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いくら溺愛されても、顔がいいから結婚したいと言う男は信用できません!  作者: 大森 樹


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26 天使を射止めた男

「オスカー様は馬鹿力ですね」

「す、すまない。あまりに嬉しくて……つい」

「怪我人はあなたのはずなのに、どうして私が寝ているのでしょうか」


 アイラは口を手で押さえて、くすくすと楽しそうに笑った。


「これからは気をつける」

「ええ、毎回気絶したら笑えませんから」

「……優しくする。だから、もう一度抱き締めてもいいか?」

「はい」


 両手を広げると、オスカーは割れ物を扱うかのようにそっとアイラに触れた。


「愛してるよ」

「私も愛しています」

「なんか……夢みたいだ」


 そんなことを呟くので、アイラはオスカーの頬を両手で包んだ。


「夢ではありませんわ」

「アイラが俺を好きなんて信じられなくて」

「これでもですか?」


 アイラは、そのままオスカーの唇にちゅっとキスをした。


「……っ!」


 いきなりキスをされたオスカーは、自分の唇を手で押さえて耳まで真っ赤になっていた。


 オスカーからアイラを好きだと言うのは全く恥ずかしくないが、アイラから積極的なことをされるのは慣れていなかった。


「信じられましたか?」


 少しだけ首を傾げながら、上目遣いをするアイラは天使ではなく小悪魔かもしれないとオスカーは思った。こんな可愛い顔をされては、オスカーはひとたまりもない。


「シンジラレマシタ」

「ふふ、どうして片言なんですか?」

「ア、アイラが……可愛いすぎるからだっ!」

「なんですか、それ」


 くすくすと笑う余裕なアイラが、オスカーは少しだけ面白くなかった。なんだか自分だけがドキドキしている気がしたからだ。


「……今度は俺からキスさせてくれ」


 耳元で囁くと、アイラの顔は一気に真っ赤に染まった。その反応に気をよくしたオスカーは、アイラの唇に吸い付いた。


「んっ……ふっ……」


 これまでした二度のキスはどちらもアイラから突然した上に一瞬だったが、今度のキスは長くて深かった。


 アイラは恥ずかしくて苦しくて……そしてキスがこんなに甘くて気持ちがいいことに戸惑っていた。息が続かなくなってオスカーの胸をドンドンと叩くと、ゆっくりと身体が離れていった。


「ごめん。つい夢中になった」


 色っぽく目を細めて、オスカーはアイラの濡れた唇を指でそっと拭った。


 濃厚なキスをされたことで、アイラはオスカーが『大人な男性』なのだと実感した。頭ではわかっていたつもりだったが、本当の意味ではわかっていなかった。アイラがした子どものような触れるだけのキスとは、レベルが違ったからだ。


「ず、ずるいです」

「え?」

「急に男らしくなるなんて。私……どうしたらいいか分からなくなります」


 拗ねたようにアイラがそう伝えると、オスカーはニヤリと悪戯っぽく笑った。


「やっと男として意識してくれて嬉しいよ」

「意識……してましたよ。少し前から」

「そうか。じゃあ、何十回も振られた甲斐があったぜ」


 げらげらと大声で笑うオスカーを見て、アイラはいつもの彼だとほっとした。


「もう二度と離さない」

「……はい」

「逃げたって追いかけるからな。俺が諦めが悪いことを知ってるだろう?」

「ふふ、逃げませんよ。ずっと一緒にいてくださいませ」

「ああ。二人で幸せになろう」

 

 結局オスカーからの百回近い求婚は一度も成功しなかったが、アイラからのたった一回の求婚は見事成功した。


 天使の生まれ変わりだとまで言われたアイラ・ロッシュを射止めたのは、特別金持ちでもなく、爵位を継げる嫡男でもなく、見た目が美しいわけでもないただの優して逞しい騎士だった。


♢♢♢


 ファビアンとアンブロス公爵家の人間は、重い処罰を受けることに決まった。


 ロッシュ子爵家への放火、それを利用してのアイラとの婚約……教員試験結果の偽造に加え、アイラの教科書の版権を奪った罪だ。それだけではなく、人身売買と輸入禁止の宝石や絵画などの違法入手の証拠が揃ったからだ。


 これはファビアンだけではなく、アンブロス公爵家の皆が関わっていたことがわかった。母親は今回の件は知らなかったようだが、犯罪で得た違法な資金で散財していたため同罪だとの判断だった。


 国王陛下はこの件を重く受け止め、アンブロス公爵家を取り潰し土地と財産を没収することに決めた。


 そして火事の原因がアンブロス公爵家だったことも判明したので、没収した財産をロッシュ子爵領の復興資金に当ててもらえることになった。そのため子爵領は急速に元の街に戻っていっている。


 アンブロス公爵家の人間は、国外追放として二度と国内には戻れないようにするとの連絡があった。


 そして今、ロッシュ子爵家にはテレージアと父親であるジェンキンズ公爵が謝罪に来た。


「アイラ様、この度は本当に申し訳ありませんでした」


 テレージアはアイラに謝罪して、深く頭を下げた。隣にいるジェンキンズ公爵も、一緒に頭を下げた。


「アイラ嬢、ロッシュ子爵……私の娘が大変申し訳ないことをした。私が甘やかしすぎた結果だ。謝るだけで済まないことはわかっています。この子は修道院に入れることにしました」


 その言葉を聞いて、アイラは驚いてテレージアを見つめた。


「そんな……修道院なんて」


 生粋の御令嬢のテレージアが、修道院でやっていけるとは思えなかったからだ。


「アイラ様、私は自分のしたことを償います。書類の改竄だけでなく、今までの嫌がらせも私が完全に間違っていました。私は可愛くて賢いあなたに……ずっと嫉妬していたのですから」


 テレージアはアイラに謝罪を繰り返した。


「そんなの……そんなこと……許しません!」


 アイラは、その話を聞いて怒りの声をあげた。


「私はずっとテレージア様に虐められてきました。それに、今回のことだって私は絶対に許せません!」

「アイラ様……いや、そうですよね。仰る通りです」


 テレージアは初めて本気で怒っているアイラを見て、自分の罪の重さがわかった。


「修道院に行って、逃げるのはずるいです! テレージア様には、公爵令嬢の力をフル活用して私の手伝いをしていただきますわ」

「……え?」


 テレージアとジェンキンズ公爵は、一体何を言われたのかわからなかった。


「テレージア様は成績優秀でしたよね?」

「え? ええ、まあ……公爵令嬢として恥ずかしくてない程度には勉強しておりますが」


 テレージアは戸惑いながら、そう答えた。


「公爵家の教育は、他の貴族と比べたら断トツにレベルが高いです」

「はぁ……それが何か?」

「それです。テレージア様のその頭脳と、公爵家の経済力を使って貧困層への教育促進に力を貸してくださいませ!」


 アイラはそう伝えて微笑み、テレージアの手を取った。テレージアは涙を流しながら頷いた。


「ありがとうございます。微力ながら……お手伝いさせてくださいませ」

「ありがとう、アイラ嬢。私もジェンキンズ公爵家の当主として全面的に支援していくよ」


 その言葉にアイラはニコリと微笑んだ。


「私からもお礼を言わせてください。あの時、アンブロス公爵家の罪を話してくださってありがとうございました」

「いいえ、私が悪いのです」

「本当に悪いのは、あの男です」

「ありがとうございます……ありがとうございます」


 こうしてアイラはテレージアと和解したのだった。



 

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