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いくら溺愛されても、顔がいいから結婚したいと言う男は信用できません!  作者: 大森 樹


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36 いい顔だから好き

 オスカーが朝食を作ってくれたお礼に、アイラは美味しい食後の紅茶を淹れた。


「どうぞ」

「ありがとう。ああ、いい香りだ」


 部屋中にいい匂いが充満して、清々しい気持ちになる。


「幸せだな」

「紅茶を飲むのがですか? 大袈裟ね」


 しみじみと幸せだと言うオスカーに、アイラはくすりと笑った。


「いや、こうして()()()()一緒に紅茶を飲めるのが幸せだ」

「そ、そうですか」

「……なんだか今でも夢みたいだ。俺がアイラと結婚できたなんて! 幸せすぎてちょっと怖い」


 なんてな、とオスカーは遠い目をした。自分からオスカーが離れて行ってしまうような気がして、アイラは頬に手を伸ばした。


「……ん、どうした?」

「夢なんかじゃありませんっ!」

「え?」

「私はオスカーが好きで、オスカーを選んで夫にしたのです。だから夢なんかじゃありませんわ」


 自分の気持ちを素直に伝えると、オスカーは驚いたような目を見開いた。


「幸せすぎていいじゃない! 怖がる必要なんてないわ」

「……そうだな。こんなの俺らしくなかった! 幸せなのは、いいことなのにな」


 ニッと笑ったオスカーはいつもの明るさを取り戻しており、アイラをギュッと抱き締めた。


「なあ、アイラ」

「はい」

「今、アイラとものすごくいちゃいちゃしたい気分なんだが……どうかな?」

「……奇遇ですね。私もちょうど同じ気持ちでした」


 オスカーは嬉しそうに目を細め、アイラを抱き上げベッドにゆっくりとおろした。


「愛してるよ」

「私も愛しています」


 深いキスから始まり……オスカーはそのままアイラの身体を隅々まで甘く愛し尽くした。もうお互い言葉だけでは、この愛おしさを伝えることができなかったからだ。





「お、起きられなさそうです」

「俺もしばらくは無理そうだ。少し休もう」

「……はい。今日、リラがここへ来ないと言った理由が今わかりました」


 アイラはオスカーに腕枕をされながら、リラとの会話を思い出していた。きっとリラには、こんな未来が見えていたのだろう。


「はは、リラは優秀な侍女だな」

「……はい。でも明日会った時が恥ずかしいです」

「大丈夫だ。きっと素知らぬふりをしてくれるはずだ」

「そうですね」


 新居はロッシュ子爵家の屋敷より狭いため、二人で仲良くしていたらリラにバレてしまうだろう。それを避けるために、来ないと言ったことが今更わかった。


「抱き締めて寝てもいいか?」

「はい」

「愛してるよ。おやすみ」

「私も愛しています。おやすみなさいませ」


 そのまま二人は、夫婦になれた喜びを改めて感じながら幸せな眠りついた。






 結婚して幸せなのは最初だけ……なんて世間ではよく言われるが、オスカーは何年経ってもアイラのことが大好きなままだった。もちろん、アイラも同じ気持ちで毎日過ごしていた。


「仕事に行ってくる」

「ええ、お気をつけて」

「アイラ、愛してるぞ!」


 街中でアイラに向かって愛を叫んでいるオスカーを、領民たちは何度目撃したかわからない。


「なんかこれを聞くのも日常になってきたな」

「オスカー様は、以前は『結婚してくれ!』って求婚して何度も振られていたのにね」

「はは、懐かしいな。それが今やこの国一の仲良し夫婦だしな。世の中はわからないものだ」


 ロッシュ領の皆は、アイラたち夫婦を温かく見守っていた。



♢♢♢


「みなさん、よろしいですか? 顔が良いから好きだと言ってくる男性を信用してはいけません」

「はい!」

「そして、私たちも顔が良いだけの殿方を選んではいけません。破滅の道を辿ることになりますわ」

「わかりました!」

「これからの時代、大事なことは女性も自立すること。自分が素敵になれば、素敵な人を見極めることができますから」


 これは今や人気のテレージアの授業だ。通常行う文字の読み書きや計算、歴史とは別の特別授業。


 平民の少女たちは、ふんふんと真面目に話を聞きながらメモを取っている。


「テレージア、あなた……何の話しているのよ」

「あら、アイラ。私は人生の大事なことを教えて差し上げているの」


 どうやらテレージアは、自分の苦い経験を踏まえながら話をしているらしい。


 ファビアンの事件から五年が経過し、アイラとテレージアはすっかり『先生』になっていた。


 テレージアもアイラに一年遅れて教員試験に受かり、本格的に平民への教育に尽力した。


 この教育は正式な国の施策となったため、他の優秀な若者も男女問わずたくさん先生になってくれていた。なので、アイラのやっていた活動を皆で協力して全国に広めることができた。もちろん教科書は、以前アイラが作成したものを改良して使用している。


「アイラ、ただいま!」

「オスカー!? 明日まで遠征ではなかったのですか?」

「さっさと任務を終わらせてきた。そして、早くアイラに逢いたくてここまで来てしまった。ああ、三日ぶりのアイラはやっぱり可愛いな」


 オスカーはアイラを抱き寄せ、すりすりと頬擦りをした。


「アイラの傍は落ち着くな。愛してる」

「や、やめてください。子どもたちが見ています」

「別にいいだろ? 夫婦が仲良くしてることの何が悪いんだ」


 ハハハと豪快に笑っているオスカーを見て、テレージアは呆れたようにため息をついた。


「結婚して何年経ってるのよ。まったく……相変わらずのバカップルね」


 平民の子どもたちもこの夫婦がいちゃいちゃする光景はよく見ているため、今では何事もなかったかのように受け入れている。


「オスカー様は、どうしてアイラ先生がそんなに好きなの?」


 ある女の子が、オスカーにそう尋ねた。オスカーはその質問に自信満々に答えた。


「それはもちろん、アイラの顔がいいからだ!」


 すると子どもたちはザワザワとうるさくなった。


「さっきテレージア先生から『顔が良いから好きだという男性は信用するな』と教わったのに……」

「まさかオスカー様はアイラ先生の顔だけが好きなの?」

「確かに先生は可愛いけれど、そんな理由で好きなんて酷い!」


 ジトリと軽蔑した目を向ける女の子たちと同じ目線になるため、オスカーはその場でしゃがんだ。


「顔がいいというのは、容姿が整っているという意味ではないんだ」

「え……じゃあ、どういう意味なの?」

「俺はアイラが君たちの先生をしているのが好きだ。頑張り屋で、元気で、前向きで……怒ったらちょっとだけ怖いそんなアイラが大好きなんだ。そしてそれは全て顔に出てる」


 オスカーはアイラの顔を愛おしそうに見つめた。


「俺にとってアイラは、とびきりいい顔なんだ。美人とか可愛いなんて理由だけで好きになったんじゃない! まあ……でも、俺のアイラは結局見た目も天使のように可愛いんだけどな」

「……つまり中身が好きってこと?」

「ああ。アイラの生きざま全てが好きだ! 君たちもそのうち自分が『いい』と思う顔の人に出逢うさ。だが、テレーズの教えの通り顔が『良い』だけの人に騙されないように気をつけないとだめだぞ」

「わかった」

「そして自分も『いい顔』になるんだ」

「うん! 私もいい顔になる」


 オスカーはくしゃりと笑い、その女の子たちの頭をポンポンと撫でた。


「オスカー様は男前ではないけれど、いい顔よね。悔しいけれど」

「あら、私は割と見た目も好きよ。武骨で逞しいもの」

「……それ、絶対本人の前で言わないでよね。想像するだけでうっとおしいですから」


 子どもたちと遊んでいるオスカーを眺めながら、テレーズはものすごく嫌そうな顔をした。アイラがそんなことを言ったと知ったら、オスカーが狂喜乱舞することがわかっているからだ。


 アイラは今夜二人きりの時に伝えてみようかしらなんて、ネックレスを触りながらぼんやりと考えていた。


 これは結婚後してから始まったアイラの癖だ。オスカーのことを考える時は、胸にあるターコイズのネックレスを触るようになった。


 そうすれば、離れていてもいつでもオスカーと一緒に居られるような気がするからだ。


「テレーズもいい顔になったわね。昔とはまるで別人よ」

「……ふん、当然ですわ」


 ツンとそっぽを向いたテレーズの頬は赤く染まっていた。どうやら照れているらしい。


「あ……とう」

「ん?」

「ありがとうと言ったのです! あなたのおかげで、私は嫌な自分を変えることができましたから」

「テレーズがお礼を言うなんて……雪が降りそうだわ」

「なんですって!」

 

 アイラとテレーズが仲良く喧嘩している姿を見て、オスカーは嬉しかった。なぜならアイラの表情がキラキラと輝いていたからだ。


 先生のアイラと騎士のオスカーは毎日忙しく、夫婦とはいえ逢える時間は限られている。本当は毎日たくさん話して、キスをして、抱き合いたい。


 しかし、それはたまの『ご褒美』だ。何日もすれ違い、まともに逢えない日もある。


 貴族の夫婦としては『普通』の生活ではないが、オスカーはそれでいいと思っていた。正直寂しい時もあるが、お互いの心は常に近くにある自信があった。そして何より、オスカーは好きなことを頑張っているアイラが一番好きだからだ。


「やっぱり、アイラはとびきりいい顔だ」

 

 オスカーは愛する妻を幸せそうに眺めながら、ぽつりとそう呟いた。



END


 



 


最後までお読みいただきありがとうございました。

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