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6 望んでいた言葉

「アイラ嬢、今度私の別荘に遊びに来ませんか?」

「いやいや、そんな田舎に行くなんてあなたに似合いません。僕と観劇に行きましょう。人気の演目のチケットを取ってあるのです」

「それよりも、私と海沿いの素敵なレストランに行くのはどうですか?」


 舞踏会に参加すると、アイラはいつものようにたくさんの御令息たちに囲まれた。


「……はい。また機会がございましたら」


 アイラはぼんやりしながら、適当に返事をしていた。誰に何を言われても、今アイラの頭の中にあるのは『オスカー』のことばかりだった。あれからあの女性に逢いに行ったのだろうか? もしかしてあのまま一夜を過ごしたんじゃないか? なんてことを考えてしまう。


 あの喧嘩別れから二週間が経過していたが、アイラはオスカーと一度も話していなかった。なぜなら、あんなに毎日ロッシュ領に来てくれていたオスカーがぱったりと来なくなったからだ。


 いつもならアイラがオスカーに何を言っても、次の日には『アイラ!』と笑顔で声をかけてくれていたのに。あの日アイラが勝手に拗ねて、酷い態度を取ったのでもう嫌われてしまったのだと思っていた。


「なんだか元気がありませんね。せっかくの可愛い顔が勿体ないですよ」

「……ファビアン様」

「向こうで飲みながら話しませんか? 私が力になれることがあるかもしれません」


 ファビアンは優しく微笑みながら、アイラに声をかけた。


「いえ、あなた様に相談するようなことではありません。それに私はアルコールが苦手なので」

「では、ジュースにしましょう。悩みでなくても、気分転換に世間話でもかまいません」


 物腰は柔らかいが、ファビアンに言われるとなんとなく断りにくい雰囲気がある。そもそも子爵令嬢のアイラが、公爵家のファビアンの誘いを断るのは難しい。


「はい。では、少しだけ」


 ウェイターからファビアンはグラスを二つ取り、アイラに渡した。


「アルコールは入っていないので、安心してください」

「はい」


 若干疑いながら一口飲んだが、本当にただのジュースの様なのでほっとした。


「ふふ、私のこと全然信じてくださってませんね」


 自然と顔に出てしまっていたようで、ファビアンはアイラを見てくすりと笑った。


「あ……いえ、そんなわけでは」

「女性を酔わせて、無理矢理何かする男に見えますか?」

「いえ……いや、でも……その……以前に別の男性に騙されたことがあったので。途中で気がついたので、大丈夫だったのですけれど。だから、今回も本当は少し……疑ってしまいました。すみません」


 指摘されたアイラは気まずそうな顔をして、正直にそう話した。


「可哀想に。酷い奴がいたのですね」


 ファビアンは苦しそうな顔をして、アイラの顔をじっと見つめた。


「そんなことがあったなら、疑うのは当然だ。アイラ嬢に何もなくて良かった」

「いえ、ファビアン様を疑うなんて失礼でした」

「……私にあなたを守らせてくれないか?」


 細くて綺麗なファビアンの手が、アイラの頬をそっと撫でた。


「え?」

「私にアイラ嬢を守らせて欲しい」


 キラキラと輝く金色の瞳が、アイラを捉えて離さない。美しすぎるファビアンは、表情が読み取りにくく……アイラは本気なのか冗談なのかよくわからなかった。


「ま……まぁ、ファビアン様ったら。皆さんにそんなこと、仰っているのでしょう? 口がお上手すぎて、本気にしてしまいそうですわ」


 アイラは誤魔化すようにファビアンから視線を逸らした。


「もちろん、本気だよ。こんなこと君にしか言わない。私は、アイラ嬢と共に生きていきたいと思っている」

「……っ!」

「君を守る盾としては、私は頼りないだろうか?」


 そう問いかけられて、アイラは驚いて目を見開いた。本来なら子爵家生まれのアイラが、公爵家のファビアンの元に嫁ぐなんて夢のような話だ。アイラの後ろ盾としてこんなに強力なものはない。


「まさか、ファビアン様にそんな風に言っていただけるなんて。私には勿体ないお言葉です」

「もし家格差のことを気にしているのならば、何も問題はない。そんなことは愛の前では些細なことなのだから」


 歴史ある公爵家に生まれたファビアンがそんなことを言うのは、正直意外だった。この国の外交官であるファビアンの父親は、厳格な人物なので息子の妻を選ぶ時に『家柄』を気にしないはずはない。


 それに、ファビアンがアイラの何が好きなのか……全く分からなかった。


「いいえ、私はあなた様には釣り合いません」

「そんなことはない!」

「それに、私は結婚自体を望んでいません」


 適当に誤魔化しても、きっと断り切れないと思ったアイラは自分の夢を隠さずに話すことにした。


「結婚を望まないとは……どういう意味だい。まさか、ひとりで生きていくとでも?」


 今度はファビアンが、驚いて目を見開く番だった。貴族令嬢として、自分であり得ないことを言っている自覚はある。


「私は今年の教員試験を受けるつもりです。昔から、平民の子どもたちに勉強を教える仕事をしたいと思っておりました」

「え、教員試験を……?」

「はい。ですから、どなたとも結婚は考えられません。家庭に入ることはできませんので」


 アイラがそう伝えると、ファビアンはぐっと唇を噛みしめて俯いた。やはり、仕事をするような女に求婚したいとは思えないだろう。きっとこれで結婚は諦めてくれると高をくくっていた。


「……アイラ嬢はすごいですね」

「すごい?」

「あなたは、私の予想をいつも超えてくる。なんて素敵な女性なんだ!」


 ファビアンはにっこりと微笑み、アイラの手をぎゅっと握った。


「教員試験頑張ってください。あなたの素晴らしい夢を応援したい」

「応援……してくださるのですか?」

「もちろんです。誤解しないで欲しいのですが、私はあなたの見た目に惚れたわけではありません」

「え……?」

「あなたの真面目さや、賢さを私はよく知っています。それに領民たちを想う優しいアイラ嬢が好きです。私とあなたならば、共に支え高め合えるよい夫婦になれると思っているのです」


 アイラはファビアンが自分の『見た目』以外を評価してくれているとは思っていなかった。それはアイラが一番望んでいたが、誰も言ってくれない言葉だった。


「私と婚約すること、真剣に考えてみてください」

「いえ、私は……」

「返事は急ぎません。でも、私は本気でアイラ嬢を愛しています。それだけはわかって欲しい」


 ファビアンは爽やかに微笑み「ではまた」と去って行った。


 人が少ない場所を選んだとはいえ、目立つ二人だ。周囲の御令嬢方からは、ファビアンと二人で話していたことでまた嫉妬と羨望が入り混じった目を向けられていた。


 悔しそうに唇を噛み締めた公爵令嬢のテレージアとも、遠くで目が合った気がする。


 しかし、アイラはそんな目を向けられても困るなと思っていた。だって、アイラはファビアンのことを好きではない。


「どうして……ファビアン様なんだろう」


 目から自然と涙が溢れてきた。なぜなら、アイラは本当はこの台詞をオスカーに言ってほしかったからだ。オスカーには見た目ではなく『アイラの中身』を好きになって欲しかった。


「そうか。私はオスカー様が好きなのね」


 ファビアンに告白されて、初めて自分のオスカーへの恋心を自覚することができた。


 オスカーが例えアイラの顔だけが好きだとしても、いつの間にかアイラがオスカーを好きになってしまったのだと気がついた。


 舞踏会の会場の隅で泣いてたアイラに気がついて、遠くからリーゼが駆け寄ってきてくれた。


「どうしたの? とりあえずバルコニーに行きましょう」


 顔が見られないように、外に連れ出してくれたのが有り難かった。


 オスカーへの恋心に気がついたが、どうしていいかわからないと相談した。


 この前オスカーが知らない女性と話したり、触れたりするのが嫌で可愛くない態度をとってしまったことを話した。それからオスカーがアイラに逢いに来てくれなくなったことも。


「呆れられちゃったかもしれないわ。ずっと酷い態度をとっていたけれど、この前はさらに嫌な女だったもの」

「ふふ、アイラもやっと恋をしたのね」

「え?」

「もやもやしたり、怒ったり、悲しくなったり……それは本当にオスカー様のことが好きだからよ。良かったわね」


 リーゼはそっとアイラを抱き締めてくれた。


「素直に謝ればきっと大丈夫。オスカー様は、そんな簡単にアイラを嫌いになったりしないわよ」

「そうかしら?」

「そうよ! だって何度もアイラに振られているのに、あんなに諦めの悪い人は他にいませんもの」


 リーゼはあえて冗談っぽくそう言って、くすくすと笑った。


「……逢ってきちんと謝るわね」

「それがいいわ。頑張って」


 アイラは親友のリーゼの言葉に、自分の気持ちをオスカーに素直に伝える勇気をもらった。




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