幻惑勇者3
夢を見た
あの魔王討伐をした日の夢だ。
正直、人喰い魔王に立ち向かうのは怖くて仕方がなかった。
開ききった目と何人も食い殺してきたであろう尖った歯と大きく縦に開いた口。開きすぎて口の端が蛇のように裂けているのも見えた。
恐怖で身体がすくみ、自分の歯がカタカタと鳴る音が聞こえる。周りを見ると他のみんなも俺と同様に怯えが身体に現れていた。
何をしているんだ俺は。ここまでみんなで頑張ってきたのに、いざ本番となると何も出来ない。
いや。俺は勇者だ。最後まで立ち上がり、みんなを鼓舞するんだ!演じきれ!!ここは舞台!!
敵は大道具!!幻で周りの認識を変えろ!
俺たちの今の実力なら勝てる!恐怖に打ち勝つ為に俺の幻であの敵を大道具にする!!
「みんな!心配ない!」
「あいつの正体はただの道具の固まりだ!」
魔王に恐怖して動けない周りを鼓舞しろ!幻を見せる相手は敵だけじゃない!!
周りのみんながお互いに頷き合いまっすぐと魔王を見据える。そこにいるのはおぞましい姿をした魔王ではなく、ダンボールと鉄パイプで出来たただのガラクタだった。
「アゼリア!みんなの防御壁を頼む!マーシャは矢で動きを封じ!ブロスはアタッカーとして動いてくれ!」
アゼリアが、それぞれ全員に攻撃力増強魔法と防御力増強魔法をかける。マーシャが矢で魔王の目を潰し、足と手を撃ち抜いた。ブロスが剣で魔王の心臓を一突きし、そこをマーシャの矢とアゼリアの毒魔法で追い打ちをかける。
パーティーメンバー全員の素早い連携攻撃でようやく人喰い魔王を倒すことが出来、勇者以外の全員がその場に倒れ込んでしまった。
目が覚めた。
曇り空が窓から見え、あの時の気持ちを少し引きずりながらベッドから降りた。
あの頃は良かった。皆が俺を慕い、俺の言う通りに動き、全ての作戦が上手くいっていた。
なのに今はどうだ。周りから避けられ、冷たい目で見られ、誘いは全て断られ孤立状態。
憂鬱な気持ちを抱えつつ、この状況を変えるため、今日はマーシャとアゼリアの手記を盗み見る。神様に尋ねても簡単には教えてくれないだろうし、これが実質最後の手がかりだ。
帽子を被り、マーシャの自宅へと向かった。
この時間マーシャは外の国から来る音楽家の公演に行っている。
俺はブロスの家に侵入した際と同じように家の鍵をヘアピンで開け、帽子を深く被り直し、部屋に入っていった。
マーシャは弓を使った狩りを主にしているためか、小屋のような所に住んでいた。多種多様な弓と矢が壁際に所狭しと並んでおり、狩猟に行く際のジャケットがハンガーにかけられている。ベッドカバーの花柄が女の子の部屋であることを主張し、俺は少し後ろめたさを感じながら机の引き出しを開けた。
あった。これだ。
動物の皮を使った高級感あるブックカバーが目立つ手記を発見した。
✕月1日
今日から魔王討伐のパーティーに加わることになってしまった。あたしも狩りで忙しいけど魔王が居なくなれば狩猟出来る場所も増えるし、頑張ろう!
✕月3日
勇者様は思ってるより話しやすい人だし、アゼリアちゃんは可愛いし、ブロスさんも思ったより怖い人じゃなかったしこのパーティーなら上手くやれそう!
マーシャらしい快活で希望に溢れた手記だった。しばらくはこの感じが続いたが、徐々に文章は色を変えていく。
✕月10日
勇者さんはやたらとアゼリアのこと気にかけてるけど、もしかして好きなのか??アゼリアと両思いなら応援したいけど…。アゼリアはどうなんだろう。気づいてないみたいだし私からは何も言わずにいよう!
俺がアゼリアのことを憎からず気に入っていることがマーシャにはバレていたらしい。いや。特に恋愛的な好きだとかはそこまでは思っていないが…多分…。
✕月14日
14日は勇者さんの元の世界では好きな人にチョコをあげる日らしい。私は見たぞ!友達にあげるついでだと言ってアゼリアにだけチョコをあげていたのを!!ずるい!私もチョコ欲しい!てか絶対アゼリアのこと好きじゃん。
なっ...!まさか見られていたとは。
あのチョコは特売の時に沢山買ってしまって、余ったからあげていたのであって、アゼリアを気にして買ったわけでは別に無い…はずだ…!
✕月20日
そういえば最近勇者さんがアゼリアが冷たいと言っていた気がする。
そんなことないと思うけどなー。てか勇者さん最近口を開く度にそればっかりで飽き飽きしちゃう!!あっ!魔王の情報だけど脳が発達していないから敵を認知してから攻撃に移るまで少し時間がかかるって!短期決戦ね!覚えとかなきゃ。
そうだ…この頃からアゼリア側から話しかけられることが全く無くなったのだ。マーシャに向けてそんなに何度も言っていたのか。俺自身知らず知らずの内に心が病んでしまっていたんだな。自分を休ませることも必要だな。そういえば、この魔王の情報があったからこそ俺たち勝つことが出来たんだな。魔王を監視してくれた軍の人達には感謝をしなければ。
✕月25日
アゼリア…やっぱり怖かったんだね!ごめんね!気づかなくて!でも大丈夫!2人きりにはならないように私がいるから!そういえば、勇者さんは修行の時何してるんだろ。剣の素振りをしてる所はみたことあるけど、剣で戦ってるところ見たことないんだよね。
怖かった…?まさか。俺のことか…?驚愕と絶望で言葉が出ず、唖然とした表情で日記を見つめる。そんなわけない。たぶんこの怖かったは魔王討伐のことだ!!!そうに違いない!!でもそうなると2人きりの所は???やっぱりこれって俺のことじゃ…。この後、アゼリアの家にも手記を確認しに行くとなるともうそろそろここを出なければならない。ドクドクと脈打つ音を感じながら最後のページを読んだ。
✕月30日
アゼリア!やっぱり勇者さんは何もしてなかったよ!もう大丈夫!
魔王討伐も無いから自由だよ!!!
「…ハハッ」
安堵からか笑みがこぼれる。
ほらみろやっぱりマーシャは俺の大事な友人だ。マーシャは俺への恐怖感を晴らしてくれたんだ。避けるなんてことあるはずが無い。魔王討伐の任務は1ヶ月と期間は長く、休みも無かったからやっぱり大変だったよな。
少し引っかかる所はある。不安もまだまだ残っている。だからこそ最後のアゼリアの手記を確認しなければならない。