングよく現れてくれるのだろう。


「……オスカー様」


 アイラは、オスカーのがっしりとした逞しい身体に触れていることに気がついて、恥ずかしくなった。


「前を見ずに走ったら危ないだろ」


 ゆっくりと地面に下ろされ、少し怒ったような顔で軽くコツンと頭を小突かれた。


「……目もとが濡れてる。最近のアイラは泣き虫だな。今日はどうしたんだ?」


 オスカーは困ったように微笑みながら、昨夜と同じように涙を指で拭ってくれた。


「両親に……教員試験を受けたいと伝えたのですが、反対されてしまって」

「そうか。でも、ご両親も時間をかけて話せばわかってくれる。今までのアイラの活動を一番知ってくれているのは、家族なはずだから。諦めるな」

「はい。ありがとうございます」


 オスカーの言葉は、ストンとアイラの心の中に入ってきた。そもそも、最初から受け入れられるわけないと思っていた。こんなことでショックを受けている場合ではないと、アイラはゴシゴシとハンカチで目を擦った。


「そんな乱暴にしたら赤くなるぞ」


 オスカーは慌ててアイラの手を止め、ハンカチを取って優しく瞼を拭ってくれた。


「これでよし!」

「……ありがとうございます」


 なんだか小さな子どもになったような気分になり、アイラは少し恥ずかしくなった。


「ごめんなさい。こんな泣いてる姿ばかりを見せて」

「いいさ。泣きたくなったら、すぐに俺を呼んでくれ。いつでも胸を貸すから」


 オスカーは冗談っぽくカカカと笑って、ドンっと自分の胸を叩いた。


「俺は身体がデカいから、アイラが泣いてるのもすっぽり隠せるだろ」

「じゃあ、今度は遠慮なく貸していただきます」

「そうだよなー。俺の胸で泣くなんて嫌だよな……って、ええっ!? 今なんて言った」


 オスカーは自分で言っておきながら、私が『借りる』と言うとは思っていなかったようだ。


「お借りしますと申し上げました」

「なんてことだ……!」


 オスカーは目を見開いて、口をぱくぱくと開けたり閉じたりしている。


「あら、もしかして冗談でしたか?」

「いや、いつでも構わない。俺の胸はアイラ専用だから」

「まあ、誰にでもそう仰っているの?」

「俺は、アイラにしかこんなこと言わない」


 そんなことを言いながら、オスカーは手をガバリと広げた。


「ち、ちなみに今すぐ試してもいいぞ」

「ふふ、おかげさまでもう涙は引っ込みました」


 アイラが悪戯っぽく微笑むと、オスカーはガックリと項垂れて地面にしゃがみ込んだ。


「……ソウダヨナ」

「元気が出ました。ありがとうございます」


 アイラがそう伝えると、オスカーはパチパチと頬を手で叩いて気合を入れた後、勢いよく立ち上がった。


「俺はアイラが笑顔なのが一番嬉しいから、役に立てて良かった」

「絶対に受かりたいので試験までの二ヶ月間は、勉強に集中します」

「そうか……じゃあ、毎日ここへ通うのはもう少しお預けだな。逢えないのは寂しいけど俺もアイラに負けないように、任務頑張る」

「はい」

「応援してる。絶対、アイラなら大丈夫だ」

「はい。私……試験が終わったら、オスカー様に話したいことがあります。だから、待っていてくださいませんか?」


 アイラが少し照れながらそう伝えると、オスカーはまた地面にしゃがみ込んでしまった。


「どうしたのですか?」

「あぁ、まずいな」


 オスカーは俯いたまま、自分の頭をガシガシとかいている。


「しばらく逢えないのに……困る」

「困るとは?」


 アイラは首を傾げ、まだしゃがんだままのオスカーの顔を覗き込んだ。すると顔を上げたオスカーと、ばっちりと目が合った。


「アイラが可愛すぎて困る」


 いつになく真剣な顔で、こちらを見つめてくるオスカーを前にアイラは身動きが取れなかった。


「……ごめん」


 オスカーはしゃがんだままアイラの手を両手でぎゅっと握って、目を閉じた。


 大きくて温かい手は、小さなアイラの手をすっぽりと包み込んだ。触れた部分からオスカーの熱が伝わってくるようで、アイラは胸がドキドキしてきた。


「オ、オスカー様?」


 アイラの戸惑った声を聞いて、オスカーはパッと手を離して立ち上がった。

 

「あ、あの……」

「しばらく逢えないと思うと、寂しくて勝手に触れちまった。悪かったな」


 とっくに手は離れているのに、アイラはまだ胸の音が煩くて、オスカーにまで聞こえるのではないかと不安になった。


「試験が終わったら、また来るから覚悟しといてくれよ」


 オスカーは、いつもの調子でケラケラと大声で笑った。


「頑張れよ」

「はい」


 オスカーはこの日、求婚してこなかった。きっと、今はタイミングではないと思ったのだろう。アイラは試験が終わったら、彼のことが好きだと伝えようと心に決めていた。


 何度も求婚してくれていたオスカーに、今度はアイラから求婚をする。きっと……きっと喜んでくれるはずだ。


 しかしまずは両親を説得して、試験に受かることが大事だとアイラは浮ついた心を切り替えた。オスカーの応援をもらったので、どんなに辛くても最後まで頑張れる気がした。






『気持ちはすぐに伝えなければならない』


 後にアイラは、なぜ試験の前に自分の気持ちを伝えなかったのかと後に後悔することになる。だが、この時はまさかあんな事件が起こるとは思ってもいなかった。





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