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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

聖女の鎮魂歌

作者: 七縁 ささみ

一人称の練習のつもりです。

軽く読んで頂ければ幸いです٩( 'ω' )و

 

 私は物心ついた時にはすでに、周囲の同年代の子供から浮いた存在だったと思う。


 薄ぼんやりとだが、初めて見知った筈の景色や事象や習慣や伝承など、微妙な違和感を常に感じていた。

 周囲の純粋な反応に馴染めず、どこか冷めた眼差しで集団からやや離れた場所からそれらを見ていたのだ。


 元から口数も極端に少なく大人しかったので、両親も周囲の大人たちもそんな様子を気にも留めて居なかった。


 自分でも何故こんなに冷え冷えとした気持ちで感情の抑揚もなく、ともすれば漠然と負の感情を自分を取り巻く環境に対して抱いてしまうのか、理由も分からず物思いに耽る。そうして、更に大人しい物静かな子供という評価が定着していった。


 だが、五歳になる年の春の事。


 しきたり通り同じ年の子供達が貴賤に拘らず神殿に集められ、有難い説法を聞いた後一般的には神秘的とも言われる洗礼の儀式を受けたとき。


『‥‥‥みぃつけた!』


 脳内に直接語りかけてくる様な、天井の調べのような、それでいてはっきりと喜色を滴らせた声が響いた。


 ぞくりと、背筋が震えた。

 その瞬間、私は理解した。して、しまった。


 ああ、逃れられなかったのだ、と。


 それからの私は、更に感情が見えない、話さない子供になった。


 私は、次の年の誕生日を迎えるとご領主様の邸に迎えられ、養女となった上で豪華な馬車に詰め込まれ、『聖女見習い』として王都の大神殿に連れて行かれた。


 流されるように何らかの思惑の通りに動かされる我が身に、内心恨み言や悪態を吐いてはいても、もう私の表情は感情の彩を僅かにも出す事が出来なくなっていた。







 大神殿に身を移しても様々な事柄への既視感は健在だったが、幸いにも『聖女見習い』は毎年各地から集められていたようで、私よりも年上の幾人かが所属していた為、如何にもお勤めに馴染めない鈍臭い田舎娘のフリをして、聖堂にはなるべく近付かない様に気を付けた。

 時間をかけて雑用を行いわざと抜けを作ったりして、使えない『聖女見習い』として他者に評価されるよう周知されるべく心掛けた。


 だって、この後の流れは予想が着いていたから。


 そう、『聖女見習い』から晴れて『聖女』に任じられた暁には、やんごとないご身分のお方と婚約を約束されているのだ。


 十代から適齢期と言われる年齢の『聖女見習い』達は、すでにその話は知っているのだろう。明らかに牽制し合い蹴落としあいが始まっている。裏で険悪で『些細』なトラブルが起きているのも知っている。


 仮にも見習いとはいえ『聖女』と冠する立場に置かれているのに嘆かわしい、とは私は微塵も思わない。

 何をもって『聖女』としているのかも明確にされていないのだし、彼女達に特別な能力があるという訳でもない。


 どうぞ、勝手に蹴落とし合い踏みつけ合いながら登り詰めればいいと思う。私を巻き込まずにいてくれるなら。


 そして日々下働きの様な雑用を熟し、聖堂になるべく近付かず、それでも出来ることをコツコツと積み重ねる日々を過ごすうち。


 私は十二歳になり初潮を迎え、覚悟を決めた。


 そして待ち構えていたかの様に『聖女見習い』達が一室に集められ、遂に『聖女』選定を行い、王家の年齢が見合う男性と婚約を結ぶ事になると説明があった。


 今まで埋没していた使えない『聖女見習い』の私が生物的に子を孕める様になってすぐの通達に、所謂適齢期の上限とされる年齢であろう『聖女見習い』達の冷ややかな視線が幾つも突き刺さる。

 そのあからさまな空気の悪さに危機感を覚えたのは私だけでは無かったようで、苦し紛れのように候補は四名で全員が相手をきちんと宛てがうと追加の通達が下った。


 ああ、本当に気持ちが悪い。


 私はこの後どうなるのかが何となく察せられて、酷い吐き気と頭痛に悩まされた。







 三年後、成人と見做される年。

 私は諦めきれず必死に不出来な『聖女見習い』を演じ続けていた。


 だがその甲斐も虚しく候補の四名に入ってしまい、そのすぐ後にお姉さま『聖女見習い』達の醜い蹴落とし合いのせいで繰り上がり『聖女』になってしまった。


 十五歳の私は、少女と大人の女性の合間という絶妙の危うい儚さを体現しており、感情や表情が死んでしまってさえいなければ、おそらくどの殿方にも大事にして貰えるのではなかろうかと皆が口を揃えて評価を下していたが。


 敢えて、そんなものを望んではいない私は、冷めた表情と感情の死んだ目を貫き通した。


 そして私を宛てがわれた不運な相手は、十歳以上年上の第二王子殿下。

 十代で早々に婚姻を結ばれた第一王子殿下とは違って未だ婚約者も持たず、綺麗な花々を渡り歩く雅なお方だと、大神殿内部にまで届く評判をお持ちのお方だ。


 正統な王族の血筋のお方は尊い祖神の血を引いており、資質が高ければその身に祖神を降ろす事が出来る。

 これは本来大神殿の最高権力者と国王陛下、その直系の王子以外には秘された事実。


 だけど私は、すでに知っている。


 十以上も年上の第二王子殿下が私の相手となるのであれば、恐らくその資質をお持ちなのだろう。


 そして他のお姉さま『聖女候補』達には、彼女達と同年代の王弟殿下のご子息や、王家の傍系にあたる御令息達が縁付かされる事になり、酷く醜い争いは表面上落ち着いた。


 私以外、お相手との年齢の差が大きくても五歳程度だったのも、彼女達の溜飲を下げたのだろう。


 本当に下らない。


 それでも、私は表情を変える事なく、静かに粛々と全てを受け入れた。


 どうしたって私の幸せなど、そこにはないのだから。

 その時が来たならば、全てを道連れにして終わってやろう。







 通達の翌日にはすぐに大神殿にて四名の『聖女』と『聖女候補』の婚約が発表され、世の中はどこか浮かれた様子を見せていた。


 だが、私は昨夜からこっそりと食事用のナイフを隠し、常に身に付けるようにした。


 そして予想通り。


 陽もまだ高い自室の質素なベッドで、初対面の筈の第二王子殿下と思しきいと尊きお方に組み敷かれている私がいる。


『ああ、僕の聖女!ようやく受け入れてくれるんだね!』


 あの洗礼のときと同じ声。

 想像していた通りの展開。

 もう、乾いた嗤いが喉から出るのを我慢しない。


 表情を変えた私の口元が上がったのを都合良く捉えたであろう相手が、うっとりと目を細めてごくりと喉を上下させると、徐に身を屈めて覆い被さってくる。

 不快で不埒な手の動きに、必死に耐えタイミングを見計らう。


 目元を赤く染め興奮した大人の男と、年端も行かない少女という客観的な図を想像して、必死に相手の変態っぷりに心を宥めて隙を狙う。


 そして隠し持ったナイフで、興奮と期待に浮かれ私のワンピースを卓仕上げている最中の男の目の前で、私は自分の首を掻き切った。


 焼け付く痛みと錆のような鉄臭い匂いがぬるりと首を這うと同時に、私と世界は闇に呑まれた。









 目が覚めると、其処は暗いが暖かいところだった。

 頬に触れるさらりとした黒い長い髪が、ぼんやりとした私の視界に入る。


 その黒を上に辿って視線を上げると、酷く辛そうな表情をした男がいた。


「馬鹿者‥‥」


 第一声にこれとは、酷い言われようである。

 掻き切った筈の首には、あまり違和感がない。

 あの後あの大神殿に所属する者が、無事に私を打ち捨ててくれたのだろうか。


 あまり頭が回らない。


「こ‥‥れは‥‥夢?」

「‥‥無茶をして、気が気では無かった!」


 男は血を吐かんばかりに低くそう言葉を吐き捨てると、その逞しい腕で支えていた私を掻き抱き、ぎゅうぎゅうと腕に力を込めて来る。


「いた、いたた、痛い‥‥」


 思わず力の入らない腕を懸命に持ち上げて、男の腕を叩こうにも思うようにならない。

 それでも、静止の意図は一応伝わったようだ。


 ほんの少しだけ、腕の拘束は緩められたが体勢はそのままで。

 近い場所にある男の顔は見えないが、密着した身体からは小さく震えている様子が伝わった。


 首筋に、暖かい雫を感じる。


「泣かないで」

「泣いてなどいない」


 ああ、暖かい。

 私は、戻って来られたらしい。


「ごめんね。どれだけ時間がかかっても、還るって決めてたの。随分、待たせたよね?」

「‥‥もう‥‥‥二度と置いてなど、逝かせるものか」


 男の低い声音に籠った想いが、私の胸に突き刺さる。

 どれだけ孤独と絶望を味わってきたのだろう。


 一度、私は私を掻き抱いたこの男を置いて、逝ってしまった。

 置いて逝くつもりなど無かった。

 永遠に添い遂げると誓う寸前、持っていかれたのだ。


 魂も、肉体も、存在も。

 変わらず持ち得たのは、この心。


「泣かないで」

「‥‥‥泣いてなど、いない‥‥」


 愛おしい。

 耳に届く弱々しい、囁くような否定の声は、それでも嬉しそうで。


 私は産まれて初めて、心の底から溢れる暖かな感情をそのまま表情に乗せた。


「誓うわ。もう離れないと」

「離すものか」


 今度こそ、魂も心もこの身体も記憶ごと全部全部。

 二度と離れないと誓約を結ぶ。


 もう誰にもこの瞬間を邪魔させないと言わんばかりに、互いをきつく抱き締める。

 存在自体が溶け合って互いを満たし合い分け合う感覚が、今の私には理解出来た。


 理解出来たからこそ、誓いが果たされたという証明。


 断ち切れない固い絆を得た事で、かつての違和感が解消されたのだと実感した。


 私が自らの首を傷付けたあの日、遠く遠く離れた一つの国が消滅した。

 黒く立派な龍によって。


 祈りを捧げる聖女は、もう何処にもいない。







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