7 冒険者ギルド
-翌朝-
俺とメイド5人は変身状態のまま森の西端から未知の領域を低空飛行していた。
「ほうほう…斥候隊から送られてきた情報によればこの先20km地点に村落があるとな…おまけに人も100人程度いると…よかった文明は滅びてなかったか」
俺たちが森を出る前に、親衛隊から情報収集の斥候隊を編成して派遣しておいたのだ。
現在マッピングの最中だ。
親衛隊は優秀なので短期間で成果を出してくれることだろう。
「良かったですねご主人様」
ファーストを筆頭に後ろをついてくるメイド隊も初めて見る景色に満足しているようだった。
「ご主人様?もしかしてその村に立ち寄られるのですか?」
セカンドが質問してきた。
「あぁそのつもりだけど…どうした?」
「それでしたらこのままだと目立ちます。村の手前で降りて服を着替えて旅のものを装いましょう。」
「あぁなるほど。そう言えばそうか。えーと…斥候隊の情報だとこの世界の人の格好はこんな感じか…まぁローブ着ればあんまり目立たんだろ」
この世界の人々は顔をすっぽり覆うようなローブも普通に着ているようなので、とりあえずローブを着ておけば下に何着てても目立たない理論が成立する。
村の手前に到達すると皆んなの服を一般人使用に変えローブを羽織らせた。
数分歩くと村の入り口が見えてきた。
村の入り口は特に門番もおらず普通に入れた。
おそらく田舎すぎて滅多に人が来ないんだろうな。
村に入るとかなり寂れた木造建築がポツポツとあるだけで
あまり人は居なかった。
するとこちらを興味深そうに見ている老婆を見つけた。
声をかけると首を傾げては、なにかと興味深そうにホニャホニャと話しかけてきたが
「ハハハ ちょっと何言ってるのか分かんないですね〜(セントラル!解析まだか?)」
『まだ情報が足りません。』
向こうの老人も一向に噛み合わない会話に首を傾げていたが、身振り手振りで何かを伝えてきた。
「ふむふむ…あなた…あっちから…大森林のことか
腕を切る?じゃなくて怪我か…
俺たちが大森林の方から来たから心配してるのか!
俺、大丈夫、怪我、ない、ここ、どこ?」
それからひたすらジェスチャーが続いて分かったことは
婆さんの名前はケム
ここは王様がいる国の東端の村で、名前は固有名詞だからよく分からなかったが
ルルドと発音してたから多分ルルド村なんだろう。
ここには滅多に人が来ないので寂れてる。
主に農業で生計を立てており、この時間は皆んな畑にいるか街に出稼ぎに行っているとのこと。
街というのは斥候隊の情報ならここから更に10km先の街のことだろう。
軽く走っていけば普通の人でも1時間あれば着くだろうな。
ケム婆さんに別れを告げようとすると、ご親切に少しばかりの村の特産品らしき謎の草をくれた。
「ハ…ハハ…ありがとう…」
なんだろうこの草は…食べるには向いてなさそうだし何かに使うのだろうか?
もしかして吸うのだろうか…
Smoking Weed Everydayしてしまうのだろうか?
ひとしきり村を散策して特に見る価値なしと判断すると早々に村を出た。
また着替えるのもめんどくさいので、ホバリングのように飛びながら10km先の街にやってきた。
さっきの村よりも明らかに活気があり、結構な人がいる。
時間も正午くらいと確かに混む時間だ。
さっきから半裸の子供達に何やら誘われてる。
多分なんかか買わせるつもりなんだろうが金なんてないぞ。
俺は街を適当に観光しながら情報収集できる場所を探していた。
「理想は図書館なんだがなぁ…この感じを見ると無さげなんだが…」
文明度レベルはそこまで高いとは言えないが、建物や行き交う人をよく見るとちゃんと金属を加工したりする技術やちゃんとした建築技術があるようだ。
ただ気になるのは…
「あれってやっぱ魔法だよな…」
観衆の集まる方に目をやると大道芸人が手のひらから火を出し、動物の姿に変えている。
「そのようですね。この世界では普通のことのようです。」
ファーストが見つめる方向を見ると、アイス屋らしき出店の店主がシロップを空中で凍らせてアイスを作っていた。
「やっぱり俺は剣と魔法のファンタジー世界に飛ばされてきたってわけか…」
薄々勘づいていたが、今まで俺が出会ったのはこちらを見ると涎を振りまきながら襲ってくる凶悪な魔物しかいなかった。
単純にそれを確かめる術が無かったのだ。
「だったら冒険者ギルドなんてものも……もしかしてあれか?」
視線の先には大剣を背中に刺し、いかにもな鎧に身を包んだ大男やいかにもな魔法使い達が煉瓦造りのしっかりとした建物に入っていくのを見てしまった。
「ファースト、お前たちはこの辺に居てくれ。ちょっと見てくるわ」
「ですがご主人様!お一人で知らない場所に行かせられません!」
「あぁ…気持ちはわかるんだがな…あんないかにも強者が揃ってそうな場所であまり目立ちたくないんだ。分かってくれるな?」
「はい…かしこまりました…」
あからさまにシュンとしたファーストは渋々他のメイドに待機を命じた。
「さてと…あそこなら色々分かるだろうからな。セントラル翻訳は任せたぞ」
『了解致しましたマスター。』
-ルベール冒険者ギルド-
「おい聞いたかよ。あの大森林の結界が解けたそうじゃねぇか」
「はぁ?どうせガセでしょ?もし本当だったら今頃ここは魔物だらけになってるでしょうね。」
赤い鎧を着た大男が酒片手に魔法使いらしき女性と談笑している。
「まぁそうだけどよぉ…あの王妃様が直々に王都から出たって噂もあるぜ?耳がお早いミーラ様ならとっくに知ってるかと思ったぜ」
「ベル、あんたねぇ…王妃様がいきなり出てくるわけ無いでしょ?全く馬鹿馬鹿しいんだから…」
呆れた様子でミーラはつまみを食べながら酒を流し込む。
「その話本当ですか?」
すると会話に割り込むようにずいッとお盆を持った小柄な少女が身を乗り出してきた。
「お?嬢ちゃんも気になるのか?」
「ごめんねぇあたし達もよく分からないのよぉ〜お仕事がんばってね」
「え、は、はい…ギルドの人にも聞いてみます」
ウェイターの少女は不安そうに席を後にした。
「おぉ〜賑わってるな〜こんな扉西部劇でしか見たことないぞ」
スイングドアを押すと中を見渡した。
左手に大きな掲示板と酒場?、そんで右手が受付と…
受付にはいかつい奴らが並んでいるから間違いないだろう。
俺は迷わず掲示板に向かってセントラルに文字の解読を任せていた。
同時に周囲の会話も解析させている。
(どうだ?翻訳できそうか?)
『ほぼ翻訳が完了いたしました。マスターに同期しフィードバック致します。』
「お、これは…読める読めるぞぉ!俺にも文字が読める!そして、聞こえるな!ちゃんと何話してるかも普通に分かる!
セントラルでかしたぞ!」
『お褒めに預かり光栄です。マスター、後方から何者かが近づいてきます。』
「おい。何1人で騒いでやがんだ…あぁん?」
肩をいきなり叩かれて後ろを振り向くと顔を真っ赤にしたスキンヘッドのいかつい男が睨みつけていた。
「あぁすみません。ちょっとテンション上がっちゃって…うぉっ!」
酒臭い男に胸ぐらを掴まれてしまった。
「何がすんませんだぁ…俺が誰だか分かってんのかぁ〜?あぁ!?」
もう典型的なヤツだわ
口くっさ
「あぁ外国から来たもので〜すみません。あと手を離して頂くとありがたいのですが…」
とりあえず低姿勢で行こう。面倒くさい。
「は!俺の名も知らねぇとはバカな野郎だぜ…俺はなぁ!Bランク冒険者にしてルベール最強の剣士のミズガルド様だぁ…いいかぁ!?覚えとけよぉ?あぁん?」
「ねぇあの人…」
「またタコ坊主かよ…」
「あいつも運がねぇなぁ…」
遠巻きで見ている他の人間も一切こちらに割り込んでくる様子はない。
ダメだこいつ…話にならねぇ…ちょっと絞めるか
俺は胸ぐらを掴む手をガシッと握ると、ミズガルドの手が青白い砂になって足元に零れ落ちた。
「あん?あっ…あ…あぁ…お、俺の…俺の手がぁぁぁぁ!!」
「え!あれ見た!?ベル!何が起こったの?」
「わ、わからねぇ…あの坊主が何かしたのか?」
「おいおい何が起こってんだ?」
「なんだ喧嘩か?」
唐突な展開に盛り上がってしまったのか野次馬が集まり始めた。
「お前さぁ…いきなり絡んできて何だその態度は。初対面の人には礼儀正しくしろってママから教わらなかったのか?」
「ふっ…うぐっ…ふざけんなぁぁ!俺はこの街一の冒険者だぞぉぉ!!」
手首が無くなったのにも構わず片手で剣を抜いて襲い掛かってきた。
「知らねぇよ!来たばっかだって言っんだろタコ助が!」
「坊主!危ねぇ!!」
ベルが急いで停めに入ろうと駆け出す。
剛腕から思い切り振り下ろされた真剣が頭を真っ二つにするかと思われたが、刃先が頭に届くよりさきに青く光り崩れ落ちた。
「なっ!俺の剣が!!」
振り下ろした姿勢のまま固まるミズガルドの両脚が突然光ると
次の瞬間にはミズガルドの胴体は地面に落ちた。
「ぐわっ…いてて……あ?……な、無い!な、何をしやがったぁぁぁ!!脚が!!オデの脚がぁぁぁ!!」
突然自分の足が突然消えたミズガルドは半狂乱になりながら芋虫のようにジタバタと暴れる。
「ま、まただ!!あいつ一体どんな技を使って!!」
「キャアアアア…」
「姉さん!姉さんしっかりして!!」
酒場は突然のスプラッターな光景に阿鼻叫喚と化していた。
「やば…やりすぎた…すまんすまんタコ助。脚も手も元通りにしてやるから少し黙ってくれないか?な?」
「ヒェェェェェ!!やめろぉぉぉ!!やめてください!!お願いしますぅぅぅ!!何でもしますから…エフッ…エフッ…」
ミドガルドことタコ助は突然白目をむいて泡を吹いて痙攣し始めた。
「あ、やばい!発作起こしてる!誰かー!!」
「な、何事ですか!!え…キャア!本当に何があったんですか!?」
受付嬢らしき制服を着た女性が小走りで駆け寄ってきた。
-数分後-
発作を起こしたタコ助をなんとか安定させ。手足を戻してやった。
切断したと言っても本当に切断しているわけでは無い。
干渉が継続しているであれば手足を切られようが首を落とされようが
対象は生命活動になんら影響をもたらさない。
簡単に言えば断面がポータルとなっていて、断面同士は離れていても繋がったままなのだ。
そのかわり干渉を打ち切ったり、別の物質に変換したりすると切断、喪失したのと同じになってしまう。
オークやサイクロプス相手に何度も実験していたから間違いない。
「この度は当ギルドの冒険者がご迷惑をお掛けして大変申し訳ございませんでした」
受付嬢ともう一人のカイゼル髭が特徴的なナイスミドルが頭を下げる。
「いえいえ、大丈夫ですよ。こちらも熱くなりすぎました…ハハハ」
側から見れば、絡んできた暴漢の手足をちょん切ってダルマにしていたようにしか見えなかっただろう。
明らかに過剰防衛だった。まぁ別に本当に切断したわけじゃ無いんだけどね。
本人に痛みないし。
「私が当ギルドのギルドマスターを務めております。ラースと申し上げます。こちらは受付長のメア。重ねてお詫び申し上げます。貴方様のことは何とお呼びすればよろしいでしょうか?」
「あ、あぁ。私はレイと言います。ここより東からやってきました。」
「レイ殿ですね。東と言うとリーデン王国ですかな?遠路はるばるお疲れ様でした。」
「あぁいえいえそれほどでも…(セファ大森林に閉じ込められてましたなんて言えねぇ…)」
「レイ殿。貴方が絡まれた相手は当ギルドでは最強と言われているミズガルドと言う男でして。
実力は確かなのですが素行に少々問題を抱えていたものなのです。我々に代わってお灸を据えてやって感謝致します。」
「ハハハあれって自称じゃなかったんですね〜(冗談でもクソダサいな…)」
「いやいや、彼は脅威度Cの魔物を単独で討伐したこともある強者です。酔っていたとはいえ彼を軽くいなしたのは大したものです」
ラースは感心した様子でマジマジとこちらを見つめてくる。
「へ、へぇ〜それはどうも…(アイツよりゴブリンの方が苦戦しそうだな…)」
「して、レイ殿は冒険者では無いのですかな?」
「あ、はいそうですけど。」
「それでしたら是非当ギルドでご登録ください。冒険者の証明であるギルドカードが発行されます。今回はお詫びも兼ねてお代は頂きません。」
「(コイツ…ごく自然な流れで俺を管理下に置こうとしてるな…狸ジジイめ…)それって他の場所でも使えるんですか?」
「えぇもちろん。ギルドカードはどこの国でも通用する代物です。身分証明書として正式かつ世界的に認められているものなのです。」
「(なら悪くないな…)分かったじゃあよろしく頼む」
「ありがとうございます。あぁ言い忘れておりましたがご登録いただく前に簡単な試験を受けていただくことになっていますがよろしいでしょうか?」
「うん?大丈夫ですよ。試験内容は何ですか?」
「魔力測定検査と実技試験となっております。魔力測定検査はレイさんの魔力量とその属性をはかり、実技試験では試験官との模擬戦を行います。」
「大丈夫です。ありがとうございました。」
「ではこちらに…」
(ちょっと待て!魔力測定検査だと!?セントラル!俺に魔力はあるのか!?)
『不明です。魔力の定義も不明です。』
(だろうな…まぁここはノリと勢いで誤魔化すしかないか…)
受付に戻ると、そこら中から好奇の視線が突き刺さる。
「あのミズガルドを…」
「あんな奴が…」
(スッゲェ噂されてるな…やめてくれ…あとセントラル、メイド達にちょっと遅くなるって言っておいてくれ)
『了解致しましたマスター』
ひとしきり手続きを済ませると奥の部屋に案内され、そこには人の背丈ほどもある大きな水晶が置かれていた。
「ではこちらに手を乗せて頂くとその光り方で貴方がどのくらい魔力を持っているのかどの属性の魔法を使えるのかが分かります。」
「は、はい…」
恐る恐る手のひらを水晶に置くと途端に亀裂が入り
水晶は凄まじい白い閃光を放って勢いよく爆散してしまった。
「うわぁ!」「キャア!」
「な、何だ何だ!?」
「こ、これは…こんなの初めてです!」
突然の出来事に2人でワタワタしてしまった。
「え?えっと俺は何の魔法を使えるんですか?」
「え、えーと…分かりません…」
(マジかよ…)
「と、とりあえず次行きません?」
「は、はい…」
-模擬戦場-
模擬戦場に入ると中は真ん中が運動場、周囲が観客席になっている体育館のような作りだった。
観客席にはギルドの冒険者が酒を片手に盛り上がっていた!
「お!来たぞー!!」
「やっちまぇー!」
「あの…これは…」
「はい!ここは模擬戦場です!このギルドでは入会希望者と試験官との試合を観戦できるようにしてあるんです!」
いや楽しそうに言われてもな…
中に入っていくとこちらに向かって仁王立ちしている者がいた。
「よく来たな!入会希望者よ!歓迎するぞ!私は今日の試験官を務めるギルだ!
もう引退してるが元ランクA冒険者だ!よろしく!!」
筋骨隆々、いかにも脳筋な感じのおっさんだった。背中には2振りのロングソードが刺さっている。
ランクA…タコ助よりも上か
「えーと私はレイです。よろしくお願いします…」
「ハハハ!元気がないなぁ!!男なら!!もっとぉ!!元気に!!筋肉を!!震わせて堂々としてるもんダァ!!」
クッソ暑苦しい…なんかポーズ取ってるし…
「ハハハ…」
「よぉぉし!では着替えて武器をとれ!!自前のでも構わないがそこに一式揃ってるぞぉ!チャチャっとやっちゃってくれ!!」
装備か…なら普通にいつも通りの格好でいいな
「…変身」
身体を青く光るラインが駆け巡り、白く眩い閃光を放つと干渉強化装甲兵装アクセレイを身に纏った。
変身が終わると観客席がざわつく
「お、おいなんだあれ!姿が変わったぞ!!」
「変化魔法か!?でもアレはあまり戦闘には向いてないはず…」
「か、カッコいい!」
「お、おぉ…何じゃそりゃあ!自前の鎧か!ハハハ良いだろうどこからでもかかってこい!!」
「試合開始!!」
カーンッ
審判がゴングを鳴らした。
まずは様子見だ。ランクAがどれほどのものか見させてもらうか。
ギルは両手で剣を構えたまま動かない。
こちらが仕掛けてくるのを受けるつもりだ。
なら…
手首からVサーベルを受け取ると刀身が伸びた。
「おぉ!何だあの剣!初めて見た!」
「光魔法の一種かしら?」
先程酒場にいたベルとミーラも見ていた。
「さぁ!その剣で俺を!切り伏せてみろ!!」
相変わらず攻撃を受ける気満々なようだ。
「おっしゃあ!!いくぞギルさん!!」
一瞬でギルの目の前に距離を詰めると脇腹を狙って斬りつけた。
「なっ!?速い!しかし…」
咄嗟に剣で防ごうとしたが剣の刀身が真ん中から真っ二つに裂かれた。
「なにぃ!?」
ギルはすんでのところで斬撃を交わしたが、一瞬視線が脇腹に行った隙を見逃さなかった。
すかさず掌底を鳩尾にめり込ませるとその巨大が勢いよく飛びあがった。
「グハッ……」
ズザザッとなんとか踏ん張って勢いを殺し素早く体勢を立て直した。
斬られた剣先は地面に突き刺さっていた。
「ゴホッ…や、やるな!まさか剣ごと斬り捨てようとするとはな…お主を舐めてた俺を許せ!俺も本気で行くぞ!剣技!瞬歩雷切!」
全身に雷を纏うともう一振りのより立派な剣と持ち替え、目にも留まらぬ速さで立体的かつジグザグに跳躍して一気に距離を詰めてきた。
「でりゃあああ!」
「ふん!」
真正面からギルの剣を受けると足が地面に沈み、火花が散り合う鍔迫り合いとなった。
「ちょっ、ちょっと!ギルさん!模擬戦ですよ!?相手が死んでしまいます!あ!何するんですかラースさん!」
「無駄だよメアくん。こうなったらアイツは誰にも止められんよ」
受付長のメアが止めようと悲鳴を上げるがいつの間にか模擬戦を見に来ていたギルマスに制止される。
そんなことは他所にギルは完全に目の前の男が久々の好敵手とロックオンされてしまった。
「俺の剣筋を見切るとは!やはり只者ではないな!ハハハ!どうやらお主も少なからず修羅場をくぐり抜けて来ているようだな!」
引退しているとはいえこの地に足を埋め込んでいるかのような安定感と重さ。
その強さがヒシヒシと伝わってくる。
そして何よりもこの剣筋の真っ直ぐさ。
手加減しているとはいえこちらへの敬意を感じる。
その敬意に応えないわけにはいかない。
「そうですかい!」
剣を受け流すと大きく後ろに跳躍し、腰を落とした。
「行くぞ!フルフォース!」
全身のラインに光が流れると同時に地を蹴ると地面がバキバキと捲り上がる。
フルフォースとはベクター粒子をエネルギーに変換することにより一時的に脅威的な身体強化を果たす技である。
先ほどとは比べ物にならない速さで一直線に駆け抜けると高速の斬撃を連続で浴びせる。
ギルはそれを全て剣で受け流しながらジリジリと後ろに下がり、大きく剣筋を逸らされた瞬間目の前から消えた。
「…!消えた!」
それはほんの一瞬だったが俺はその動きを捉えていた。
「ここだぁ!」
「だろうなぁ!!」
素早く回転しながら真後ろから切り掛かってくるギルの剣を止めた。
「い、一体何が起こってんだ?」
ベルは目をパチクリしながら目の前の高度すぎる戦いに見入っていた。
この戦い。側から見ればそこら中から聞こえる斬撃の音と鍔迫り合いの火花、アクセレイが移動した際に残る青い光の筋しか見えないのだ。
「あたしにも全く見えないわ…」
ミーアも顎に手を当てながら魔術師らしくなんの魔法を使っているのか考えていた。
他の観客も似たような反応で、最初は野次を飛ばしていた酔っ払いもいつしか一言も喋らずに試合の行く末を見守っていた。
「コレも見切るとは!!剣技!業火斬鉄!」
再び目の前から消えると今度は左側面から火を纏った剣を横薙ぎに振り切ると灼熱の炎でできた斬撃が飛ばされる。
「ふん!」
それをサーベルで受けると思い切り後方へ受け流した。
ドォォォォンと観客席の一部が吹き飛ばされた。
「うわぁぁぁ!し、審判!やめさせてくれ!」
「巻き込まれるぞ!逃げろ!」
「キャー!」
突然の事故に観客席はパニックに陥っていた。
「ハハハ!こんな楽しい試合が邪魔されてたまるか!そろそろ決着をつけようぞ!!奥義!一閃雷光!!」
「臨むところだ!!フォトンチャージ!!」
ギルの刀身は紫電を纏いこちらに駆け出した。
アクセレイのサーベルは胸部から腕部へ送られたエネルギーを刀身に纏わせてながら迎え撃つように突っ込んだ。
2人が交差すると凄まじい閃光が模擬戦場を埋め尽くした。
「………」
「………俺の…負けだ…」
一瞬の静寂の後、ギルが膝をつき前のめりに倒れた。
「しょ、勝者!レイ!」
審判が終了のゴングを鳴らすといつのまにか会場は観客で一杯になっており盛大な盛り上がりをみせた。
ワァァァァ…
「すげぇ戦いだった!!」
「む、無敗のギルさんが負けた!?」
「あのルーキー何者だ!」
「まさかAランクを真正面から打ち破るなんて…」
「ギルも歳だな…」
観客は熱気冷めぬ様子で俺のことを見ていた。
俺はギルの干渉を解いて切断面を綺麗に治した。
「ぐ…傷は…無いようだな…まったく何から何まで完敗だぜ…」
「いいやアンタも強かったぜギルさん。改めて俺はレイだよろしくな」
「ハハハ…俺はギル…ギルバートだ。お前とはいい酒が飲めそうだ」
ガシッと手を取り合っているとメアさんに呼ばれた。
会場から逃げるようにメアさんに連れられて受付に帰ってくると正式にギルドカードが発行された。
「おめでとうございます!これで晴れて冒険者ですね!レイさん!」
「はい!ありがとうございます!」
受付嬢のメアさんがにこやかに微笑みかけてくれた。
「すみませんねレイさん、ギルさんは熱くなると周りが見えなくなるタイプでして…模擬戦にも関わらず本気の試合をさせてしまいました…」
「いえいえ、私も楽しかったので大丈夫ですよ。それにあれだけ手応えのある人間と戦ったのは初めてですよ。」
するとメアはキョトンとした様子で首を傾げた。
「え?ではレイさんは今までどうやって鍛錬を積んできたのですか?お師匠様も居なかったので?」
「えぇ私が戦ってたのはいつも格上の魔物でしたからね。師匠はある意味今まで倒してきた魔物たちと言うことになります。」
「へ、へ〜…ぼ、冒険者でも無いのに…いえむしろなぜ今まで冒険者にならなかっ…いえ、すみません。あまり詮索するようなことは聞けませんね。
ちなみにこれは私のほんの少しの好奇心からお聞きしたいのですが、今まで倒した中で1番強かった魔物ってなんですか?」
瞳を輝かせながら興味ありげに聞いてきた。
「あぁ、それは間違いなくアイツだな。
黒くてデカいドラゴン。アイツはマジで厄介だったよ」
「ド、ドラゴン!?じょ、冗談ですよね…ハハハ…あんな魔物が倒せたら少なくともランクA以上でないと…いえ、レイさまならやりかねませんね…」
終始真顔の俺に何かを察したらしい。
「お、おほん!そ、それはそれとして最後に一つ」
「な、なんですか?」
ミアさんが顔をずいっと近づけて耳打ちしてきた。
いい匂いがする。
「レイさん。重ねて申し訳ないのですが、お時間にご都合があればこの後もう一度ギルドマスターにお会いしてくれませんか?何やらお話があるようです。」
「え?構いませんけど…」
ギルマスが俺に話?なんか嫌な予感しかしないな…
-ギルドマスター執務室-
メアさんの案内で再び執務室前に来ていた。
「失礼します。メアです。レイさんをお連れしました。」
「入ってくれ」
「さっきぶりだねレイ殿。素晴らしい試合だったよ私も少し見させてもらった。ささこちらへ…メアさんは業務に戻ってくれ。」
「では私はこれで」
メアさんが行ってしまった…
ソファーに腰掛けると対面にラースが座った。
「ご苦労だったねレイ殿。まさかギル相手に大立ち回りをするとは思わなかったよ」
「ハハハ…いつのまにか真剣勝負になってましたよ」
「それについてはこちらに責任がある。申し訳なかった。ギルにも然るべき指導をしておくよ。」
流れだったとはいえギルドの試験官が一般人相手に本気の勝負したらそうなるわな。
「ところでレイ殿。君は本当にどこのギルドの冒険者ではないのだな?」
ラースの瞳の奥が鋭く光る
「いえいえ、僕はただの一般人ですよ」
「なるほど…ハハハ!人には言えない事情の一つや二つあるんだ!余計な詮索はせんよ。
それで本題に入るんだが…」
やっぱりか…
「最近、この付近の街道に盗賊がたむろしていてね…それの掃討をお願いしたいんだ」
「盗賊ですか?このギルドの冒険者とかは…」
「それがねぇ…連中はかなりの手練れで並の冒険者だと返り討ちにされるか捕まって拉致されてしまうみたいなんだ。ウチのギルドの冒険者も依頼を中々受けてくれなくて困ってたところなんだ…
そこで君の出番だ」
うっわー
「は、はぁ…賊の件は分かりました。それで報酬はいかほど?」
「ふむ。その件なのだが、奴らのリーダー格の首には王国から懸賞金がかけられていてね。
ギルドとしては街道から奴らを排除してくれれば達成報酬として10万ゴールド払おう。それに上乗せで懸賞金でどうだい?
全員捕らえるか首を持って帰れば100万ゴールドにはなるだろう。」
お前10万しか出してないやんけ!!
まぁ貨幣価値がわからんからどのくらいか知らんけどとりあえず受けてみるか。
「分かった。その依頼受けましょう。生捕りにしなくても構わないんですよね?」
一瞬ラースの目がキラリと光った気がするが気のせいだろう。
「構わんとも。ギルドは連中の排除しか望んでないのでね。でももし何かあって命を奪うことになってしまってもそれは魔物に襲われたかもしれないからね知ったことではないよ」
やっぱこのおっさん狸だ…
「じゃあ詳細な情報をください。」
それから小一時間ほど経ってギルドを出た。
オススメの宿や店も聞けた。
「おかえりなさいませご主人様」
メイド達はずっと待ち惚けを喰らっていたのにも関わらず普段通りだった。
「ファースト。待機中に何か変わった事はなかったか?」
「いえ、通りがかりにお尻を触ってきた男の手と玉を路地裏で潰してやったくらいです。」
「へ、へーそうなんだー」
ご愁傷様…
「俺は今から町外れの街道に賊を借りにいくことになった。手早く狩って帰るぞ。さっさと金をもらわないと宿にも泊まれないからな」
「かしこまりました」
再びローブを被ると路地裏に周り町外れに飛び去った。
-ギルドマスター執務室-
「それで、あの男はどうだったかね?」
「ガハハ!すこぶる良い試合だったぞ!いやぁ引退してから今まで骨のない素人の手をひねるくらいしかやってなかったからな!久々に血がたぎったわ!ハハハ!」
「そうかそれは良かったな。無敗の二つ名を持つお前がボコボコにされるのは見てて爽快だったがな、ちとやりすぎだ。もしも期待の新人に致命傷を与えてたらどうするつもりだった?」
ラースはため息をつきながら頭を抱えた。
「アイツに深手?それは無い話だ。俺はアイツの力量に合わせて常に力を調節してた。その結果がアレだ。
アイツは俺よりも上だった。だから俺が全力を出さざるを得なかった。それだけだ。」
ラースは一瞬目を見開いたが直ぐに元の表情に戻った。
「ルーキー?とんでも無いぜ。アイツは俺相手に終始手加減してたんだ。現に俺の身体には斬られた傷すら残ってない。あの鎧の力かも知れねぇが実戦では良い装備を揃えられるのも実力のうちだ。」
「ハハハ!まさかお前が手加減される日が来るとはな!いや全くとんでもない人材が手に入ったわ。あの依頼を受けさせて良かったよ…」
ラースは静かに笑った。