第6話 再会と、終幕……。
「と、その説明をする前に」
しかし、事件の説明を前に……イーファ嬢のお兄さんは少し間を置いて……実の父親へと、視線を向けたカウロス兄さんが、驚愕のあまり、うわ言のように「と、父さん……?」と小声の台詞を繰り返す中で……話を変えた。
僕の事を……不義の子と、言っておきながら……自分も、不義の子、だったから……衝撃を受ける、のも……当然かも……。
「大前提として、この事実だけは最初に知っていてもらいたい。
ルイス君の、ご両親……ロウウェル男爵とその奥様は、このワルド=ガング王国にとって、とても重要な研究をしていた。
そして、それ故に……王家を始めとする様々な方からの援助を受けていた。
でもって男爵位を賜った事実から、その研究は成就したのだろう。ならば、その際に、褒賞が王族から出された可能性があり、結果、資産はそれなりに多いハズ。
だがその資産は……俺達で調べた限りでは、どこにもなかった。彼らの屋敷……ルイス君が最初に住んでいた屋敷では、質素な生活をしていたというご近所の方々からの証言からして……少なくとも散財などはしていないだろう」
ッ! そ、そういえば……あまり贅沢な事はしていなかった……気もする。物心がつく前だから、よく覚えて、いないけど……。
「だったら、いったいどこにあるのか……レンゲル伯爵、あなたはそれをお兄さん達と必死に捜した事でしょう。
景気低迷で出してしまった、自分達の会社の損失を、その……魔力不足とかいう理由で絶縁した弟の遺産で、我が国の警察にバレない内に穴埋めしようだなんて、フザけた計画を立てるくらいですから」
「ば、馬鹿な事を言うな!」
証拠を突き付けられ、呆然としていたレンゲル伯爵が……怒鳴った。
「た、確かに損失を隠したが……私はそんな計画を立ててないし、兄を殺してなどいない!! いや、それ以前に兄と義姉さんを殺したのは、ルイスの元専属メイドではないか!!」
「ッ!!」
現在の養父さんの……レンゲル伯爵の、言葉によって……胸が、痛くなる……と同時に……頭が、熱くなる……。
僕の、本当のお母様が……フェリスお母様が、悪く、言われて……僕は思わず、レンゲル伯爵に、意見を言おうとした……けど、その前に……。
「彼女には殺す動機がございません……というかあっても、犯行にまでは至らないと思いますわ」
その、前に……イーファ嬢が、凛とした声で…………意見した。
「もしも本当に殺人を犯したら……そして捕まってしまえば、残されたルイス様はどうなると思います?
残されたルイス様が危険な目に遭う、そんなリスクを背負ってまで殺人ができるとは、私には到底思えませんわね」
そして、それは……一理ある、意見だった。
そう、だよ……僕の、お母様なんだ。僕を残して、捕まるかもしれない、リスクを……考えないワケ、ないじゃないか……ッ。
「しかし一方で、あなたには先代レンゲル伯爵とその奥様を殺す理由があった。
義理の姉との不倫を、先代レンゲル伯爵と世間にバレないようにするために。
そしてあなたのお兄さんが犯した罪……ルイス様のお父様ことロウウェル男爵とその奥様を、交通事故に見せかけ殺した事を……バレないようにするために」
ッ!? ぇ、僕の……両親が…………ころ、された……?
「い、言いがかりだ!!」
新たな事実を前に……僕が、呆然とした時。
ダンッ、と机を叩き……レンゲル伯爵は立ち上がった。
「損失隠しについては……そしてカウロスとの血縁関係については認めよう。だがそれ以外は……殺人とか監禁とか、それらは明らかに言いがかりだ!! 後で裁判になったらそこんところを訴えてやる!!」
「ご心配なく」
すると今度は……イーファ嬢の、専属メイドさんが……声を出す。
「証拠は有り余るほど揃っています」
「んなっ!?」
レンゲル伯爵が、動揺する。
そして、そんな中で……イーファ嬢の専属メイドさんは……再び口を開く。
「まず初めに、ロウウェル夫妻の交通事故。
彼らが起こしたとされるこの事故が、殺人だという証拠ですが……ロウウェル男爵の屋敷は、あまり高価なモノが置かれていない、質素な屋敷ではありましたが、しかし探せばいくつか高価なモノ……監視カメラが隠されてました」
『『『ッ!?』』』
ええっ!? し、知らなかった!
「研究者ですから、データの盗難対策には気を使ったんでしょうね。おかげさまで……魔動車に細工する、先代レンゲル伯爵の関係者が何人か映っていました。
ちなみにこの情報は、その監視カメラを、ロウウェル男爵へと提供した防犯会社の方々……我々の協力者達から貰った情報なので、私達の成果じゃないです。
そして次に、あなたがあなたのお兄さんとその奥様を殺した証拠ですが……そもそも、最初に二人が倒れた時……本当に毒などが入っていたのでしょうか?」
『『『ッ!?』』』
え、ど……どういう事!?
ま、前の養父さんが……お父様とお母様を殺した……その事だけでも衝撃的なのに……またしても、衝撃の発言が出て……怒る、暇がない!
「さすがに、二人が飲食してた物は入手できませんでしたが、当時勤務していた、使用人の方々の証言から、二人が倒れられた後に移動したと思われる経路を辿って屋敷内を調査してみた結果……二人が最後に寝かされていた部屋からのみ、毒物の反応が出ました。そしてその使用人の方々の証言によれば……あなたもその部屋にいたとか。それらの事実からして、毒を飲食して倒れたのは……ロウウェル男爵の遺産の場所を知っているかもしれない、フェリスさんを嵌め、ゆっくりと尋問するための演技だったのでしょう。
そしてあなたはそれを逆に利用し、二人を運んだ使用人を部屋から出した後、毒を用いて……本当に二人を殺害した」
「そ、それこそ言いがかりだ!!」
レンゲル伯爵が……再び、怒鳴る。
「というか、誰だそんな証言をしたのは!? クビにして――」
「だから、証拠があると言っているでしょう」
イーファ嬢の、専属メイドさんが……呆れた顔で言った。
「そもそも毒殺なんて方法は……ミステリ系の物語の中では時折使われる殺害方法ではありますが、実際にその手段が通用するのは毒薬の管理がずさんな世界観での話。『血統管理局』を始めとする、様々な管理局が生まれた現代において……毒殺なんてしようものなら一発で、少なくとも誰が入手したかは分かるんですよ」
な、なんだって……!? そ、そんな管理局があるだなんて……知らなかった!
し、しかも……知らなかったのは、僕だけじゃ、ないらしい。
なんと、カウロス兄さんも……レンゲル伯爵も、そればかりか……マークさんやミハイルさんも知らなかったらしく……目を丸くしていた。
「ああ。そうそう、その毒薬の管理局だけど」
イーファ嬢の、お兄さんが……今度は口を開く。
「国内の毒や薬の流通を調べるために組織された、王族直属の秘密組織なんで……知らないのも無理ないから」
そして、その言葉を聞き……ついにレンゲル伯爵は観念したのか…………自分の椅子に倒れ込んで、呆然とした。
そ、その反応……本当に、ふぇ、フェリスお母様を……嵌めて…………?
ゆ、るせない……まさか、お父様の、遺産を手に入れるためだけに……フェリスお母様を嵌めて、どこかに連れ去っただなんて!!
それに、先代の、養父さんも……お父様の、遺産を手に入れるため、だけに……お父様と、お母様を……本当の、お母様じゃないけど……どんな、人達だったか、覚えてなくて……親である実感が、湧かないけど……それでも!! 僕の、そしてフェリスお母様にとって……大切な人達を……ッ!!
「そして最後に、ロウウェル男爵の遺産を使った、損失の穴埋め計画の証拠ですが……フェリスさんを尋問していたのがその証拠です。というワケで、ルイス様」
そして、そんな……怒りに燃えていた僕の……両肩に両手を置いて……イーファ嬢は言った。
「場所の見当はついています。
そろそろ、フェリスさんを迎えに行きましょう」
そして、その言葉を聞き……僕は、思わず怒りを鎮め……驚いた。
まさか、フェリスお母様に……僕の、本当のお母様に……まさか、すぐに会えるとは、思って……なくて…………その事実が、とても嬉しかったから……。
※
「ちなみに、フェリスさんはあなたのお母様ではありますが……それは産みの親、という意味であって、血縁上の親ではありませんの」
「…………へ? ぇ、い、いったいどういう……?」
長く、そして暗い……石で出来た階段を…………なんと、かすかなニオイの異常から、イーファ嬢が……カウロス兄さんの、部屋で見つけたという……隠し階段を……懐中電灯を手にして……僕の前を下る、イーファ嬢はおかしな事を言った。
ちなみにレンゲル伯爵は……イーファ嬢達の推理が終わった後、屋敷へと入ってきた……警察組織によって逮捕され。そして、カウロス兄さんや、屋敷内の使用人は……重要参考人として、連れていかれた。だから僕も、きっと後で……この事件が終わったら、重要参考人として……連れていかれる事、だろう。
それは、そうと……イーファ嬢は、いったい何を言っているのか。
僕にだって、お母さんから産まれるのは、その血を引く子供だって……分かっているのに……?
「代理出産、という医療が五年以上前……王国の学会で確立されましたの」
「だ、代理?」
ぇ、なにそれ……まさか、毒薬の管理をする組織みたいに……みんなが知らない何か、なのかな……?
「まだまだ……倫理上の理由などがあって、世間には公表できませんが」
イーファ嬢は、そう前置きをしてから……再び説明を始めた。
「不妊症などで、子供が出来ない方のために考案された、子供を作る手段でして。子供を作りたい夫婦の体から赤ちゃんの素を取り出して、それを第三者……健康的な女性の胎内に入れて、二人の子供を育てる……そんな医療が確立していますの。そして、その医療をこの王国で確立したのがロウウェル夫妻……あなたのご両親。そしてこの王国における最初の代理母は……フェリスさんなのです」
「ッ!? ま、まさか……」
そ、そんな……まさか、僕は……写真に写る、両親の……子供であるけど、同時に……フェリスお母様の……子供でもあったの!?
い、いや……それ以前に…………家族写真に、フェリスお母様も、写っていたのは……彼女も、僕の……お母様……だった、から……?
「そして、これは補足なのですが」
しかし、驚きの余韻に浸る間もなく……イーファ嬢は、さらに告げる。
「実は、調べている内に分かったのですが……フェリスさんは、同性愛者……特に『お姉様』と慕っていた、あなたの血縁上のお母様が好きだったらしいですわ」
「……ぇ?」
え、どうせい、あいしゃ……? ちょ、ちょっと待って? ま、まさかフェリスお母様……女の人が好きなの!?
「しかし、家の没落後……あなたのお父様が現れて、ちょっと険悪になったりしたらしいですが…………時間の経過と共に、同じ人を好きになった同志として、友情が生まれたりして……そしてその友情があったからこそ、フェリスさんは代理母として、ロウウェル夫妻に協力する事になったのです」
しかし……僕の動揺なんて、お構いなしに……イーファ嬢は説明を進めた。
「美しいではありませんか。
この世にはいろんな〝好き〟がありますが……それらを認め合って、そして共に協力して大きな事を成したのですから」
…………でも、イーファ嬢のその意見で……僕の中から、動揺が消えた。
確かに、僕のお父様とお母様……そして、フェリスお母様のやっていた事は……関係性は……普通では、ないかもしれない。
でも、解り合えた……事は…………決して間違った事じゃないのだから……。
「それと、これは余談ですが。ルイス様のそのお名前には……そんな三人の友情に関係した、ちょっとした秘密がありますの」
「……え? 僕の、名前に何が――」
けれど、僕は……その言葉を…………最後まで、言えなかった。
一瞬、イーファ嬢が持つ明かりが……赤や、青、黒などの色をした……白い、何かを照らして……そして、それは……僕には、見覚えがあり過ぎる、モノで――。
「見てはいけません、ルイス様!!」
そして、その明かりは……イーファ嬢の足元に、落ちて……そして、同時にイーファ嬢が……僕の視界を、塞ぐように……抱き締めて……その直後に……イーファ嬢の、お兄さんと……その、婚約者、だという……専属メイド、さんが……動いて……そして…………僕は、その光景を……忘れられなかった。
あ、れは………あれ、は…………フェリス、お母様だ…………。
僕の、もう一人の……お母、様が……血だらけで……青白くて……黒く、汚れていて……目の、焦点が合って、なくて……その服が、ボロボロで…………。
「…………ごめんなさい」
そして、そんな僕に…………イーファ嬢は、謝った。
「もっと……もっと、早く駆け付けていれば…………もっと、最悪の状況を、想定していれば…………こんな、こんな…………ッ」
でも、その謝罪に…………僕は、答えられ――
レイアルード「みんなぁ~、知ってるズラかぁ~? 世界で初めて代理出産が行われたのは一九七八年の英国。そして米国においては一九八六年に初めて代理出産は行われたズラ!」
フィラメルダ「しかし米国での出産の際は、代理出産関連の法律が細かく定まってなかったため、それはもう“母”の意地をかけた泥沼な裁判に発展したザマス!」
ライアラーガ「そもそも倫理に反してる、なんて意見もあるから、なかなか扱いが難しい事件だっちゃ!」
アクエレーラ「本作では、レイナさんとフェリスさんの間に主従を超えた親愛とかあったから、そして異相獣という脅威に常に晒されている世界だから、問題として取り上げられなかったっていう設定じゃけぇ!」
クオーリオ「というかレイアルード、なぜに台詞がキ○ット風ぜよ?」