第7話 僕と、フェリスお母様のこれから。
あれから、すぐに……フェリスお母様は、病院に運ばれた。
もはや、尋問どころか……拷問と呼ぶべきモノを受け続けていた……としか思えない、フェリスお母様…………。
同性が、好きなのに……男性に……しかも、僕のお父様の遺産を欲していた……レンゲル家の使用人に、痛みを与える拷問のみならず……自白剤などの、薬物を、用いた拷問……僕という存在をチラつかせての……精神的な拷問。さらには強姦も受けていた事が……後に発覚して……。
いったい、どれだけ、悔しい思いをした事だろう…………しかし、それでも……お父様の遺産の事を、喋らなかったのか……一年近くも、拷問を受け続けて……僕は悲しく思うと、同時に…………誇りに思い……感謝の念で胸が満たされた……。
そして、病院の先生、達のおかげで……フェリスお母様は、体中を綺麗にされて……そして、傷の手当ても……充分に受けて――。
――でも、その心は……………………もう…………………………。
※
フェリスお母様が、救出されて……僕の、事情聴取が終わって……そして、レンゲル家の罪が、暴かれ始めて……伯父が逮捕され、カウロス兄さ……いや、もう、兄弟とは思いたくない……とにかく、カウロスが……引き取り手が、見つかるまで……児童養護施設に預けられる、事になって…………レンゲル家の、使用人も……事情聴取が終わり次第、実家に、帰ったりして……………………早くも、三日目。
僕はイーファ嬢の屋敷で……これも何かの縁だと……言う、イーファ嬢のご厚意に、甘えて……お世話になりながら…………今日も、病院に来ていた。
未だに、眠り続ける…………心が、死んでしまったフェリスお母様に……声が、届いているかは、分からないけれど……それでも、せめて、僕と会えなかった分の事を…………話すために。
「それでね、フェリスお母様……僕ね、昨日……イーファ嬢と、そのお兄さんの、イーグルさんと……その婚約者であるランファさんと……アランお父様の遺産を、見つけたよ」
こんなにも、近いのに。
再会できた、フェリスお母様が……とても、遠い……。
しかし、それでも……話さないワケには……いかない……。
話さなかったら、本当に……フェリスお母様との繋がりが……無くなってしまう……気がするから……。
「フェリスお母様は、ご存じだったんでしょうか……アランお父様は、遺産を……なんとフェリスお母様の、実家のある村に……預けていたらしいです……」
フェリスお母様が育った村……そこは、王国の、常識の外にある……村だった。
その村に、銀行などはなく……なんとその村では……王国内の銀行に特別に許可を貰った上での、昔ながらの箪笥預金が主流らしい。
そしてフェリスお母様の……親代わりでもあった村長の家に、それは……アランお父様が、村長に預けていたらしい……フェリスお母様へのお給金という、名目の『遺産入り箪笥型魔導具』はあった。
ちなみに……それは、見る人から見れば『財産隠し』かもしれないけど……用意がいい事に、アランお父様は銀行に許可を貰った上で、村長に預けていたらしい。
それと、補足として。魔導具というところからして……それは登録された魔力、つまり……僕と、フェリスお母様にしか開けられないような……シロモノだった。
ようは、自分を『魔力不足』だという……理不尽な理由で追い出して……そして金銭的に困ったら、縁を切った家族から、金をむしり取らんとする……レンゲル家に対してのみ、隠していた財産……のようだ。
そしてその額は…………僕の予想を超えていた。
というかその箪笥の中には、ギッシリと……ワルド=ガングの中で、一番価値があるお札が……入っていた。思わず、周りに泥棒がいないかと、索敵魔術を使ってしまうほど…………僕には、衝撃的だった……。
「それでね、その遺産の……使い道だけど……同じ箪笥の中からね、アランお父様の遺言書が出てきたんだ。
『自分のためだけじゃなく、誰かのためにも使ってほしい』
そう、書かれた……遺言書が」
正直、言って……物心が、つく前に、亡くなってしまったから……アランお父様の事は……さらに言えば、僕の……血縁上の母親の……レイナお母様の、事も……どういう、方々なのか、ほとんど覚えていないけれど……この王国の、未来のために……僕という、存在を生み出して……それで、そんな僕のために、こうして遺産を、残してくれて……王国だけじゃ、なく……僕も、愛してくれている……そんな両親の想いが、よく分かる遺言で…………僕は、そんな両親を……誇りに思えた。
大切な者達の、幸せを願える……そんな、優しい両親を……だから…………。
「僕は、その内容に……従おう、と思うんだ。それでね、僕……イーファ嬢が、僕の料理を食べて……すっごく、喜んでくれたのを見て……他の誰かの、笑顔のために……それから、フェリスお母様から教わった料理を極めるためにも。料理学校に通ってみようかな、って思ってるんだ」
※
「ルイス様、ちょっとお時間よろしいかしら?」
病院から、居候しているレイクス家のタウンハウスに帰ってきて……それで今夜は、僕の作れる料理の内のどれを、夕食として作ろうか……考えていた時だった。突然イーファ嬢が、自室に行こうとする……僕を呼び止めた。
相変わらず、妖精や、女神のように綺麗で、可愛い……そんな彼女と、同じ屋根の下で暮らすように……なってしまった、僕だけど……まだ、全然……そんな日常には、慣れなかった。
美人は、三日もすれば飽きる……そんな、言葉が、東亞合衆国には、あるみたいだけど……イーファ嬢の場合……普段の雰囲気と、食事の時の、雰囲気が違ったりするから……飽きる時が、来るのか……分からないくらい……とにかく慣れない。
「え、えぇっ……と……大丈夫、ですけど……?」
だから、ちょっと緊張しながら……言葉を、返すと……。
「ルイス様のこれからについて……ご提案が、ありますの」
※
イーファ嬢に、導かれて。
そして、屋敷の大広間に着いて……僕は、一組の男女に出会った。
「初めまして、ルイス君」
その内の、男性の方が……イーファ嬢や、そのお兄さんのイーグルさんと同じく……金髪碧眼の男性が、僕に声をかける。
「僕の名前はジョージ・エルビン。イーファとイーグルの叔父に当たる。ちなみに貴族階級は子爵だ。そしてこちらは、僕の愛してやまないハニーことエリカだ☆」
…………絶対、イーグルさんは……この人の影響ちょっと受けてると思う。
「まったく、相変わらず恥ずかしい紹介をッ」
エルビン子爵夫人こと、エリカさんは……ジョージさんの紹介に、顔を赤くしながらも……そこまで嫌がっていない、そんな顔をしながら……再び僕を見た。
「初めましてルイス君。ご紹介にあがったエリカ・エルビンと申します。イーファちゃんから詳しくは聞かなかったけど……辛かったでしょう」
そして彼女は……そう言うなり……なんと、僕を優しく抱擁した。
僕は一瞬、何が起こったのか分からなかった……でも、なんだか……レイナお母様やフェリスお母様に……抱き締められている、ような感じがして……なんだか、安心して……。
「いえ、あなたではない私では、その辛さを解ってあげる事は、できないでしょうけれど…………こらこら。叔母に嫉妬するとは何事ですか」
でも、その抱擁は……そして言葉は……謎の、その言葉と共に終わって…………いったい、何があったんだろう……?
「ハハハッ。まったくイーファは……だからこそ、ルイス君を養子にしてくれ、と言ってきたというワケか」
そして次に、ジョージさんが…………え、養子? 僕が? い、いったい、どういう……?
「ルイス様」
そして、困惑する僕に……なぜか顔が赤いイーファ嬢は告げた。
「実は先ほど申し上げた、ご提案とは……私の父の弟、つまり叔父の養子になってくださらないか……というものなのです」
それからイーファ嬢は……僕に、いろいろと説明をしてくれた。
エルビン子爵夫妻には、どうも僕の、血縁上の両親と同じく……子供が出来ない事情がある、らしく……養子を、必要としていたと。
当初は、イーファ嬢が……養子になる、予定だったらしいけれど……僕という、存在を知って……そして、その時に……僕を、養子にしてくれないか、とジョージさんに、進言していた……らしい。
「ど……どうして、僕に…………イーファ嬢は、そこまでして、くださるのですか……?」
う、嬉しいけれど……家族が、また出来て嬉しいけど……なぜ、僕に、イーファ嬢がそこまでしてくださるのか…………理解、できなかった……。
――もしかして、責任を……フェリスお母様を、もっと早く、助けられなかった責任を感じているのか。
一瞬、僕は……そう思った。
するとイーファ嬢は……僕に言った。
「……あなたとフェリスさんを助けられなかった責任も……あると思います」
まず、聞こえてきたのは……もしかして、僕の心を、読んだのか……そう思えるような台詞で……。
「でもそれ以上に、私は、初めてあなたの料理を味わったあの日……顔も知らないあなたに……私が今まで食べた中で、一番おいしい料理を作ったフェリスさんと、同じ味の料理を作れる……フェリスさんの正統後継者であるあなたにお会いしたいと思い。そして、対面した時…………私は、あなたを一目で好きになったのです」
そして次に……聞こえたのは……ぼ、僕の耳が、おかしくなったのかと……失礼にも、そう思ってしまうような、衝撃の台詞で…………嬉しさと、恥ずかしさで、体が、熱を帯びて……眩暈が、しそうになって……その、直後。僕は……彼女が僕と初めて会った時、目を見開いた……あの時の事を思い出した。
まさか、あの時……目を見開いたのは、僕を好きになったから?
と、という事は……僕と、フェリスさんは……実は、両想い……だったの?
「フェリスさんも……私が、あなたと食事をしたあの店で、小さい頃に出会った、私にとっては〝国宝級〟と言うべき料理人であった彼女も理由にしているようで、とても失礼だと思いますが…………私は、あなたが好きです。
空腹令嬢と呼ばれて、数多くの殿方から敬遠されていた私を……魅力的だとおっしゃってくださった、あなただからこそ……私は一緒に生きていきたい。
そして、あなたの大切な方……お母様でもあるフェリスさんを……私にとっても大切な方を、これからも……一緒に支えていきたいと、私は思っているのです」
そして、彼女にそこまで言われて……僕は――。