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いくら溺愛されても、顔がいいから結婚したいと言う男は信用できません!  作者: 大森 樹


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12 最後のデート①

「お嬢様、とても可愛らしいですわ」

「ありがとう」

「いつも素敵ですが、今日のお嬢様は本当に……本物の天使のようです」

「はは、リラは褒め上手ね」


 今日はオスカーとのデートの日。アイラは、普段より丁寧にお化粧やヘアセットをしてもらった。


 アイラの『顔』を好きになってくれたオスカーのため、最後はとびきり可愛い姿でいたかった。


 誰かのために着飾るなんて、アイラには初めての経験だった。


 実は今日は、オスカーの瞳の色であるグリーンのドレスを身につけている。もちろん、一見ではわからないように淡いミントグリーンのような色を選んだけれど。


 少し恥ずかしいけれど、好きな人を想ってコーディネートするのはとても幸せな気分だった。


「オスカー様がいらっしゃったそうです」

「わかったわ。では、行くわね」

「アイラ様、存分に楽しんで来てくださいませ」


 リラはこれが最後だとわかっているので、複雑な表情でアイラを見送ってくれた。


「ええ、ありがとう」


 アイラはとびきりの笑顔で、迎えに来たオスカーの元に駆け寄った。


「アイラっ!」

「お迎えありがとうございます」

「か……か……可愛い!」


 オスカーはお洒落をしたアイラを見ると、頬を染めて大きな声でそう叫んだ。


「ふふ、ありがとうございます」

「俺は、こういう時に上手く褒められないんだ。だが、とりあえずわかることは……すごく可愛い。アイラがこの世の誰よりも一番可愛い!」


 恥ずかし気もなくそう言い切ったオスカーに、アイラは照れてしまった。


「……それは言い過ぎです」

「言いすぎなもんか。まだ言い足りないくらいだ」


 貴族の男たちは幼い頃から、女性を褒めるように教育を受ける。だからこそ歯の浮くような恥ずかしい例えや、台詞をポンポンと言う令息が多い。


 例えば『君は女神(ヴィーナス)の生まれ変わりだ』とか『地上に舞い降りた可憐な天使(エンジェル)』とかそういうやつ。


 アイラは幼い頃からこのような褒め言葉が苦手だった。だからこそ、オスカーのようなただただ『可愛い』を連呼する方が胸にくるものがある。だって、これは頭で考えた台詞ではなく本能で言っている気がするからだ。


 恐らく普通の御令嬢ならば、単純な言葉では物足りずに『気が利かない』と嫌がるのだろうけれど。


「本当に可愛いぞ」

「ありがとうございます。オスカー様も素敵ですよ。制服ではないのは、新鮮ですね」


 今日のオスカーは、綺麗めなシャツにジレを着ている。装飾品はないが、シンプルな服装だからこそ鍛え上げられた逞しい身体がよくわかる。


「いつも制服だから、何着たらいいかわからなくて焦った」

「とてもお似合いですよ」


 オスカーは恥ずかしそうに頬を指でかきながら「そ、そうか」と目線を逸らした。


「さあ、行きましょう」

「おお」


 真面目なオスカーは、アイラの両親にきちんと挨拶をして『夕方までには帰ります』と話をしていた。


「オスカー様、アイラを頼みます」

「はい!」

「……アイラ、楽しんでおいで」

「はい」


 アイラがオスカーと逢うのは今日で最後になることを知っている両親は、哀し気な表情でこちらを見てきた。何も知らないカミルはオスカーと楽し気に話していた。


「では、行ってまいります」


 二人はオスカーの馬に乗って、三つ隣にあるオルグレン領に向かった。今日は馬車ではないので、オスカーはドレスが汚れないか心配していたがアイラ本人はそんなこと全く気にしていなかった。


「少しくらい汚れたって平気です」

「でも、せっかくお洒落をしてくれたのに。馬車を用意すればよかったな」

「いいのです。馬車より、この方が近いではありませんか」


 後ろをちらりと振り返って、アイラは悪戯っぽくくすりと笑った。落とさないようにアイラを後ろから抱きかかえる形になっているオスカーは、真っ赤に顔を染めた。


「……アイラ、振り向くな」

「え?」

「あんまり俺を動揺させるな。危険だぞ。今でもドキドキしてるんだから」

「ふふ、では前を向いています」

「ああ、そうしてくれ」


 拗ねたような声でそんなことを言うので、アイラは『可愛いな』と思った。オスカーは積極的に愛を伝えてくるが、実際に触れてくることはない。今も一緒に馬に乗ってはいるが、なるべく体に触らないように気をつけてくれていることがわかる。アイラはオスカーのそういう真面目なところが好きだった。


「着いたぞ」


 オスカーはアイラをエスコートして、ゆっくりと地面に降ろしてくれた。街の入口で馬屋に愛馬を預け、二人は出かけることにした。


「うわぁ、とても活気のある街ですね」

「今日はバラ祭があるらしい。ここオルグレン領はバラの街として有名だからな」

「そうなのですか!」

「アイラと回ったら楽しそうだと思って」


 オスカーが、自分とのデートの計画を立ててくれたことがアイラはとても嬉しかった。

 

「どうぞ」


 カゴを持った小さな子どもたちが、綺麗なバラを一本ずつ配ってくれていた。


「ありがとう」


 オスカーはしゃがんでお礼を言い、二本のバラを取ってその一本をアイラの髪にそっと付けてくれた。


「似合っている」

「あ、ありがとうございます」

「では、オスカー様にも」


 アイラはオスカーが持っていたバラを、ジレのポケットに差し込んだ。


「ランチは予約してあるんだ。行こう」

「はい」


 素敵なレストランに入ると、オスカーはアイラの好みを聞きながらどんどんと料理を注文をし始めた。


「これとこれ、それにこっちも頼む」


 そんなに頼んで食べられるのかとアイラが心配する程、テーブルにびっしりと料理が並んだ。


「さあ、食おうぜ」

「は、はい」


 しかし、そんな心配は全く必要がなかったことがわかった。オスカーは綺麗な所作で、パクパクと料理を食べていったからだ。


「……すごいですわ」

「ん?」

「いい食べっぷりですね! 素晴らしいです」

「はは、そうか? これで驚いていたら、騎士団の食堂に来たらアイラはもっと驚くだろうな」


 ロッシュ子爵家には騎士がいないため、体格がよくてこんなにたくさん食事をする人物をアイラは初めて間近で見た。吸い込まれるように料理が胃袋に消えていくのは、見ていて気持ちが良かった。


「食堂では基本山盛りだ」

「や、山盛り……」

「みんな信じられないくらいの量を食べてるぞ。一度食べに来たらいい」


 食堂に誘われたが、アイラは今日が終わればオスカーと関わることはできないので曖昧な返事しかできなかった。


「そう……ですね。また機会があれば」

「心配しなくていいぞ!」

「え?」

「アイラは好きなメニューを注文すればいい。食べきれなければ、俺が残ったのを全部食べてやるから」


 オスカーは『食べきれないこと』を心配していると勘違いしているようで、アイラに向かってそう伝えてくれた。


「ふふ、そうですか。それならば安心ですね」

「ああ。でも男ばっかりの食堂にアイラが来たら、大騒ぎになりそうだな」

「騒ぎですか?」

「……アイラは可愛いから。絶対に皆が騒ぎ出す。それはちょっと……面白くないかもしれねぇ」


 その様子を想像して、オスカーはムスッと不機嫌な顔をした。


「あら、オスカー様ったらやきもちですか」


 アイラが揶揄うと、オスカーは真剣な顔で頷いた。


「……そうだ」

「オ、オスカー様って……そういうこと思わない方かと思っていましたわ」


 アイラは目立つのでよく他の男性にも囲まれている。しかし、オスカーがそのことに反応したことは一度もなかったからだ。


「思うよ」

「……」

「アイラに近付く男は全員消してやりたいくらいには、嫉妬してる」

「オスカー様」


 射抜くように真っ直ぐ見つめられて、アイラは息が止まりそうだった。


「……なんてな。つまり食堂に来る時は、必ず俺がいる時にしてくれってことだ」


 先ほどの言葉が嘘だったかのように、ニッと笑っていつものオスカーに戻った。


「ほら、食おうぜ」

「はい」


 それからは他愛ない話を続けて、二人で笑い合いながら頼んだ料理を完食した。




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